1.36 - 落下地点の怪物【エウローン帝国・ナーストロンド迷宮 : ゼント3ヶ月】
オーネスに突き飛ばされて通路に空いた穴へと落ちたシャルマを追うべく、エボロスを抱えてその穴に飛び込んだゼント。
しばらく続いた落下の後、ついに底が見え、黒霧の力でふわりと着地した。
「シャルマ! いるか?!」
そこは、一層よりも遥かに暗い場所だった。
目も慣れないまま、ゼントは大声を出した。ここも一層と同じく石の回廊のようだが、その大声は反響をあまり生まなかった。
一層よりも、遥かに澱み重たい空気が、身に纏わりついてくる。
「あー、なんだよ……オーズ。来ちまったのかよ……。」
暗闇の中、シャルマは横たわっていた。シルエットがゆっくりと動く。
「シャ……シャルマ君、無事か!」
焦った声を出すエボロス。
少しだけ目が慣れてきた3人は、互いの位置はなんとか把握できたようだ。
「ああ……一応な。それより、オーズよぅ。エボロスも連れてきちまったのかよ。」
「ああ。あの場に置いていくよりはマシかと判断した。」
「チッ……オーネスか。まっ……そりゃそうかも……なっ……つっ……」
身体を起こそうとするシャルマだったが、やはりダメージがあるようだ。苦痛に顔を歪めていた。
「シャルマ。出掛けにラファからもらった薬だ。」
ゼントは背嚢から小瓶をひとつ取り出し、シャルマに手渡した。
「おー、マジか! そーいやぁもらってたな! こりゃついてんぜ!」
「……いや、エボロス、シャルマ、そこを動くなよ。何か来る。」
ゼントがそう言った次の瞬間には、シャルマとエボロスの耳にも異変が届いたようだった。
――ドスッドスッ!
「足音……?」
「チッ……いい予感はしねぇ……な。すまんオーズ。ちょっと時間を稼いでくれ。」
「任せろ」
短く答えたゼントは、スッと足音のする方へ音もなく歩み寄った。
そして――
「……火槍」
掌に集めた神力の炎を槍と化し、足音の主へと放った。
「ぶおおおおおお!」
一気に燃え上がる炎。一帯が明るくなる。
「な、なんだあれは……まさかあの牛頭……ミノタウロス?!」
暗闇から浮かび上がった二足歩行の牛。
その姿を見たエボロスは驚愕した。
「な、マジでいたんかよ、怪物」
驚きの声を上げるエボロスとシャルマ。
(ミノタウロス……確か、ギリシャ神話か何かだったな……この世界にはそんなものも普通にいるのか……。いや、だが何か、イメージとは少し違うな……)
ゼントは少し腑に落ちないようだ。
「ぶもおおおお!」
ミノタウロスと呼ばれたソレは、上背はあまり大きくないようで、180cmのオーズやシャルマと変わらない程度であった。
そのミノタウロスは、身体に火がついたことで、その場で暴れ狂っていたが、ついに火を放った犯人……ゼントに向かってドカドカ音を立てながら突進してきた。
「おい、オーズきたぞ!」
「……水斬」
ゼントが狩りでよく使っている、超高圧放水。メスの如く獲物を切り裂く水の刃だ。
「ぶぎゃあぁあぁああぁあああ!!!」
勢いよく突進してくるミノタウロスの腹部に向けて、ゼントは水斬を放ちながら、すうっと腕を振る。すると、ミノタウロスの腹の中身が、ボビョッと不快な音を発してあふれ出した。
――ドッ! ズザァァー……
そして、ミノタウロスはその突進の勢いのまま倒れこんだ。
――ガッ!
勢いよく石畳を滑ってきたミノタウロスを、ゼントは足で止めた。
「ぶぎゃああ……ぎょぼおお……」
ミノタウロスはその場でのたうち回って苦しんでいるようだった。暴れれば暴れるほどに、腹の中身が踊り出ていく。
「おいおい、話にゃ聞いてたがよ、それやべぇな。」
「そうか? 脚を切断するべきだったか……」
「いや、そういう事じゃねぇんだが……まぁいいか。よっと。」
ゆっくりとシャルマは立ち上がり……
「おっし。止めさしとくわ。」
――ボッ! ゾンッ! ……ドッ!
