2.16 - 栄枯転調【チカーム教国:聖良3ヶ月】
執務室を出て歩くローザとアナスタシア。ローザに支えられつつ歩くアナスタシアは、病人のようである。
ローザの選んだ人気のない部屋は、ローザの自宅だった。騎士の宿舎は大聖堂の隣にあるが、部隊長ともなれば近所に家すら持てるのだ。
「ここだ。まぁ、あまり綺麗とも言い難いが入ってくれ。」
ローザの自宅はあまり豪勢とは言えない、庶民的な一軒家だった。2階建てで、一人で暮らすには少々広いが、それだけとも言えた。
およそ部隊長らしからぬ、周囲に並び建つ家となんら変わりないものでしかなかった。
「あら、いつの間に家なんて。」
「ちょうど空き家が出たと聞いてね。少し前に買ったのさ。……宿舎は、息が詰まるからな。」
「……そう。」
力ないアナスタシアの瞳は、どこか遠い目をしながら、簡素なテーブルだけが目立つ部屋を、虚ろに眺めていた。
「さ、一応ソファくらいはあるんだ。座ってくれ。」
ローザの手で案内され、ソファに腰掛けるアナスタシア。30代半ばというに、動きは緩慢で老婆のようだ。
「ありがとう……。それで、話とは……なにかしら?」
アナスタシアの斜め前辺りに椅子を持ち、腰掛けるローザ。
椅子に腰かけると、膝に肘を乗せ、手を組んだ。そして伏し目がちに話しだした。
「うむ。アナスタシア殿。貴殿とはそれなりに長い付き合いだな。」
「ええ、そうね……。」
ふと、遠い目をするアナスタシア。思い出にでも浸っているのだろうか。
「近頃の教団を……いや、教国を……どう思う?」
目線だけをじっとアナスタシアに向けるローザ。
「ああ、そういう……聞かれたくない話……ね。」
ふぅとひとつため息を吐き、アナスタシアは語りだした。
「おそらくもう……長くないわね……。私が倒れるのが先か……教国が倒れるのが先か……。あぁ……でも、ご覧の通り……私の方が先に倒れそうね……。」
力ない微笑みを浮かべるアナスタシア。その笑顔は、どこか泣き顔のようでもあった。
「おいおい、ずいぶん弱気じゃないか。それなりの年数、派閥長として君臨してきた貴殿の台詞とは思えんぞ。」
「そうね……。特に前教皇の崩御からは、激動だったわね……。派閥員……聖女候補たちを守るためとはいえ、他派閥とはずいぶん……特にローグラッハ派には手を焼かされたわね……。でもね、ローザ隊長。所詮私は派閥長でしかないの。特に、今は……ね。」
「そう……まさにそこだよ、アナスタシア殿。」
くっと顔を上げるローザ。
「その、"今"という部分さ。"あの日"以来、我ら部隊も強権で強引に貴殿の派閥から外された。そのわりに冷遇され、閑職だ。どうも聖皇様は女がお気に召さないらしい。貴殿の派閥……聖女候補たちも、今やメイドなんだろう?」
「……そうね。」
少し目を伏せて俯くアナスタシア。
「なぁ、アナスタシア殿。私はな、貴女も……聖女候補たちも……今のままではよくないと思っているんだ。」
「……どういうことかしら?」
ローザの言葉に眉を顰めるアナスタシア。
「うむ。それが、本題だ。」
ローザは重苦しく息を吐いた。
「派閥員を逃がさないか?」
決意の籠もったローザの眼差しは、アナスタシアをしっかりと見据えていた。
「……え?」
「策を考えてある」
「……そう。即答はしかねるわね。でも……貴女、本気ということね。……話だけは聞かせてもらおうかしら。」
アナスタシアは軽く瞳を閉じた。
「……ああ。今、我々の部隊はあまり注目されていない。それを利用しようと思う――。」
――――
――
ローグラッハを騎士に命じ捨てに行かせた聖良は、オーディションを再開していた。
居並ぶ騎士たちを一頻り吟味した聖良は、玉座へと戻り腰を掛け、脚を組んだ。
「んー、あんたとあんた、あとそこの。前に出なさい。他は戻っていいわ。」
「「はっ!」」
聖良の命に従い、3名の騎士は前に出て、他の者たちは順次退室して行った。持ち場へ戻るのだろう。
「うん。じゃあさ、残った3人はさ、私をどれだけ守りたいか、どれだけ尽くしたいか……アピールしてみてよ?」
ニヤリと笑う聖良。息を飲む3人の騎士と、それを見守るゴルド。
「ほら、右から。早くして。」
「はっ! ダイーゴと申します! 私はかねてよりシルバ殿とは友誼を重ねておりまして。彼の想いを引き継ぐべく……」
「あっそ。次。」
話半ばで打ち切られたダイーゴは、驚き固まるが、声は出さずに耐えた。
「はっ! イパリアッチと申します! 聖皇様におかれましては大変ご機嫌麗しゅうございます! 私は……」
「長い。次。」
目をパチパチとさせ、口をパクパクさせるイパリアッチ。
「はっ。リョーヴェと申します。聖皇様。私をお選びください。必ずやご満足頂けますようお尽くしいたします。」
少々大仰なきらいがあるが、優雅な動作で礼の作法を取るリョーヴェ。
「へー。じゃ、リョーヴェ。今日からよろしく〜」
「かしこまりました。なんなりと。」
こうして、シルバの後釜にリョーヴェが収まる事となった。深々と頭を垂れるリョーヴェの口の端がゆっくりと持ち上がっていた。
呆気にとられた様子のダイーゴとイパリアッチ。しかし、数秒の後には気を取り直したのか、一礼し部屋を後にした。
終始見守っていたゴルドは、2人の背を見送りながら奥歯を噛み締めているようだった。
――――
――
居室に戻った聖良たち3人。
「セラ様。私を深く知って頂きとうございます。本日のご奉仕はお任せ頂けませんか。」
リョーヴェの言葉に、困惑の色を浮かべながら視線を送るゴルド。
「へぇ。今度の護衛はずいぶんやる気みたいねー。」
ゴルドやシルバとはタイプが違うが、リョーヴェの容姿も非常に整っている。
そんなリョーヴェの言葉に、聖良は期待を膨らませたのだろう。にやにやとしながらリョーヴェを見ていた。
「じゃあ、今日はゴルドはいいわ。扉前にいて。」
「は……はっ! 承知いたしました。」
戸惑いながらも速やかに退室するゴルドであった。
「で、リョーヴェ。どう悦ばせてくれるわけ?」
「はい、セラ様。セラ様は、先日の献上品の件でご立腹であられた……と聞き及んでおります。」
「なに? そんな話?」
「ええ。寝物語として、その神々しくも愛らしいお耳にお届け叶いましたらば……と。さぁ、こちらへ。」
「へぇ〜。あんたみたいなのがいたなんてねぇ〜」
聖良はリョーヴェのあからさまにも思える誉め言葉に、仄暗い笑みを浮かべながら、寝台へと身を寄せたのだった。
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