1.47 - 鉄鋼団とエボロス 【エウローン帝国 : シャルマ・エボロス/ゼント3ヶ月】
学園長に報告を終えたシャルマとエボロスは、学園を出た。
「ふぅ……。何とかごまかせたね」
「……オーズのことはあれでいいんだよな?」
ほっと胸を撫で下ろすエボロスに対し、頭の後ろ手に怪訝な表情のシャルマは、口を尖らせている。
「ああ。信じてもらえたようだし、オーネス君もおそらくノート家から制裁が加わるだろうしね」
「チッ……この手で殺りたかったんだがよぉー。まーしゃーねーかぁ」
エボロスの向かう方向へ、シャルマも自然についていくようで、二人は中街を歩いていく。
「てかよー、どこ向かってんだ?」
「ああ、ユーフィンツ亭だよ。一応お疲れ様会というかね……そんなに時間をかけるつもりはないよ。シャルマ君も忙しいだろうしね」
そう言って、三人でパーティ結成式を行ったユーフィンツ亭に、二人は向かっていった。
――――
――
「マスター、今日は全て持ち帰りで頼むよ」
「いらっしゃいませ、シャープマン様。本日は奥の間は使われないので?」
いつもと違うエボロスの注文を、店主は少し意外に思ったようだ。
「ああ、今日はちょっとね」
笑顔で答えたエボロスに、店主も笑顔で答えた。
「では、出来上がるまでお待ちください。……おーい! こちら、お待ちのあいだ飲み物だしといてくれー!」
そして、厨房に向かい歩きながら声を張る。
「はーい! お待ちをー!」
威勢のいい返事が厨房から聞こえた。
若い女性店員が、飲み物を二つ持って現れ、エボロスとシャルマにそれぞれ手渡す。
「どうぞー」
「ありがとう」 「お、あ、ああ……」
笑顔で受け取るエボロスに対し、シャルマは戸惑いの表情だ。
女性店員は、ニコリとしながら軽く会釈をし、厨房に戻っていった。
キビキビと歩く後ろ姿には、活発さがあった。この店の人気を支える一因かもしれない。
「おい、エボロス。お疲れ様会とか言ってなかったか?」
一連のやり取りは、シャルマの顔に疑問符を張り付けさせたようだ。
「そうだよ。鉄鋼団のアジトにお邪魔したいなってね。……オーズ君のこともあるだろう?」
「な、あ? ま、マジかよ……? いや、ありがてぇけどよ……スラムだぞ?」
「ははは。僕は商人だよ? それも、再起を図る商人だ。そんなことを気にするとでも思っているのかい?」
「ま、そうか。そうだな。散々迷宮で見たかぁ」
シャルマは妙に納得したような顔になった。
「お待ちどうさまでしたー」
しばらくすると、先ほどの女性店員が、ワゴンに四つほどのバスケットを積んで持ってきた。
「おいおい、マジか……」
シャルマは目を白黒させている。
「孤児たちも養ってるんだろう? これでも足りるか不安だけどね。夕餉の一助にでもなればいいかなと」
エボロスは、爽やかな笑顔だった。
「いいんかよ? こんなにもよ……言っちゃ悪いが、お前さんも別に裕福ってわけじゃないだろ?」
「それはそうなんだけどね。今回の迷宮探索の成果があれば、一気に再興も叶うかもしれない。というわけで、本当に君たちには感謝しているんだ。想定していた結果を遥かに上回ったんだからさ!」
上機嫌なエボロスだが、シャルマは少し申し訳なく思っているようだった。没落するということがどういうことなのか。その苦労が、身に染みているからだろう。
「わりぃな。……いや、ありがとよ! やっぱお前さんはそこいらの奴とは違うな、エボロス!」
だが、エボロスの気持ちは、純粋に嬉しかったようだ。シャルマはパッといつものように笑った。
「さぁ、行こうか」
そして、二人はバスケットを二つずつ持ち、ユーフィンツ亭をあとにした。
――――
――
「おっかえりぃー!!」
シャルマを一番に迎えたのはラメントだった。
「おー、ラメント。ただいま。変わりなさそうだな」
「あったしはいっつも元気だよー! って、その人だれ? あれ? オーズは?」