シャルマはハルバードの鋭い一撃で、ミノタウロスの首を落とした。くるくると宙を舞い、ドンと落ち、ごろりと床に転がる牛頭。
「っし。終わりっと。」
ふっと息を小さく吐くシャルマ。
「……いや、君たち……本当に頼もしいな……。とても同じ学生だとは思えないよ……。」
一部始終を唖然としながら見守っていたエボロスが、感嘆の声を漏らした。
「いや、エボロス。どうやらオレの事情に巻き込んでしまったようだ。すまなかった。」
「な、いや……え? あ、あのオーズ君が……謝罪だって?!」
「はっはっ! 言われてんぞ、オーズ!」
事情を知っているシャルマには面白かったようで、手を叩いて笑っている。
(エボロス、か。現在地も不明なこの先の帰路、黒霧の力なしでやれるだろうか……。エボロスは、この先の鉄鋼団に必要な男かもしれない。消したくはないな。……話してみるか……?)
だが、ゼントは他ごとを考えていたようだ。
「シャルマ。」
「んぁ?」
「この先の懸念に、このまま対応できるか分からない。エボロスに話してみようと思うが、どうだ?」
ゼントは決めかねたのか、シャルマの意向を確認したかったのか、相談をしたようだ。
「あー……まぁ、いいんじゃねぇか? たぶん、大丈夫だろうよ。」
シャルマは、少し考えて、あっけらかんと答えた。
「ん? なんの話だい?」
2人のやり取りが気になった様子のエボロスは、2人を交互に見やった。
そして意を決したのか、向き直るゼント。
「エボロス。オレは今から重大な秘密を打ち明けようと思うが、漏らさないと誓えるか?」
「な、なんだい急に……? いや。僕はこれでも商人だよ、オーズ君。商人は秘密を守るものさ。当然だろう。」
ゼントの突然の言葉に一瞬動揺したエボロスだったが、すぐに堂々と胸を張った。
「そうか。」
その様子を見たゼントは、短く言葉を発すると、薄っすらと光を放ち、黒霧の姿に戻った。
「え、な……な……」
一瞬、息を呑み、言葉を失うエボロス。
その表情は、シャルマが穴に落ちた時よりも混乱に満ちたものになっていた。
「オレは、オーズではないんだ。オーズに異世界から召喚された元人間、黒霧の……神力の身体となった召喚獣なんだ。」
「あ、あの時の……召喚の授業の時の……! あの、黒霧か……!」
エボロスの表情は驚きに満ちているが、恐怖の色はない。
「ああ、見ていたのか。」
「いや、騒ぎになってすぐ避難したけどね……その姿は見覚えがあるよ。そうか……それでずいぶんと大人しく……。人が変わったようにとは言うが、本当に人が変わっていたとはね! はははっ!」
エボロスはこれまでの事に合点がいったようで、ずいぶんとすっきりした顔をしていた。
「オレは、殺意を高めて滅殺・吸収する能力を持っている。この霧で包み、神力をそのまま取り込むようなイメージだ。」
「そ、それはずいぶんと……殺伐とした力だね……。いや、それをこのタイミングで明かしてくれたのは……」
「ああ。この先の懸念、だ。」
「そうだね。現在地も分からないが……おそらく階層的には、三層などよりは下にいるだろうね。そして……」
そういいながら、エボロスは光術で明かりを灯しつつ紙を広げた。
「あの穴の真下方向から……ずれてはいないはずだから……位置的には、おそらく中央辺りのはずだ。」
「上層への階段の位置は予想できるか?」
「いや、一層の約半分しか探索していないからね、難しいな。」
「ん、まぁよ、とりあえず安全に休めそうなところを見つけた方がいいんじゃねぇか?」
「それも一理あるね。生き残るには体力の温存は不可欠だ。ここを起点として、順に回ろう。」
「おっしゃ! 俺も動けるようになったしよ。次なんか出たらしっかり殺るぜ!」
そうして、3人は再び歩き出した。
ミノタウロスも半肉体だったのだろうか。
ゆっくりではあるが、次第に空気に溶けだしていた。
仄かに光りを放ち、ボロボロと崩れ……
小さな塊となった部分から、少しずつ消えていった。
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