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ミナゴロシノアイカ 〜 生きるとは殺すこと 〜 【神世界転生譚:ミッドガルズ戦記】  作者: Resetter
本編

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1.41 - エボロスの考察【エウローン帝国・ナーストロンド迷宮 : ゼント3ヶ月】



 「……左腕だ! シャルマ君! 左腕だぁぁ!」


 迷宮の大部屋に、エボロスの悲痛な声が響いた。

 


 巨大な左手が突如として暗闇から現れ、左方の小型の群れに手を伸ばしたのだ。


 そこには、シャルマの姿もあった。


 耳栓をしていたシャルマは反応が遅れた。エボロスの声が届きにくかったからだ。


 「……うおっ?! ……ぐぅううおおお!!」


 そこら中にひしめいていた生ける牛頭もその死骸も、がさっと一緒くたにかき集める左腕の動作に、シャルマも巻き込まれてしまった。


 咄嗟にその巨大な手を目掛けハルバードを打ち下ろしたものの、左腕の勢いを止めるには及ばず、吹き飛ばされてしまった。


 「シャルマ君! 大丈夫か!?」


 横方向へ派手に吹き飛ばされたシャルマは、右腕側に残っていた小型の群れに突っ込んだ。


 身動きの取れないゼントは、その光景を見ていることしかできず、内心で焦りを感じたようだ。


 (……くそっ! 早く溶かさなければ……! これを離して援護にもいけん……!)


 ゼントが取り付いたままでいることで、辛うじて右腕は動きを止めているのだ。


 だが、自由の利く左腕で、巨大牛頭は引っ掴んだ餌をボリボリと貪り喰っている。気付けば大量にいた小型も、残り4分の1程度となっていた。


 「ぐぅおおぉ! デカ牛がぁ! やってくれやがる!」

 

 ミノタウロスの死骸の中から立ち上がりながら、シャルマが叫んだ。その怒声は獣の咆哮に似ていた。

 

 血に汚れ、臓物に塗れながら立つその姿は、悪鬼羅刹のようである。そして、その表情は怒りに満ちていた。


 「シャルマ君! 無事か?! 治療を――」


 「……チッ! アバラが何本かやられてやがるな……ま、とりあえずやり返さないとなぁ!」


 「え、お、おい! 無茶するな!」


 シャルマはエボロスの言葉を無視し、ゼントが動きを封じている右腕に走り寄りながら、ハルバードを大上段に振りかぶった。そして、怪我を負っているとは信じがたい跳躍を見せた。


 「うおおおおぉ!!」


――ドッ!!


 短く鈍い音が響いた。

 

『ブモオオオオ!!』

 

 巨大な右腕がドガッと地面に落ちる。

 

 「けっ! 思い知ったかよ!」


 シャルマは、ハルバードを地面につき、肩で息をしながらも強がってみせた。痛みもあるのだろう、少しその表情も歪んでいる。

 


 (……む? これは……)


 落ちた右腕に取り付いたままだった黒霧状態のゼントは、右腕が落ちたその直後、一気に吸収しきることができたのだった。

 

 「お? 右腕消えたな?」


 「ああ。それよりシャルマ。先に治療したらどうだ。」


 ゼントは、小型ミノタウロスを搔き集めボリボリと喰らい続けている巨大牛頭を見ながらそう言った。

 

 巨大牛頭の瞳は、暗く澱んでいるようにしか見えない。それが何を映しているかさえ定かではないが、不気味さと狂気だけは否応なしに主張していた。

 

 「あー。まぁ、まだまだ長そうだよなぁ……。オーズは次、あの左腕か?」


 シャルマも、嫌な予感のようなものはまだ拭えてはいないようで、その表情は晴れないものだった。


 「そうだな。」


 「おっし、じゃあちょっと任せた!」


 そして、短い会話で分かれる2人。


 シャルマはエボロスの元へ。ゼントは、そのまま左腕に向かって走り出した。


 『ブモオオオオ!!』


 左腕に飛びつこうとする黒霧に向かって繰り出された、左腕の打ち下ろし。だが、ゼントは霧の身体なのだ。そのままするりと取り付いた。


 (……よし。これで動きは封じることが出来るはずだ。だが、どうやらこいつの無尽蔵な神力を一気に吸収しきることが出来ないようだな。落ちた右腕は供給がなくなったことで即時吸収出来たのだろう……。やはり強大過ぎる力の前には、この身体でも難がある……か……)


 ゼントは左腕に取り付きつつ、巨大牛頭に意識を向けながら、そんなことを考えていた。


 


 「シャルマ君! 無事でよかったよ。ひとまずは洗浄しよう。汚れが酷すぎる。」


 シャルマの様子を心配そうに、やきもきとしながら見守っていたエボロスである。治療の準備は万端といった感じで、必要なものは既に揃えられているようだ。


 「おっ、すまねぇな。」


 半肉体の存在であるミノタウロスたちの血液に塗れつつ、傷だらけとなってしまったシャルマ。傷口への悪影響がどの程度なのか、エボロスにも予想はつかないが、通常と同じ処置をするようだった。


 「急ぐが、少し時間はかかると思う。」


 水術を使って、汚れを洗い流しながら、エボロスは話を続ける。


 「もしかしたらなんだが、あの巨大な牛頭、小型の神力を吸収しながら具現化してきているのではないかと思うんだ。」


 「ほぉ。」


 エボロスは話ながらも、テキパキと手当を進めていく。

 

 「もし、あそこにいる小型を全て食い尽くしてしまえば、どれぐらいの神力が集まるのか……想像もつかない。そして、その時こそが、本当の窮地なのかも知れないね。」


 エボロスの言葉に、視線を小型の群れへと注ぐシャルマ。


 小型ミノタウロスは、既にまともに動ける個体は存在していない。だが、半死半生のものや死骸にすら神力は存在しており、それらをエネルギー源として具現化を続けるのであれば……間違いなく死闘となろうことは明らかである。


 「そうだな……。まぁ、多少慎重さは必要か。特に、動けなくなるのはマジィな。」


 「そういうことだよ。そして、おそらくだが……全て具現化された時には、あの暗闇は消えるんじゃないかな? あの暗闇はもしかしたら……オーズ君のような、神力の塊なのかも知れないね。」


 「あー。なるほどな。じゃ、アイツら似たモン同士ってか。だから苦戦してんのかねぇ……」


 「そうかもね。もし同種なのであれば、規模感が桁違いだしね。……何か出来ることはないかとは考えていたんだが、こんなことしか思いつかなかったよ。」


 エボロスは、その表情に少し陰りを覗かせた。


 「何言ってんだエボロス。俺にはそんなじっくり考えるだなんてこたぁ出来ねぇ。そりゃ立派なお前さんの"出来ること"だろうよ。あと、この治療もな。」


 そう言って、爽やかな笑顔を向けるシャルマに、少し照れるエボロスであった。


 「や、そんなに正面からそういうことを言われる経験はあまりないね。反応に困るよ。」


 「はっはっ! 商人なんてそんなもんかもな!」


 豪快に笑うシャルマ。そして手際よく処置を終えたエボロス。


 「さ、終わったよ。だが、また負傷したらすぐに下がってきてくれ。状況は常に見ておく。声もかける。」


 「おう! ありがとよ! ……さて、次はあの左腕をぶった斬るとすっか!」


 装備を付けなおしながら目線を巨大牛頭へと送るシャルマであった。


お読みいただけまして、ありがとうございました!

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