1.39 - 怪物の部屋で【エウローン帝国・ナーストロンド迷宮 : ゼント3ヶ月】
ミノタウロスがこれでもかとひしめく部屋に入ることを余儀なくされたゼントたち。
そんな部屋に足を踏み入れれば、油断すれば即肉塊にされてしまうだろう。
だが、ゼントは神力の感知でその部屋に待つ光景を予見することが出来た。僥倖である。
そして、3人は部屋に踏み入った瞬間、即行動を開始したのだった。
「エボロス! 光だ!」
シャルマが叫んだ。
「ああ。……光術・閃光!」
シャルマの号令で、3人の背後辺りから強烈な光が迸った。
「「ぶもおおおお!?」」
部屋中を真夏の太陽のように、カメラのストロボのように駆け巡り照らし出した光は、ミノタウロスたちの視界を奪うのには十分だった。
その隙を見逃すシャルマではない。
「おおぅらぁ!!」
――ボッ! ザシュッ!
素早く距離を詰め、すくい上げるような軌道で放たれた、ハルバードの一撃。早々に一頭の牛首が宙に踊る。
そしてゼントは、黒霧の身体で、躊躇なく群れの中に飛び込んで行くと……
「……火槍・連」
無数の火炎を方々にまき散らした。
少しずつ間隔が開けられつつ周囲一帯に散布された炎の槍は、ミノタウロスの群れを大いに混乱させた。
燃え上がる身体を振り払うべく暴れるミノタウロスたちは、隣など関係ない様子で、仲間であろう個体をも巻き込んでしまっている。
その混乱に乗じて、ゼントは順次被害を受けていない個体を滅殺・吸収していく。その速度自体は、一体ずつの処理である。決して早くはない。だが――
「おらおらおら! 牛首置いてけやぁ!」
シャルマもシャルマで、一振一殺。ただ振り回しているようにも見えて、その実、正確に確実に牛頭どもを屠っていた。
激しく血の噴水を上げる胴だけとなっていくミノタウロスたち。それらは混乱の最中にドミノ倒しとなり、さらに混乱を深める一助となった。
「「ぶもおおおお!」」
各所から上がるミノタウロスの怒声は、石壁の部屋に籠りながらも谺する。
「シャルマ君! ゼント君! この部屋も何か変だ! 音が漏れていかないが、響きが酷い! 感覚阻害に注意するんだ!」
「おぅよ!」
エボロスの言葉に返事をしながら牛頭を飛ばすシャルマ。バシャッと赤い雨が降る。
(空気や神力の滞留……停滞だろうか? 扉があるわけでもないのに、隔絶空間のようだ……)
ゼントは黙々とミノタウロスを処理しつつ考察しているようだった。
「そろそろもう一度いくぞ! 目を閉じてくれ!」
「おうよ!」
「……閃光!」
頃合いを見計らって再びエボロスの閃光が空間に走る。あまり知能的ではない様子のミノタウロスたちは、2度目だというのにまんまと視界を奪われたようだった。
「「ぶもおおお!?」」
目を押さえるような格好で、蹲るものすら見受けられた。
「うっし! どんどんいくぜぇー!」
目の眩んだミノタウロスなど、シャルマにしてみれば試し斬りの案山子と変わりない。返り血を浴びながら、ずんずんと斬り進んでいくシャルマ。
相手が人間であれば、もうすでに部屋中が生臭い鉄の臭いで充満しているだろうが、ミノタウロスたちの死骸は、やはり半肉体のようだ。臭いすらも薄い。
群れの真ん中で容赦なく滅殺吸収を続けるゼント。エボロスの少し前辺りで、斬殺をひたすらに繰り返すシャルマ。
全ては順調そのものに見えた。
――だが。
(なんだ……? この神力の流れは……? ……集まっている?)
ゼントが感じた神力の違和感。その流れゆく方向に視線を移した。
(な……そんな……? あんなもの、無かったぞ……さっきまでは……)
「シャルマ! エボロス! 奥だ! ミノタウロスだ!」
ゼントが叫んだ。
しかし、その言葉の意味が、2人には一瞬分からなかった。
ミノタウロスなら今、目の前を埋め尽くすほどにいて、そして順調に屠殺しているのだから。その屍の山は、重ねれば天井にまで届くのかもしれない。そんなふうにさえ思えていたのだ。
だが、あのオーズが大声を上げるなどとは、尋常のことではないのだろうと、2人は同時に感じたのだろう。
ゼントの言う辺りに2人はほぼ同時に目線を送った。
「……んな?!」 「……え」
そこには、巨大な牛の頭があった。
ぼんやりと暗闇の中から浮かび上がるように映るソレが、見下ろしていたのだ。
あまりの事に息を呑み、一瞬固まってしまう2人だった。
そう、一瞬だったのだ。だがそれは――
「ぶもおおお!」
――ドンッ!!
「ぐっ……?!」
敵の目の前でしていい行動ではなかった。
動きを止めてしまったシャルマに、容赦ない牛の一撃が加えられた。右脇腹辺りを突き上げられ、宙に舞うシャルマ。
「シャ……シャルマ君!」
それに気付いて叫ぶエボロス。
(くっ……マズイか……)
事態に気が付いたゼントが、シャルマの方向へ走る。
「くっそォ! 油断したぜっ!」
くるくると宙を舞いながらも悔しそうに叫ぶシャルマ。受け身を取ろうと猫のように身体を捩る。
そして――
「ぶぎゃあああ!!」
真上に飛ばされたシャルマは、ハルバードでミノタウロスを刺殺しつつ止まり、そして地に足を付けた。
だが、群れの前面に位置取っているとはいえ、そもそも部屋はミノタウロスだらけなのである。次なる角が勢いよく迫って――
「……閃光!」
瞬間的に放たれたエボロスの閃光で、シャルマを襲った牛頭の目が閉じられた。
「ん、ナイッスぅ!」
シャルマは突進してきた牛頭の下側に潜り込みながら、ハルバードを突き立てた。
醜い断末魔と赤い雨を降らせる牛頭。
「シャルマ、無事か。」
そして、そこに戻ってきたゼント。
「つっ……ま、なんとかな。」
だが、シャルマの脇腹には、血が滲んでいた。
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