1.38 - 怪物の部屋【エウローン帝国・ナーストロンド迷宮 : ゼント3ヶ月】
ゼントが夜番をこなす中、休息を取ったシャルマとエボロス。
何時間を休息に充てたのかは正確には分からないが、ある程度は回復したようだった。
「んで、結局何匹きたんだ?」
シャルマはテントをたたみながら、ゼントに夜間の確認をした。
「ああ、最初に5匹……その後は順番に1匹ずつきたな。……13匹だな。」
ゼントは思い出しながら答える。集団で来られない限りは、黒霧の力を使ったゼントにすれば、牛頭狩りなどただの作業に過ぎなかったのだ。印象にも残りにくいのだろう。
「そ、そんなにかい?」
だが、そんなゼントの答えに少し顔を青くするエボロスだった。
「で、結局増えたのはこのこん棒だけかよ……。」
その無骨な棒は、全てのミノタウロスが持っているわけではないが、昨日より3本増えていた。
片付けを終えたシャルマは不満顔である。一応背嚢にこん棒をくくり付けたようであるが、高値で売れるものでもなさそうだ。
「そうだな。他に何も持ってはいなかったが……」
「が?」
言葉を区切ったゼントに、エボロスが耳聡く反応した。
「いや、記憶を読もうとしたんだが……上手く見えなかったんだ。」
ゼントの表情が変わることはないが、言葉尻は少々の悔しさ、残念さを含んだものだった。
「なるほど。人でもない種族だし……というか、幻獣に近いのかもね、怪物というものは。そんな言葉すら通じないものの記憶……思考を覗こうだなんて、難しいだろうさ。」
「そうだな。こんなことなら、動物で試しておくべきだった。」
「おいおい、それじゃ狩りの獲物が減るだろー。」
「ははは。たしかにそうだね。まぁ、オーズ君。無理なものは仕方がないよ。出来ることをしていこう。」
だが、エボロスは過度な期待をそもそも持っていなかったのだ。気にした素振りすらない。その念は危険だということを、若いながら知っているのだろう。
「ああ。そうだな。」
そんな慰めるでもなく責めるでもないエボロスの言葉は、ゼントには心地よかったようだ。いつもと変わらない短い言葉だが、納得の色を含んでいた。
そうして、未探索ルートに足を踏み入れた3人。
「それにしても、今演習開始からどれくらい経っているかが正確には分からない。そこが先ず問題だね。仮に1日としておくと、成績評価という観点での猶予は、残り2日。過ぎるとかなり評価に響くだろうね。」
マッピングをしながら口を開くエボロス。その真剣な表情からは感情が読み取りにくい。
「そうだな。」
「逆に言えば、それまでは救助がない可能性があるとも言えるね。」
現状を確認・共有するように、淡々と語るエボロスである。
「おー、オーネスの野郎が自首したとも思えねぇしなぁー。期限過ぎるまでは気付かれねぇだろーなぁ。いや、まぁでもこの感じならよ、別に救助はいらねぇだろ?」
シャルマは、頭の後ろに腕を組みながら、少し目線を上げた。オーネスの事を思い出しているのだろう。
「うーん。ミノタウロスに関してはそうかも知れないけどね。食料備蓄の問題もあるしね。こっちに関しては、多めにあるとはいえ、普通に消費したら1週間分だよ。」
「1週間かぁ……。こんな辛気臭いとこにそんな長く居んのは勘弁願いてぇなぁー。」
シャルマは、神力の流れなどは全く感じることが出来ない。それでも野生の勘のようなもので、この迷宮の異様な雰囲気――危険性のようなものを感じ取っているのだろう。
「それには全く同感だよ。この際、評価なんて捨てたっていいんだ。生き残りさえ出来ればね。」
成績も大事ではあるが、エボロスにしてみれば、それは生存の重要性と釣り合うものではないのだ。軍の要職への道を目指し良成績を目的としているならば、そもそも問題児2人と組もうなどとは思わない。
エボロスには、商家の再興という明確な目標があるのだ。成し得るには、清濁併せ呑み、修羅場を潜り抜ける覚悟すら必要だ。
「はっはっ! そこは俺たちに任せろよ! な、オーズ?」
笑いながらガシッとゼントの肩を組み寄せるシャルマ。
「巻き込んだ手前もある。エボロスにしたら理不尽な話のはずだ。守るさ。」
「ははは。やはりオーズ君は"オーズ様"ではないんだね。」
生前のオーズは、理不尽の塊だった。だが、善人は理不尽にさらされ続けた側だった。悪人となる決意をして生きる今、理不尽には真っ向から抗うと決めているのだ。
そんな自分自身が、不当に理不尽を強いるなどとは許しがたかったのだろう。口下手でコミュ障のゼントではあるが、随分と言語化できている。
こんな状況下ではあるが、エボロスの表情は柔らかささえ持っていた。
そうしていくつかの曲がり角を曲がり、突き当りを戻り……と繰り返すこと数時間。
「ん? なんか、空気が……風が動いてねぇか?」
「風もだけど……これは……」
「エボロス。この道しかないのか?」
3人はそれぞれがその先の通路に違和感を抱いていた。
「そうだね……」
ゼントに言われて、紙に目を落とすエボロス。
「ここが、反対側へ進める唯一の道だな……」
小さく答えるエボロスに、ゼントは
「そうか」
と、短く返した。だが、ゼントには分かってしまっていたのだ。
「エボロス。この先はおそらく部屋のようになっている場所がある。そこに入ったら、オレたちより後方に下がって、光術をなるべく光らせてくれ。」
「……分かった。まさか……」
「ああ。ミノタウロスだ。」
「ほぉう? お宝はあんだろうなぁ?」
「シャルマ。前に出すぎるなよ?」
「おうよ! エボロスもいるしな。」
そうして歩を進めた3人に待ち受けていた光景は――
「おお……なんということだ……」
「はっはっ! マジかこれ!」
かなり広い部屋……現代的に表せば、バスケットコート程の石の部屋――
そして、その広い部屋を埋め尽くすような、ミノタウロスの群れだった。
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