1.44 - 迷宮からの帰還劇【エウローン帝国・ナーストロンド迷宮 : ゼント3ヶ月】
上階を目指し、探索を始めたゼントたち三人は……
「……あった! 階段だ!」
エボロスの喜びの声が響いた。ついに階段を発見したようだ。
巨大ミノタウロスを倒してから、体感で6時間ほどは歩き詰めていたのだ。喜びもひとしおだったろう。
「おー! やっとこの階層からおさらばできるな!」
シャルマもパッと表情を明るくする。
「そうだな。」
ゼントは相変わらずの短い返事だが……
(やっと階段か……2人の体力は大丈夫だろうか……? オレも、あまり状態がいいとは言えないしな……このまま何事もなければいいが……)
内心では安堵の気持ちもあるようだった。
そうして階段を上る三人。少しだけ迷宮の空気の重さも、和らいでいるようだった。
「ミノタウロスの階層は、どうにも別世界のような感覚だったが、一層上がるだけでもずいぶんと空気感が違うものだね……」
エボロスは、そんなことをしみじみと呟いた。
「んー……まぁ俺にゃ神力ってモンは分からんけどよ。雰囲気が違うってのは分かるな。」
シャルマもそんなことを言っていた。
階段は螺旋状で、ずいぶん長かった。
マッピングの必要のない階段では、三人の移動速度は速かった。それでも10分以上かかるほどの長さだった。
「中々の長さの階段だったね……」
「おー。どういう構造なんだろなぁ?」
迷宮の創造主は、よほどミノタウロスを封じ込めておきたかったのだろう。
その意思がありありと伝わるような、長い長い縦穴だった。
(封印の迷宮……か。)
縦穴を振り返り見るゼントであった。
「さて、この階層が何階か分からないけど、マッピング探索からだね。」
エボロスは、そう言って紙を取り出した。
「おうよ!」
シャルマはお宝が手に入ったからか、上機嫌で返事をした。
「――――」
「ん? なんか聞こえたか?」
その時、シャルマが何かを耳にしたようだった。
「そうかい?」
紙に目を落としながら、エボロスが答えた。
「……距離があるようだな。神力はまだ探れない……いや……」
ゼントは、いつもの調子で答えたのだが、その最中に自身の中に違和感を覚えた。
(なんだ……? 神力の感知範囲が上がっている……? まるで、迷宮と一体化したような……)
「ん? どした、オーズ。」
「この階層は……三階層かもしれん。幻獣や生徒の気配がある。」
「はぁ?!」 「え? どういうことだい?」
ゼントの言葉に、2人はバッと振り返った。
「おそらく、ミノタウロスの神力の影響だ。迷宮の内部を……ある程度把握できるようだ。」
「な、なんだって?!」 「ほぉん」
素っ頓狂な声を上げるエボロスと、感心するシャルマであった。
そしてゼントは意識を集中し、神力を空間へと広げ、繋げていった。
「おそらく、幻獣と生徒が戦っているな……神力が弾けるように動いている」
「そんなことも分かるのかい……?」
エボロスは驚愕の表情だった。
「ほぉん。印石の場所もわかりゃあ楽だなんだがなぁ。」
シャルマが頭後ろに腕を組み、ぼそっと呟いた。
「ああ、そうだな……。探ってみるか……」
そう言ってゼントは再び意識を集中した。
「エボロス。最短ルートだけでもいいか?」
「ああ、マッピングかい? そうだね……全マップの方がいいんだろうけど、下層へのルートが分かるだけでも価値はあるだろうね。」
「そうか。わかった。……印石はこっちだ。」
そうして三人は足早に進んでいった。
――――
――
「お? あれかぁ?」
ゼントの案内した場所は、突き当りのような場所だった。
そこでシャルマは淡く輝く石を見つけたようだ。ゆっくりと近寄っていく。
「……シャルマ。」
「おう。」
ゼントの短い声に、シャルマも短く答えた。
印石の真上辺りから幻獣が降ってきたのだが、2人とも気付いていたようだ。
――ボッ!
