1.43 - 迷宮の秘宝【エウローン帝国・ナーストロンド迷宮 : ゼント3ヶ月】
石畳に取り残されたかのように横たわる――巨大なミノタウロスの胴体を吸収すべく、黒霧の身体で包み込むゼントであったが、大きすぎて中々思うように進まないようだった。
「おーい、オーズ。何してんだ?」
エボロスが発見した通路を見ていたシャルマが、振り返って声をかけた。
「少し大きくてな。全て包み込むことができない。」
「別にそんな死体ほっといたら消えるだろ? 小ミノみたいによー」
シャルマはそう言いながら、広い部屋を歩き出した。
(そう……だといいんだがな……消しておいた方がいいように思えるんだ……)
ゼントは内心で不安を感じているようである。だが――
「それよりも、だ。お宝あるんじゃねぇのか? なんせ神代の怪物の部屋だぜ?」
恐ろしい怪物を撃破したからか、シャルマは上機嫌だった。
「通路だが、さっき見つけた場所の他に、もうひとつあるようだぞ。」
部屋内をマッピングしていたエボロスが何かを見つけたようだ。
「お? マジか? どれどれ……」
エボロスの声にいち早く反応したシャルマは、エボロスの方へ歩いていく。
「お? これ、部屋じゃねぇか?」
そこは、通路かと思えば、どうやら部屋のような空間が広がっているようだった。
「そうみたいだね。」
「広くなさそうだしよ、ちょっと入ってみようぜ?」
「うーん。まぁ、オーズ君もまだかかるようだし、"部屋"なら今のうちに調べておくのも悪くない……か。」
エボロスは少し考えた後、そう言った。
「んじゃ、光術頼むわ。」
シャルマは目を輝かせ、今か今かと待ちわびている様子だった。
光に照らし出されたその部屋は、巨大ミノタウロスがいた部屋を体育館とするなら、教室くらいの広さだった。
「お? わりと広いな。てか……いろいろあんじゃねぇか?!」
部屋には、かつての調査隊などの遺品だろうか……武器らしきもの、防具らしきものや、鍋などが、中央辺りにまとめて置かれていた。
「そうだね。ひとまず僕は部屋を調べるから、シャルマ君は物色してるといいよ。」
色めき立つシャルマを見ながら、エボロスは小さく微笑んだ。
「おっしゃ!」
シャルマは中央に向かい、エボロスは部屋の隅から調べるようだ。
「ふーむ。何のための部屋なのか……」
エボロスは、壁ぞいを丹念に調べていた。
「お? これは中々いいんじゃねぇか? いやぁ、まさかこんなにため込まれてるとはなぁー! お? これ、銭入れか?!」
シャルマは、金目のものを発見したようだ。機嫌のよさそうな声が響いている。
装備品なども整理しつつ並べているあたり、意外にも細かいところがあるようだ。それもまた、スラム生活で培った生き残る術なのかもしれない。
「む……? これはなんだ?」
エボロスが、石壁の一部に違和感を覚えたようだ。
――ガゴッ! ……ゴゴゴゴゴ
違和感の正体を探るべく、そのあたりを触っていたエボロスだったが、どうも起動装置だったらしく――
「む……隠し扉か!」
石壁の一部が開いたのだった。
中は、小部屋だった。
「おー? エボロス、なんか見つけたんか?」
「ああ、小部屋だ。入ってみるかい?」
「当然よ!」
「じゃあ、ちょっと待ってくれ。」
エボロスは、扉が閉まらないように、小型ミノタウロスのこん棒を突っ張り棒代わりにした。
そうして中に入った2人が目にしたものは――
「おお……」 「あれは……」
石組みの祭壇だった。
小部屋の中央に、儀式などに使われそうな祭壇があったのだ。
悠久の時を経てきたとは思えないほどに、形を残しているそれは、うっすらと輝きを帯びているようで、神秘的ですらある。
そして、その上には何かが置かれていた。
「もしかして、神具だろうか……?」
エボロスはおそるおそる近づいていく。
「おおー。さすが神代の怪物がいるだけはあったってかぁ?」
シャルマはニヤリとした。
「妙な気配などはないが、僕では動かしても平気か分からないな。オーズ君に見てもらおう。」
