1.45 - 偽りの報告 【エウローン帝国 : シャルマ・エボロス/ゼント3ヶ月】
ゼントと別れたシャルマとエボロスは、迷宮から出ると、事の経緯をラウムに説明をした。
「――そんなわけで、命からがら上階へ帰還することが出来たのですよ。これは全てオーズ君のおかげでした。」
ところどころに真実を混ぜながら、エボロスは上手く誤魔化しながら話していた。
「まさか……そんなことが……」
ラウムは、エボロスの口から語られた"真実"に驚愕し、顔を青くした。
「と、とにかく……エボロス君、シャルマ君。無事でよかった。しかし、あの穴は下層への穴だったか……塞ぐべきだったか……」
教師たちの判断は、危険にわざわざ近寄る生徒などいないだろう、むしろそのような生徒は失格だ、ということで、あえてそのままにしていたのだった。
だが、深層が思いのほか近くにあり、伝説通りの神代の怪物がいたのだ。
そして、それを利用して他生徒に危害を加える生徒が出るなどと、想定外だった。
しかし、ゼントの正体を知るラウムにしてみれば、ゼントが犠牲になり他生徒が生還した"事実"は、僥倖というものだった。
「いやぁ……そんなことよりよぉ、オーネスのヤツはどこよ?」
シャルマは、ラウムに凄むように顔を近付けた。
「いや、まだここへは来ていないが……」
そんなシャルマに、ラウムは一瞬戸惑った。
「ほぉん? 本当だろうなぁ?」
顔をしかめながらさらに凄むシャルマを、エボロスが制しようとするのだが……
「シャルマ君、先生にそんな口の利き方をしては……」
だが、ラウムはそんな勢いのシャルマを、正面から見返した。
「シャルマ君。このことは私からも学園長に報告をする。私的な報復は禁じる。」
そして、ピシャリと言い放った。
「おいおい、そんなんで納得しろってかぁ? こっちは俺が落とされただけじゃねぇんだ! オーズをやられてんだよ!」
だが、そんなラウムの言葉は、シャルマにさらに火を注いだ。
オーズは、ひとまずは死んではいないのだが……置き去りにせざるを得なかったという事実が、シャルマにはどうしても許せないようだ。
オーネスへの報復というよりも、当たり所を探しているのかもしれない。
「シャルマ君、オーズ君の言葉を忘れたのかい? 僕らが上手くやっておかないと……君たちも今後困ることになるだろう?」
そんなシャルマにエボロスが耳打ちをする。
そうして、ようやくシャルマは落ち着いたのだった。
「……っぐ。わーったよ……クソッ……」
しぶしぶといった様子で、固く握った拳を緩めたのだった。
「落ち着いたようだな。では、結果を伝える。君たちは最上級判定だ。」
迷宮探索期限は、3日間あった。
そして、その探索範囲は3層までで、証拠の印石を持ち帰ることが課題だった。
シャルマとエボロスは、ゼントの得た知覚を利用して、この課題自体はあっさりとクリアしていた。
さらに驚くべきは、彼らが迷路に挑んでから、まだ丸1日しか経っていなかったということだろう。
今は、探索開始から2日目だったのだ。
長らく迷宮を彷徨っていた気分だったのは、時間感覚が狂っていたせいだったのだ。
「では、帝都に帰還したまえ。授業は7日後だが……帝都に着き次第、君たちからも学園長に先程の話を伝えてくれないか。」
「分かりました。」
エボロスは、ラウムに短く答えた。
そして……
「シャルマ君、行こうか」
と、シャルマに目線を送ったのだが。
(オーズ……いや、ゼントか……。本当に迷宮の封印なんざ、なんとかできるんかよ……。そりゃお前が人間とは違う強力なチカラを持ってんのは知ってるがよ……)
シャルマは、ジッと迷宮の入口を見ていた。
(はぁ……。オーズが死んだことにして、ノート家との関係断ちは分かるけどよぉ……。お前のおかげで手に入れた神具っぽい戦斧……リサナウト……だっけか? 直るまでには帰って来いよな……)