「キシャァー! ……ギョブッ!」
蛇型の幻獣だった。
と、思われるのだが……シャルマの鋭い一撃で、原型を無くしてしまっていた。
そして、なにごともなかったように印石を手に取るシャルマである。
「ふーん。これが印石かぁ。階層で印が違うんだっけかぁ?」
「そういう話だったね。」
「ま、学園の仕込みなんて大したことねぇな! じゃ、次は二層だな! オーズ、階段は分かるか?」
本物の神代の怪物と死闘を繰り広げてきたのだ。学園の課題などおまけ感覚なのだろう。
「迷宮全域は無理そうだが、階層内の神力を辿れば……」
ゼントは少し俯き集中する。黒霧の身体がゆらゆらと揺れている。
(オーズの姿には戻れないが、この感知はやたらと安定しているな……。
この中央辺りにある空洞は、一層から空いていたあの穴か……。
しかし、まさか全階層を貫く穴だったとはな……誰が何のために開けたのか……)
ゼントは、迷宮に空いていた穴について考えていたようだったが。
(……む、これか? 神力が上方へ流れていく場所があるな……)
「……おそらくだが、分かった。エボロス、ついでだ。紙に書こう。貸してくれ。」
「え? 本当かい?」
エボロスは嬉しそうに書きかけの地図を差し出した。
――――
――
二層も同じ手法で順調に進んだ三人は、他生徒たちと遭遇しないように上手く移動をしたのだった。
そしてついに、三人は印石も3つ全て集めて、一層の地上出入り口階段の前まで到達していた。
階層内を把握できるようになっていたゼントのおかげで、マッピングも完璧であった。
「いやぁ、オーズ君。これはすごい価値だよ! 帝国史に刻まれる偉業かもしれないね! 共著として出すかい? 僕とオーズ君とシャルマ君で。」
エボロスは何かを考え付いたようで、ニコニコとしている。きっと明るい未来が見えているのだろう。
「いやぁ……俺がかぁ? うーん……」
エボロスの言葉に、シャルマは何やら悩んでいる様子である。
「……オレは遠慮しよう。目立つのは避けたい。」
だが、ゼントは即答した。"オーズ"は既にいない人物だ。あまり目立たない方がいいと判断したようだ。
「ああ、そうか。オーズ君は……確かに何があるか分からないしね……。名前は出さないでおくよ。」
「ああ。だが、シャルマはもっと稼ぐ必要があるだろう。」
「ん? まぁ……そーだなぁ、ガキども食わせる必要もあるしなぁ……」
「うん。それなら、やはりシャルマ君との共著にしよう。」
エボロスはそう言いながら出口の階段に足をかけた。
シャルマもそれに続いて上がり始めたのだが……。
「……ぐっ?!」
ゼントの足が止まった。
黒霧の身体が激しく揺らめき、奥へと引っ張られているようだった。
「ん? どうしたオーズ。早くいこうぜ?」
振り返ったシャルマはきょとんとしている。
「……ダメだ。オレは進めない……」
「はぁ?!」 「え?! なんだって?!」
ゼントの言葉に2人が大声を上げた。
「どうやら……この迷宮がミノタウロスを封印するためのものだというのは本当だったようだ……。そのミノタウロスを吸収したからだろう……これ以上……進むことができない……」
「え、いや……おま……マジかよ?!」
「なんということだ……」
シャルマもエボロスも、驚いて足を止めた。
「どの道、今の姿のまま上に戻っても、学園には戻れない。……おそらくだが、この鍵のような神具を解明できれば……いや、あるいは……ミノタウロスの神力を完全に自分のものに出来れば……脱出も可能のはずだ。だから、"オーズ"は事故で死んだということにしておいてくれ。」
「な、マジかよ?!」
「今のオレには鉄鋼団がある。必ず戻る。」
「いや、だがよ、こんなとこにお前だけ置いていけるかよ……!」
シャルマは悲痛なまでに顔を歪めていた。
「出れんものはしかたがない。オレはここで、しばらく神力の調整だ。」
「……ぐっ! でもよぅ……! お前はもう鉄鋼団の家族だろうがよ……。置いてなんていけるかよ……」
「……シャルマ君。必ず戻る、と言ってるんだ。信じて待とうじゃないか。それに、君はリーダーだろう? 他の家族が君を頼りに待っているはずだ。」
「……」
シャルマは黙りこみ、拳を握りしめた。
赤いものがポタリと石畳を濡らした。
やがて……ドン! と壁を殴りつけた。
「はぁ、くそっ! すまねぇ、オーズ。お前に押し付けるみてぇになっちまった。でもよ、帰る場所はちゃんとあるんだからよ、帰って来いよな!」
「ああ。」
「オーズ君。僕も協力して後処理をするから、集中して謎を解明して欲しい。」
「ああ。」
三人は拳を突き合せた。
そうして、シャルマとエボロスは階段を上がっていったのだった。
(さて……神代の封印……か……)
迷宮に残ったゼントは、鍵型の神具を手に、奥へと引き返していった。
暗い迷宮に紛れた黒霧は、誰の目にも留まらないかのようだった。




