2.20 - 火煙立つ【チカーム教国:聖良4ヶ月目】
人力車の試作品が出来上がってから、一週間ほどが経った頃。
退屈そうに過ごしていた聖良に、新たな知らせが舞い込んだのだった。
――コンコンコン
「セラ様。兵器の試作が出来上がりました。ご覧になられますか?」
聖良の居室の扉前から、リョーヴェの声がした。
「へー? 出来たんだ? ちょっと待って。……よいしょ。」
退屈そうにゴロゴロしていた聖良だったが、リョーヴェの声で寝椅子からむくりと身体を起こした。
そして、椅子から降りると、グッと伸びをした。
「リョーヴェ殿、兵器とは……」
「おや、ゴルド殿。気になりますか?」
扉前で、ゴルドがリョーヴェに質問をしているようだった。
ゴルドは兵器と武器の違いに、あまりピンときていないのだ。
そんなゴルドに、リョーヴェはどこか得意気な様子で問い返していた。
――ガチャ
「ちょっと。2人ともいるんなら扉くらいあけなさいよ。」
そこに聖良が部屋から出てきたのだった。
「は、申し訳ございません。」 「聖良様のお手を煩わせてしまい、申し訳ございません。」
サッと機敏に詫びるゴルドに対し、リョーヴェはゆったりした動作で詫びたのだった。
普段、護衛に立つ際は、命令が出るまでは扉を開けることはない。さすがに2人とも聖良の気分の全てを察するのは無理があるようだった。
「ま、いいわ。で? 兵器どこ?」
そんな護衛2人の苦労など、聖良にはどうでもいいのだ。今気になるのは新しい話題なのである。
「ご案内いたします。」
だが、護衛2人にしても、聖良には機嫌よくいてもらえる方が都合がいい。
リョーヴェはすぐさま先導し、ゴルドが背後を固める形で、聖良は歩いて行った。
――――
――
聖良が案内された場所は、聖皇騎士団の訓練場だった。
ここは、宿舎や武器庫も併設されている。騎士たちにしてみれば、利便性が高い造りだ。
普段は、交替勤務の騎士たちが合間に訓練を行っているが、今日は貸切り状態のようだ。
リョーヴェは、聖良を訓練場の広場に待たせて、武器庫に入って行った。
聖良は、力術訓練の的があるあたりに、ゴルドと2人で立っていた。
(そういえば、騎士たちは一応力術を使えるんだっけ? あんまり得意ではないらしいけど。この的もやたらときれいだもんな。使ってないんだろうな。)
普段、居室からあまり出ない聖良には、騎士団の訓練場ですら物珍しいようだった。
(私も力術使えるようになった方が、聖杯も使いこなしやすいんだろうけど……)
聖良は、思い付きで動くことはあれど、継続が必要な努力は、あまり好きではない。
神力を増幅出来る聖杯の機能を利用することを考えているわりには、努力に対する積極性はないのだった。
「お待たせいたしました。こちらでございます。」
聖良が考え事に耽っている間に、リョーヴェが戻ってきた。
「ん。」
布に包まれた、細長い棒状の何かを手渡された聖良は、その包みをぱさっと開く。
「ふーん。こんな感じになったかぁ……。なーんか思ってたのと違うなぁー。で、これ、ちゃんと使えるの?」
「もちろんでございます。」
リョーヴェは再びその棒状の何かを聖良から受け取ると、少し離れ、的に相対した。
「では、ご覧にいれます。」
広げた両手で棒を持ち、肩口に棒の片側を当て、リョーヴェは狙いを定めた。
――ドンッ!
次の瞬間、リョーヴェの持つ棒は、乾いた爆発音と小さな光をあげた。
そして、的の中心に窪んだ跡ができていた。
跡は赤く、熱を帯び、煙を吐いていた。
「ふーん。使えそうねー。銃っぽくはないけど。どうなってんの? それ。」
聖良は、多少は感心したのか、それなりに興味深そうに棒を見ていた。
それは、聖良が銃をイメージして作らせたものだったのだが、石火矢のような、棒状の仕上がりなのだ。だが、的を見る限りは、それなりの威力がありそうである。
「はい。こちらはですね、要石を利用しました。」
「あー要石ね。」
聖良はあまり興味を持っていなかったが、神力の塊である要石は、使い方によって威力が出るはずだ――とリョーヴェは考えていたのだった。
「神力を通しにくい鉄鋼の筒の中に要石を入れ、持ち手側の木の部分に神力を通して力術を射出する仕組みです。」
「ふーん。」
聖良は、リョーヴェの説明が分かっているのかいないのか、曖昧な返事をしていた。
「細い筒を通し、指向性を持たせて射出することで、飛距離と威力が上がりました。通常の力術ですと、この距離ですとあの的までは届きませんので、開発は成功したと言えます。」
寝物語にと語っていた、リョーヴェの話にあった新兵器は、要石を爆弾のような形で使い、作戦に利用するものであった。
だが、そこに聖良の"銃はないのか"、という質問が加わったことで、リョーヴェに新たな発想が生まれたのだった。
それが、力術の射程と威力を上げるというこの兵器となったのだった。
「この辺りは、セラ様のご慧眼のおかげでございます。」
リョーヴェは仰々しくゆったりと腕を回し、胸に手を当て、頭を深々と下げた。
「ふふん。まぁ、思ってたのとちょっと違ってたけどさ、やるじゃん。」
聖良は、胸を張ってドヤ顔を披露した。
「セラ様の仰いました、弾を射出するタイプは、今しばらく時間がかかる見込みです。ですので、本日はこちらの力術打ち出しのタイプをご覧いただきました。」
「ふーん。そ。ま、頑張って。」
「もちろんでございます。全てはセラ様のために……」
リョーヴェは満足そうに口の端を歪めていた。
そして、聖良はくるりとゴルドに向き直った。
「ゴルドー。」
「はっ」
「これさぁ、この前のあの大きい人力車に付けてよ。」
「は、はっ!」
一瞬、理解が及ばなかったゴルドだったが、それを口に出すことは躊躇われた。
なんとか点と点を繋いだようだ。
「では、リョーヴェ殿と協議しつつ進めて参ります!」
「ん。なるはやでね。」
「は、はっ!」
ゴルドは、"なるはや"という言葉は分からなかったが、肌感として、早くしろということだろうとは理解したようだった。
危うく疑問を口にしそうだったが、それをすれば聖良の機嫌が崩れることもすでに心得ている。すんでのところで踏みとどまることができたゴルドとしては、内心ファインプレーを褒めたたえていることだろう。
「では、聖皇様をお部屋にお送りした後、直ちに掛かります!」
聖良は、ゴルドの言葉に満足そうな表情で部屋に向かった。
その聖良に付き従うリョーヴェとゴルドもまた、それぞれ表情を綻ばせていた。
無人となった訓練場の的は、まだブスブスと燻ぶり、細く火煙を上げていた。
風に運ばれ、空へと立ち昇る火煙は、やがて広がり消えていった。




