1.37 - 現在地不明、帰路の捜索【エウローン帝国・ナーストロンド迷宮 : ゼント3ヶ月】
迷宮の穴に落とされ、何とか合流を果たしたゼントたちは、不明階層をマッピングしながら探索しているのだが……
「おいおい、またかよ……」
シャルマが苦々しく顔を歪める。それもそのはずだ。通路を曲がるたびにミノタウロスが立っているのだ。いい加減、牛頭刎ねも飽きているらしい。
「一体、どうなっているんだろうね? 迷宮の怪物がそんなにたくさんいるだなんて話、聞いたことがないのだが……」
エボロスも困惑顔である。まさか教師陣の配置した幻獣でもあるまい。ミノタウロスなど正真正銘の怪物なのだ。
「ならば、オレが"聞いて"みよう」
ゼントはそう言うと、ガツンガツンと地面を蹴って威嚇しているミノタウロスに近づき……
ブワッと一気に黒霧で包み込んだ。
「おお……それが……黒霧の力……」
エボロスは驚嘆の声を上げた。それはそうだろう。黒霧に包まれると、先ほどまでそこにあったはずの存在が、瞬く間にその場から消えているのだから。
(むぅ……。思考のパターンが人間と違いすぎて、記憶の理解が難しいな……まったくもって言語化されていないからか……)
「ダメだ。少し難しいようだ。」
ミノタウロスを消すところまではよかったが、結果自体は芳しくない様子だった。
「そうかい。まぁ、しかたないね。それより、おそらく今4分の1程度を回ったと思う。」
エボロスは、広げた紙に目を落としながらそう言った。今自分に出来る事を精一杯する。そんな眼差しである。
「ほぉん。で、お宝はミノが持ってたこん棒だけ、かぁ……。シケてんなぁ。迷宮の宝とかねぇのかよー。怪物はいるってぇのによー」
シャルマは不満顔である。
「うーん。そもそもの伝説では、ここは"怪物を閉じ込めるための場所"と、伝わってるんだよ。宝がある可能性もなくはないが、どちらかと言えばかつての調査隊の遺品探しになるかもね。」
(それも地球の神話と同じだな……だが、神話では一体のミノタウロスだったな……それも、島だったはずだ。)
「ほぉん。そうだっけかぁ? 閉じ込める……ねぇ。」
顎に手を当てながら唸るように呟くシャルマであるが。
「いや、一応授業でやってたんだけどね……? まぁ、君たちは……聞いてなかったのかもね……」
エボロスは少々呆れ顔であった。
「まぁ、ちぃとサボりがちだしよ! 夜の仕事が盛り上がっちまった時は特になぁー。朝起きるのつらくてよー。」
少しバツの悪そうな顔で頭を搔くシャルマ。
「ははは。ずいぶんと勢いがあるみたいだね、鉄鋼団は。」
だが、エボロスはそんなやり取りが楽しいのか、笑顔を見せていた。
「まぁなー。ガキども食わせなきゃなんねぇしよ。そりゃ働かねぇとよー。」
「……本当に話はしてみるものだよ。学園では問題児といわれているシャルマ君が、スラムの英雄だなんてね。」
「いや、ちょ、それはやめろって!」
「ははは! いいじゃないか。……っと。行き止まりか。」
「おー。まただなぁ。」
3人は、一層でのやり方と同じく通路を選び、壁の左側を基準として現在の階層もマッピングをしてきていた。
だがこの階層は、一層よりもかなり複雑に入り組んでいるようで、上下の動き……坂などもあったのだ。
「……演習の開始から、どれぐらい経った?」
通路突き当りで、ゼントがそんなことを言った。
「どうだろうか……。6時間というところだろうか? 8時間ぐらい経っているのか……」
エボロスにも経過時間に関しては、はっきりと把握できていないようだった。この迷宮の重たい空気は、そんな感覚すらも狂わせてしまうのかも知れない。
「なんだよ、オーズ。疲れたのか?」
「いや。ここなら、それなりの見通しも効く。休憩したらどうだ? シャルマもまだ本調子ではないだろう」
「あー、いやまぁ……」
「休憩か。確かに、ここならテントも張れるか……」
「オレは眠る必要がない。2人は回復に努めてくれ。」
「すまないね。」 「おお、わかった。」
そうして3人は、この突き当たりを休憩の場所と定めた。
――――
ゼントは、2人が休んでいるテントから少し離れた位置に立って番をすることにした。
先ほど曲がってきた側の通路と、まだ進んでいない側がちょうど見える分岐の地点だ。
(しかし、これだけ歩いても上に行く階段も下に行く階段も見つけられないとはな……)
通路を見張りながら、思考を続けるゼント。
(教師は、三層までが探索範囲だと言っていたな。と、いうことであれば、三層までは教師が事前に行き来しているはずだ。印石を設置しているはずだしな。エボロスは、落ちた穴は中央付近のはずだと言っていたが、結局オレたちは下層への階段を見つけていない。)
すっかり考え込んでいるのか、ゼントは腕組みをしている。
(おそらく、落下地点が中央辺りという予測も、完全な正解とはいえないだろう。一層がそうだったとしても、ここは地下迷宮だ。塔とは違うからな。横に掘り進めることは出来そうだ。だが、探索した範囲でいうと、大幅に上層より拡張された造りにはなってはいなさそうだな……)
ついには顎に手を当てるゼント。
(しかし、こんな大掛かりな迷宮を一体誰がどうやって造ったんだろうな。神々がいる世界だとは聞いたが、そういった存在が創ったのだろうか……)
しかし、ゼントの思考の沼はそこで中断されることとなった。
(来たか……)
ゴツッゴツッと蹄の足音がいくつも重なって聞こえてきた。
(こっちの通路か……。4……いや5か……)
まだゼントたちが進んでいなかった方の通路から響いてくるその足音に、ゼントは黒霧の姿に変わり、迎え撃つようだ。
「ぶも?」 「ぶおおお……」
先頭を歩いていた2頭が怪しい黒霧を認知し、鳴き声を上げた。
が……
「やかましい。」
大声を上げようとした一頭が、即座に黒霧に飲み込まれた。
「ぶおおおお!」 「ぶも?」
だが、その光景に気が付いた隣の一頭が声を上げてしまう。それに気が付いた後ろの一頭が首を傾げた。
(……いくら即殺が出来るとはいえ、黒霧の拡張範囲はそこまで広くない。コイツらは一気に全て吞み込めるサイズ感ではないからな……気付かれてしまうか……)
しかたなく、ゼントは極力急ぎながら、順番に吞み込んでいった。
「ぶ……お……」
そして最後の一頭を仕留めたゼント。
(5頭分か……記憶は……どうだ……? ぐっ……かなり映像的だが……何か、得体の知れないものが……見えたような……)
かなり負荷が大きかったのか、ゼントは頭を振る。
(くそ……ダメだ。だが、何か……よくない感じだ。巨大な……影のような……。分からないが……危険かもしれない。オレはこうしてミノタウロスを吸収していれば、神力の補充は出来る。やはりあの2人には、今のうちにしっかり休んでもらうとしよう。)
そうして、言い知れぬ不安を感じ取ったゼントは、その場で番を続けるのだった。
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