シャルマは、珍しく物思いに耽っていたようで、エボロスの声に反応しなかった。
「シャルマ君」
エボロスが、シャルマの肩をポンと叩く。
「あ? お……おぉ……」
「戻ろうか。帝都に」
「ああ……そうだな……」
そうして2人は帝都への帰路に着いたのだった。
――――――
――――
――
翌日。
シャルマとエボロスは、特に問題なく帝都にたどり着いた。
そして、ラウムに言われた通り、学園長室に向かったのだった。
「はぁ〜。めんどくせぇなぁ……学園長かよ……」
シャルマは、苦々しく顔を顰めていた。どうやらリンドが苦手なようだ。
「まぁ……僕が話すから」
そんな様子を見て、エボロスは苦笑いをした。
学園生たちで、リンドを好ましく思っている者は、残念ながらあまりいないのだった。
生徒たちから見れば、リンドは、絶対強者でありつつ狂人の類に見えるのだ。
見た目だけは美女ではあるのだが、いたしかたないのだろう。
そうこうしている間に、2人は学園長室の前に到着した。
――コンコンコン
シャルマが再びため息をつく間に、エボロスは扉をノックした。
「んー? なんじゃ?」
中からリンドの声がした。
「エボロス・シャープマンです。報告にまいりました」
「おお、そうか。入りたまえ」
――ガチャ
「失礼します」 「うーす……」
スッと一礼するエボロスと、ポリポリと頭を掻きながら目線を逸らしているシャルマに、机に向かっていたリンドが視線を向けた。
「ん? 珍しい組み合わせじゃな? ケンカでもしたかの?」
「いえ、迷宮実習の報告です。僕とシャルマ君、そしてオーズ君でパーティを組み、迷宮に挑んだのですが……」
「ほう! それはまた面白い組み合わせじゃな! なにやら近頃オーズ君とシャルマ君が仲良しじゃとは聞いておったがのー。エボロス君と組むとはのー。……ん? で、なぜ2人なのじゃ? 報告とはなんじゃ?」
リンドは、パッと表情を明るくしたかと思ったが一転、眉間に皺を寄せた。
「……オーズ君は、死亡しました」
「はぁ?! なんじゃと?! あのオーズ君がか?!」
エボロスの言葉に、リンドは立ち上がって驚いた。
「僕たち3人でパーティを組んだことに怒りを覚えたらしいオーネス君に、シャルマ君が迷宮の穴に落とされまして。オーズ君は、間髪入れずに救援に……僕も一緒に……」
「ほ、ほう……それで?」
「穴は、最下層に通じていました。そこには伝説で語り継がれた怪物ミノタウロスがいました。……そして、オーズ君は、相討ちとなり……僕ら2人は帰還することが出来ました……」
食い入るように見詰めるリンドに、エボロスは次第に声を小さくしながら、うつむき加減で語った。
「な……!? なんと……神代の怪物か……! なるほど……それではさすがのオーズ君も……ふーむ……そうかー……そうなるのかー……」
リンドは、腕を組みながら、ブツブツと呟いた。
ゼントの異常な能力は、リンドも知るところではある。
そんなゼントが死んだなど、俄には信じ難いことではあったが……相手は神代の怪物ミノタウロスだという。
「ふーむ……相討ちかぁ……ミノタウロスが真実じゃったとはのう……我も行けばよかったかのう……惜しいことをした……」
だが、同じ怪物同士。相討ちならば、なんら不思議はない。
むしろ、伝説の存在を相手に、2人を生還させるなど、快挙以外の何ものでもないともいえる。
「うむ。分かった。ノート家には、演習中の事故として伝えよう」
そう結論付け、リンドは納得したようだった。
「おい、オーネスの野郎はどーすんだぁ?! 学園長さんよぉ?!」
「ちょ……シャルマ君?!」
大人しくしていたシャルマが、突如大声を上げた。
そんなシャルマに、エボロスは焦った。
「む……オーネス君か。まぁ、そうじゃな。オーネス君が原因でオーズ君が死亡した……と、ノート家に伝えようじゃないか」
リンドは、ニィッと笑顔を見せた。




