2.17 - アナスタシアの決断【チカーム教国:聖良3ヶ月・アナスタシア派】
チカーム教国三大派閥の一角だった、アナスタシア派の視点。
アナスタシアとローザの秘密の会談の翌日。
「メリダ。貴女に話があるわ。」
「なんでしょう?」
アナスタシアはいつもの執務室で、いつもより神妙な面持ちでメリダに切り出した。
「そうね……。"会議室"へ行きましょうか。」
「か、会議室ですか……? わ、分かりました。」
アナスタシアの言う会議室は、アナスタシア派が主に他派閥に対抗する為の会議を行っていた部屋である。
大聖堂周りでは、アナスタシア派にとって一番安心出来る部屋なのだ。声は漏れず、響きも抑えられる造りになっている。
聖良が聖皇となり、三大派閥が事実上解体されてしまって以来、使われていなかったその部屋で、2人は向き合った。
「それで、お話というのは……」
何代か前の聖女が造ったとされるその部屋は、派手な調度品などは一切なく、質素な印象を受ける。
簡素な木製の椅子に腰を掛ける2人は、ずいぶんとやつれている。
「ええ。派閥員……特に若い候補から先に、ここから逃がしたいと思っているわ。」
「……えっ?」
アナスタシアは、執務室を出てから――いや、ローザと話してからは、まるで石膏か何かで固めたかのように表情が変わっていなかった。
そんなアナスタシアの様子を、内心で心配していたメリダである。
「逃がす……ですか?」
「そうね……。もう、皆限界でしょう。候補たちも、貴女も、私も……そしてこの国も。」
細く呟くようなアナスタシアの声。視線はどこか遠く、少し虚ろですらあった。
「わ……私は……アナスタシア様がそう決めたのならば、お手伝いするだけですが……それより、どこにどうやって逃げるのですか……?」
メリダは多少狼狽したものの、すぐさまぐっと息を呑みこんで、聞き返した。その瞳は、新たな意思を宿したかのように力強い。
その様子を視線だけ動かして虚ろに見ていたアナスタシアだが、少し間を置き口を開いた。
「……これは、ローザ隊長の案よ。……スヴィーを呼んでちょうだい。」
「……? スヴィー? スヴィーですか? そこまで優秀な候補ではなかったと思いますが……、分かりました。呼んできます。」
こんな重要な話にローザ隊長が関わっているのは納得だが、普段から不満ばかり漏らしているような、あまり優秀な印象のないスヴィーを何故呼ぶ必要があるのか。メリダは腑に落ちないのだが、首を傾げつつも、足早にその言に従った。
「これで……終わりが始まるのね……」
部屋を出て行くメリダの背中を見送りながら、アナスタシアは小さく呟いた。
――――
数分後、スヴィーを連れたメリダが会議室に戻ってきた。
「アナスタシア様、お待たせいたしました。スヴィーを連れてきましたが……」
「……し、失礼いたします。」
急な派閥長からの呼び出しということもあるのだろう。スヴィーは緊張でもしているのか、恐縮した様子である。
「ご苦労様……。2人とも座ってちょうだい。」
アナスタシアに促され、簡素な木製椅子に腰掛ける2人。
「……スヴィー。ローズ隊長から話は聞いているわ。」
アナスタシアは、じっとスヴィーの瞳を覗き込んでいる。
「……っ! は、はい。も、申し訳ございませんでした……!」
何のことを言われているのか、スヴィーは察したようだ。ビクリと身体を跳ねさせ、深々と頭を下げた。
「……この際ですし、過去のことは不問といたします。」
「……うぅ……も、申し訳ございません……ありがとうございます……。私、一層アナスタシア様にお尽くしいたしますので……!」
スヴィーは感極まったのか、ボロボロと泣き出してしまった。
事態を呑み込めないメリダは、2人を交互に見やりながら口を開いた。
「えっと……、何の話でしょうか……?」
「そうね。メリダ、貴女には話しておこうかしら。聖杯の儀でのセラ様暗殺未遂……そして、先日のシルバ殿が討ち死にした聖皇暗殺未遂事件。犯人は旧エレミヤ王国の人間、ということよ。そして、それを手引きしていたのが、スヴィーということみたいね。ローザ隊長の独自調査で掴んだらしいわ。」
「……えぇっ?! そんな?! まさか……」
顔を青くしてスヴィーに視線を送るメリダ。
「もちろん、分かっているでしょうけど、この件は口外無用よ。」
「は、はい。」
色々と聞きたいことがありそうな表情ではあるが、腑に落ちた部分もあるようで、メリダは複雑な表情をしつつ頷いた。
「それで、ローザ隊長も色々考えて……そして決心したとのことよ。案を考えた、と言ってきたわ。……スヴィー。」
「は……はい。」
俯いていたスヴィーだったが、アナスタシアの声にバッと顔を上げた。
「旧エレミヤの……反チカーム勢力との繋がりがあるのよね。」
「はい。出身村の関係で……。その、私もエレミヤ人の血筋で……。」
「で、その貴女と繋がりのある勢力の代表は、本当に私たちを受け入れてくれるのかしら? 私たちも、チカーム教徒なのだけど?」
「えっと、私の出身村は、エレミヤ人の教順者たちの村です。ですが、その……エレミヤ領の人たちとの繋がりは切れていなくて。そして、私を通してではありますが、アナスタシア様の派閥の聖女候補たちが、エレミヤ人に対して何かしたようなことはないと、彼らは知っています。ですから、害意はないのです。」
「そう。」
アナスタシアは、ローザから一通り説明は受けていたが、あまり実感を持てていなかったようで、スヴィーの表情をまるで値踏みでもするようにじっと見つめていた。
「はい。それで、ローザ隊長の指示で、すでに連絡係の人には動いてもらっています。」
「その部分がね……。まさか事後報告されるとは思ってもみなかったわよ……。」
「も、申し訳ございません……。アナスタシア様が断れば、ローザ隊長の部隊員だけでも、と思われたみたいで……。少し距離もありますし、即断する……とのことでした。」
「……と、いうわけよ、メリダ。若い候補から順に、少しずつローザ部隊に護衛してもらいつつ、逃がしていくわ。表向きは教巡の旅に見せかける形でもいいわね。……だから、年かさの私たちは最後ね。」
両手を広げてみせながら、力ない微笑みを見せるアナスタシア。どこか投げやりで、少しおどけた調子にも見える。
「……そう、ですか。わかりました。すぐに手配をいたします。」
メリダは瞑目すると、頭を下げ、同意を示した。だが、頭を上げながら、なおも語る。
「……私たちは、聖女候補でした。唯一神ソラーネ様のお導きを受けられるようにと、日々修行を重ねてきました。儀式を受けることすら叶わなかった私も、アナスタシア様も……候補から外れた後も、教えを広めるために教巡にも出て、帰還後もさらに教団に貢献してきたはずです。」
メリダは、普段あまり思いの丈を口にすることはない。だが、長年の生き方を変えざるを得ないのだ。溢れ出る想いが堰を切ってしまったようだ。
「……そうね。」
アナスタシアは目を細めてその言に聞き入っている。
「その終わりを作ったのが……他派閥とはいえ同じ聖女だとは……。おかげで、決心も付きやすいというものですね。」
メリダはそう言って、乾いた笑いを漏らした。薄らと力ない微笑を湛えるアナスタシア。
「……信仰とは、何だったのかしらね……」
アナスタシアは、2人にも聞こえないほどの小声でぼそりと呟いた。
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