「ふーん。ま、俺にゃ全くわかんねぇからよ、任せるわ! お? これなんだ?」
部屋を歩くシャルマの足元に、長そうな棒のようなものが落ちていた。
「ん? これ、斧っぽいな?」
よくよく見れば、それは刃もついている巨大な戦斧らしきものだった。先端に剣のようなものが付いていて、形状としてはハルバードにも近い。
普通の人間が振るうには大きく重すぎるその造りは、人外の武器のようである。もし使いこなすことが出来るなら、人間の鎧など紙屑にも等しくなるだろう威容であった。
「なんか……書いてあるな。あーくっそ。古語っぽいな。チッ……読めねぇ。エボロスー。コレ読めるか?」
「ああ、少し待ってくれ……」
エボロスは、部屋の様子や祭壇周りなどをスケッチするように記録していた。
このまま帰還出来れば、歴史的快挙なのだ。学生や商人としての成功どころか、時の人ともなれるのだ。商家の復興を目指すエボロスには、またとないチャンスなのである。
作業を終えたエボロスは、シャルマの発見した戦斧らしきものを手に取った。
「……えっと、リ、サ……ナ、ウ……ト……? リサナウト、か。この戦斧の銘かな? 持ち主の名前だろうか? 他には何も書かれてはいなさそうだな。これ、ほのかに神力を感じるけど……これも神具かもしれないね。ずいぶん古ぼけてはいるけど……」
「お? マジか! お宝あったじゃねぇか! 直したら使えっかなー」
「もし神具だとしたら、普通の鍛冶屋での修理だと心許ないから、ここから出たら僕が預かって直してもらうよ。お代は護衛代ということでね。」
「エボロス~! はっはっ! お前さんはいい商人だぜ!」
シャルマは、がしっとエボロスの肩を組み寄せる。エボロスも満更ではないようで、短く笑った。
ゼントの様子を見に、2人は一旦隠し部屋を出た。
「オーズ! 終わったかぁ?」
「……ああ……なんとか……な……」
シャルマの声に、明らかに疲弊した返答をするゼントだった。
「オーズ君、大丈夫かい? ……その、様子が……」
エボロスのあまり高くない神力感知でも分かるくらいに、ゼントは不安定な状態になっていた。
脈打つように膨張と収縮を繰り返し、渦巻いてすら見える黒霧の身体、パリパリと小さな音を立て、表面を迸る雷光のようなもの……どう見ても普通ではないのだ。
「何か……見つけたのか……?」
それでも普通に会話しようとしているゼントに、シャルマも普通に応じた。
「おー! お宝見つけたぜ! で、エボロスがよ、オーズに感知して欲しいもんがあるってよ。いいか?」
「ああ、行こう……」
「だ、大丈夫かい? 無理しなくとも……」
エボロスの心配をよそに、ゼントは短く「大丈夫だ……」とだけ答え、漂うように進んでいった。
「これか……」
ゼントは祭壇の前で立ち止まり、置かれたものを観察する。
(……これは、神具か……?)
それは、黒く艶やかに磨かれたような表面の、円筒状で、片方は円環状になっていて、棒状の部分はところどころに突起物がある形状だった。30cmほどある大きさを除けば、鍵のようにも見える。
おもむろに、ゼントがそれを手に取った。
(む……神力が……安定した? だが、まだオーズの形状を取れるほどではないか……。これは、鍵のように見えるが、隠し扉はスイッチだったという話だ。どこか他に使う場所があるのだろうか? それとも、ミノタウロスを封じるための何かだったのか……? まぁ、どちらにせよ、先に進むには持っていった方がいいだろう。)
「何か分かったかい?」
終始見守っていたエボロスが声をかける。
「ああ、危険はないだろう。これは持っていく。シャルマ、持ち帰るものの選別は済んだのか?」
「おー。まぁ、全部持っていきてぇけどなー。持ちきれねぇからしかたねぇよな。金属系の運びやすいモンと、現金にしたぜ! これ、たぶん小ミノが集めてたんだろうなー。」
シャルマは満足そうだった。
「そうか。じゃあ上を目指そう。」
そうして3人は上階を目指したのだった。




