2.21 - メッシの布教【ミリョーヒ王国/チカーム教 : 聖良4ヶ月目】
エウロー大陸の中央あたりに位置する、ミリョーヒ王国。
山脈や河川などで隔てられた地形と、貿易や国交を制限する形で自国内を発展させ、それなりの長きにわたり平和を維持してきていた。
戦乱の渦に巻き込まれ、その歴史に幕を下ろした国々もある中で、唯一平和を維持してきたミリョーヒ王国は、他国から何と揶揄されようが、快挙を成していたのだ。
だが――
「メッシ様! また教順者が増えました!」
「……そうか。ソラーネ様の偉大さに気付くことが出来たのは、誠に喜ばしい。」
少しずつ、変化が訪れようとしていた。
チカーム教メッシ派は、ミリョーヒへの布教活動を聖良から命じられ、約2ヵ月ほど。
順調に教順者を増やし、改宗させ、さらには拠点までも確保していた。
これが、他の国であればここまで上手くはいかなかっただろう。反発や取り締まりは免れないからだ。
平和主義のミリョーヒだから成し得たことといえるだろう。
「メッシ様、説法をお願いいたします!」
「うむ」
メッシたちが手に入れた拠点は、倉庫のような広い建物だった。人を大勢集めるには適していた。
そこで、毎日決まった時間に説法をする。
もちろん、街に来た頃のように、街頭で人集めをしながら布教活動に勤しむ者もいる。
メッシ派は、信心深く、熱心なのだった。
「では、本日は、初代教皇であられたソーウ様のありがたい話をお聞かせ進ぜよう」
今日も今日とて、メッシの説法が始まるようだった。
――――
――
メッシは、説法が終わったあと、質疑応答の時間を取っていた。
今日も、質問者が列を成している。
「メッシ様、今日もありがとうございました。」
一人目は、中年男性といった風貌だ。平民のようだが、それなりに小綺麗な身なりをしていた。
「なんの。これも全ては唯一神ソラーネ様のご意向に過ぎませぬ」
メッシは、柔らかい微笑みを浮かべていた。
「はぇ~。やはりソラーネ様という神様は、創世十二神様たちとは違うのですな」
「ソラーネ様は、人間を創りたもうた神である。つまりは、我らはソラーネ様の子。子を愛さぬ親はおらぬ。そういうことですな」
「ふーむ。なぜ我々はそんな重大なことを知らなかったのか……」
「それを世界に知らしめるべく立ち上がったのが、初代ソーウ様なのですぞ」
「そうでした。ありがたいことです。また来ます。」
「うむ」
手短な受け答えで、次の者に順番を譲る。ミリョーヒの民は、共存の意識が強いようだった。
「メッシ様! 今日も素晴らしいお話でした!」
2番目は、若そうな女性だった。
「そうですか。偉大なる初代の奇跡は、近々見られるかも知れませんよ? チカーム本国へ行けば、ですが」
「そうなんですか?!」
若そうな女性は、目を丸くして驚いた。
「そうですね、正式な聖女が現れましたからね。聖杯の奇跡をこの目で見ることが出来ました」
セラの聖杯の儀を思い出しているのだろう。メッシは少し顔を上に向けて、遠い目をしていた。
「チカーム教国ですか……老人たちの世代に色々聞かされてきましたが、実際はどんなところなのですか?」
あまり他国と交流を持たないミリョーヒの民たちでも、さすがに大陸最大の悪評の噂ぐらいは知っている層がいるのだ。
現に、今、列を成しているのは、中年以下の若い世代ばかりだ。
「ふむ。近々、チカーム本国への巡礼の旅を行う予定です。実際にその目で見て、そして感じるのがよいでしょう。」
そういって、メッシは微笑んだ。
「そうなんですね! ぜひ! ありがとうございました!」
そうしてその若い女性も次の者に順を譲るのであった。
――――
――
質問会も終わり、メッシ派は会場の清掃を行っていた。
ローグラッハ派であれば、そんなことは位の低い者がやる仕事だと位置付けられているのだが、メッシ派では、全員で行うのが常である。
とはいえ、メッシや上位クラスが行う清掃は、聖杯をかたどったシンボルや、神像などに限られるのであるが……きちんと皆と同じ時間に行っているのだった。
この日もメッシは、うっとりとしながら神像を磨いていた。
メッシは、このミリョーヒに来てからというもの、この神像には誰も触れさせていないのだった。
「メッシ様」
そこにひとりの派閥員が話し掛けた。
「なんだ」
メッシが神との対話だと憚らない、この清掃の時間を邪魔されたことで、明らかに機嫌を損ねた声色だった。
「あ、いえ……お届けもの……です。」
「ん? 届け物……?」
「今しがた、聖皇様名義の書簡が届きまして……」
「ほう?」
ピクリと眉を持ち上げ、メッシはゆるりと神像を台に戻した。
「どれ……」
そして、書簡を受け取り目を通した。
「ふむ……なるほど。」
一通り目を通したのであろうメッシは、顔を上げると若い派閥員に向き直り……
「神官を全員集めなさい」
と、言い放った。
「は、はい。」
若い派閥員は、メッシのその言葉に即座に動くのだった。
数分後には、全員がメッシの前に整列していた。軍隊ほどではないが、なかなかに綺麗な列であった。
「ふむ。皆、ご苦労。神もお喜びだろう。」
一段高い場所に姿勢よく立つメッシは、全員をゆっくりと睥睨した。
「先ほど、聖皇様からの書簡を受け取った。この地の教順者たちを連れた巡礼の旅を早める必要が出た。そこで、引率と残留と組分けを行う。」
神官たちは、ただじっとメッシの言葉に聞き入っているのか、ざわつきひとつ起こらなかった。
「もちろん、我輩はここに残る。手引きせよとのことだ。準備が必要である。そのようなことに長けた者、弁の立つ者は残留とする。自身で選んでよい。残留希望は右へ。巡礼は左へ。」
メッシ派は、個人主義の感覚を持つ者が多い。メッシがまとめてはいるが、完全なトップダウン型ではなかった。
それもひとえに、メッシがそのような些事に時間を使うよりは神のために捧げたいという思考を持っているからだった。
メッシの言葉で、神官たちは分かれていった。どうやらちょうど半々ぐらいに落ち着いたようだ。
「出来るだけ早くとのことだ。明日の集会で告げ、明後日には出発としよう。」
メッシのこの言葉に異を唱える者はいなかった。
皆一様に頷き、目を血走らせていた。