シャルマはホームに帰ってきたわりに、表情が少し曇っていた。
ラメントは、シャルマの後ろにいた人物がゼントでないことに気が付いたようだ。
「やぁ、初めまして。僕はエボロス。エボロス・シャープマンです。商人の息子だね。今後シャルマ君……鉄鋼団とは懇意にさせてもらえればと思ってね」
「商人?」
首をこてんと倒し、聞き返すラメント。
「そう、商人だね。と、言っても再興に向けて頑張らないといけない商人、なんだけどね」
それに対し、エボロスは自嘲気味の笑顔を浮かべつつ、丁寧に答えた。
「そっかー。まぁ、シャル兄ぃが連れてきたんだし、間違いはないんだろーけどぉ……」
ラメントはそう言いながら、ゆっくりとシャルマに顔を向けた。
「オーズは? 学校?」
「ああ……そのことで、話があんだ……。今は誰がいる?」
シャルマの声色は、硬く暗いものだった。ラメントの表情が曇った。
「え……今は、ヴァラスとタルヴィとレイティンは仕事に出てるかな……あ。あと、イーリ姉ぇも来てないよ。シャル兄ぃの家かも?」
「ほとんど女子供しかいねぇか……。ま、ミトラが居んならそれでいいか……」
「みんな呼ぶ?」
「ああ、頼むわ。食堂でいいか、食いもんがあるしよ」
シャルマは持っていたバスケットを上げ、力ない笑顔を浮かべるのだった。
――――
――
「な、マジかよ……」 「そんなことって……」 「ええっ?! うそっ?!」 「……」
食堂に集められた、ミトラ、ラファ、ラメント、そしてルーアン。
シャルマとエボロスの語った、ゼントの現状は、それぞれに衝撃を与えたようだ。
「で、エボロスさん……だったな。オーズは……脱出の見込みはあるのかい?」
ミトラは、眉間に皺を寄せ、かなり前のめりの姿勢で訊く。
「断言は出来ないが……彼の事だ。何かしら策は考えているんだと思う。それに、鍵型の神具のようなものもあったしね……」
「……神具、か……」
そして、ミトラも考え込んでしまう。
「神具……聖杯のようなものでしょうか? でしたら、奇跡の力を発揮することもあるのかも……」
パッと顔を上げたラファが、少し明るめのトーンで声を上げた。
「その聖杯の奇跡っての、ほんとーなのぉ?」
ラメントは、疑問を持ったようだ。
「あ、いえ……。そのように伝え聞いているだけですので……本当にそのような力があるかは、見たことはないのですけど……」
ラメントの問いに、途端にしどろもどろになってしまうラファだった。
「いや、聖杯に奇跡の力があるかはともかく、神具はそれぞれ神の力を宿すとされているよ。今回もうひとつ、手に入れたんだ」
そこに助け舟を出したのはエボロスだった。
「あー、リサナウトだったな。まぁ、エボロスの伝手で修理に出しちまったからよ、今はねぇけどよ。ハルバードに似た感じの戦斧だったなー。まぁ、俺に神具として使えるとは思えねぇけどよぉ。使い勝手はよさそうだったぜ」
「シャルマ君はたしかに、神具の性能を呼び起こせないかもしれないけど、人手に渡すのはお勧めしないよ。たとえお金になったとしてもね……」
「ああ、そういうことか……」
シャルマとエボロスの会話に、ミトラは納得した表情だった。
「え? どーゆーことぉ?」
「下手に使いこなせる奴の手に渡れば、俺たちも危ない目に遭うかも知れないってことさ。だから、兄貴が持ってるほうがいいってことさ。両方の意味でな」
きょとんとしていたラメントに、ミトラは諭すように語った。
「しっかし、お疲れさん会だってのに……オーズったら……」
ルーアンは、ぶつぶつと文句を言っているようだったが。
「ま、チビたちも喜ぶだろうし、ささっと準備しちゃうわね!」
気を取り直して料理を並べ始めた。
「ああ、そうだな――」
シャルマが口を開いた瞬間だった。
――ドタドタッ
「ううああー! モイが、モイが……」
アジトに、アニヤが駆け込んできた。
「モイがさらわれちまったぁーーーー!!!!」
アニヤの慟哭が、アジトに響き渡った。




