1.35 - 迷宮一層・謎の痕跡【エウローン帝国・ナーストロンド迷宮 : ゼント3ヶ月】
迷宮実習に来ているエウローン帝国学園の生徒たちは、班ごとに分かれて3層までを探索することになっている。
ゼントたちは、入り口付近で早々と幻獣に出くわしたが、その能力で難なく撃破し、探索を続けていた。
「うーん。ルール説明自体はあったが、まさか本当に……こんな"迷宮"だとまでは予想していなかったよ……」
エボロスが不意にそうこぼした。
これまでの道程は、まさに迷わせることを目的としている造りだったといえる。
最初の幻獣を撃破した地点から程なく、三叉路となった。その全てが通路の太さが違うものだ。
中央が一番太い道のように見えたが、エボロスが選んだのは左の道だった。
「おお、暗ぇしな。道も迷路って感じだしよ。オーズ、神力感知はどうだ?」
そこからもさらに分岐は続き、もう何度曲がったかすら、体感では分からない。
重たく澱んだ空気も、感覚を鈍らせにかかってきているようだった。
そして、教師が配置したという幻獣の襲撃にも警戒しなくてはいけないのだ。
「ああ、近くには何もいないな。」
ゼントは、人間の五感の内、まともに使えるのは視覚と聴覚的感覚のみだ。
リンドとの実験で、触覚的な感覚も得ているが、人間の鋭敏な感覚には遠く及ばない。
これらの感覚は、神力で構成された身体を介して理解しているからだ。
その分、人間よりは神力の感知に長けているのだった。集中していれば、意識を向けた先10m程度まで感知出来る。
「それよりも、先発の生徒たちにもまだ会っていないな。」
ゼントは、ここまでの道程で、他の班に出くわしていないことを少し疑問に思ったようだった。
「言われてみりゃあ確かにそうだなぁ……」
シャルマは頭の後ろに腕を組みながら答える。
「ふむ。まぁ、マッピングの重要性も気が付かずに、とりあえずで進んでしまったのかも知れないね。」
エボロスは、紙に道順を記しながらそう言った。
「はっはっ! いやぁ、ウチの班はエボロスがいて楽なもんだぜ!」
ゼントたちの班は、最初の分岐の段階でエボロスが提案した、"左方の壁伝いに進み、マッピングしていく"という方法を採っていたのだ。
この方法は、進み自体は早くはない。
だが、確実性を重要視するエボロスの意見は、シャルマとゼントにその真意が即座に伝わったのだ。反対意見などは全くでなかった。
そうして、それなりの時間をかけつつも慎重に進んでいく3人だった。
それからしばらく後……
「お、あれ、なんか落ちてねぇか?」
エボロスの照らす光術に照らし出された何かが、シャルマの視界でキラリと光ったらしい。
「ああ、敵性物は感じない。近付いてみよう。」
ゼントの神力感知にも異常はないらしく、その反射光源を確認することにした。
「む、剣かぁ。錆びてらぁ。」
石畳に落ちていた何かを拾ったシャルマ。どうやら剣のようだ。
「少し古いみたいだね。というか、腐臭の原因はこれか?」
それを横から覗くエボロス。そして、視線を床に落とすと、錆びた剣の横には白骨死体らしきものがあった。
「あーそうかもな。つーかよ、こいつ、なんでこんなとこでひとりで死んでんだ?」
周囲を見渡しても、他に死体らしきものは転がっていなかった。シャルマは疑問に思ったようだ。
「む……確かにそうだね。うーん。考えられる事としてはみっつ……かな。」
その疑問に対して、エボロスが考え込んだ。
「ほぉん? なんだ?」
「先ずひとつは、探索にひとり来て、迷い、死んだ。」
「ふむふむ。」
「ふたつめは、探索に数人で来て、仲間割れなどで殺された。」
「ほうほう。」
「みっつめは、怪物がこの一層にも来ていた。それに殺された。」
「なーるほどなー。エボロスは賢いじゃねぇか! はっはっ!」
「ちょっと、しっかり見てみるよ。」
そう言ってエボロスは白骨死体に近寄って、検分しているかのように見まわした。
「この剣、錆びてるのは血錆びだね。餓死の線はないな。すでに白骨状態で判りづらいが、骨折しているところを見ると、争ったのは間違いないだろうね。」
「おいおい、商人ってなぁ、そんな事まで出来るんかよ?」
シャルマはエボロスの答えに感嘆の声を上げる。
「目利きと同じ要領さ。」
事も無げにサラリと返答するエボロスに、ゼントがさらに問う。
「となると、鈍器で殴り殺されたか、人でないものに殴打されたか、そんなところということか?」
「オーズ君、さすがだ。冴えてるね。」
「だが、ここは一層だ。仲間割れをするにしても、早くないか?」
「そうだね。もしそんな状況なのであれば、最初から殺すつもりで連れ込んでいたのかもね。」
「ほーん。ようは嫌われ者ってことかぁ? はっはっ!」
「ま、とりあえず業物でもなさそうだけど、ひとまず第一のお宝は"錆びた剣"だね。」
「かーっ! シケてんなぁ……。うっし! もっといいもん探そうぜ!」
学園の演習ではあるが、夢見る男心は止められないようであった。
(――ん? 気のせいか? やはりまだまだ黒霧の身体の感覚に、慣れきっていないかの知れないな……)
ふと、一瞬振り返ったゼントだったが、――そこには闇しかなかった。
それから歩くこと数分。エレボスが立ち止まった。
「音の原因はこれか……?」
通路の真ん中に大きな穴が開いている箇所があったのだ。
下からの空気が漏れているのか、不気味な音が鼓膜を揺らす。
「ほぉー。こりゃ……中々雰囲気あるじゃねぇか!」
シャルマは穴の縁に立ち、中を覗き込んでいる。
つられてエボロスとゼントも、その穴に近づいていった。
だがその時、ゼントは違和感を感じた。
「……貴様が……全部……」
それは声にすらならない声だった。その場にいた3人には聞き取れないほどの、微かなもの。
「シャルマ! 後ろだ!」
珍しくゼントが大きな声を出した――その時。
ドンッ!
「……お? おおっ……?!」
シャルマはふわりと浮き上がり――
伸ばした腕は虚空を泳いだ。
そして覗き込んでいた暗い穴に、吸い込まれるように消えていく。
「……廃嫡脳筋がっ! 調子に乗りすぎなんだよっ! なんっで貴様のような落伍者が、オーズ様の班なんだ! 消えろっ! クソがっ!」
オーネスが、どこかに潜んでいたのか、つけて来ていたのか……
シャルマを突き飛ばしたのだった。
「オーネス君?! 君はなんてことを……!」
突然のことに顔を青くし、オーネスと穴の中を交互に見やるエボロス。
得意の思考も停止しているのか、言葉すら紡げずにいる。
「うるせぇ! 商人風情は黙ってろ! オーズ様! これでほら、邪魔者はいないっすよ、ねぇ?」
カタカタと小刻みに震えながらオーネスはゼントを見上げるように、縋るように見ている。
「……ねぇ? ほら……オーズ様……ねぇ? これでいつも通りっすよ……ねぇ?」
だが……
「エボロス、行くぞ。」
「え……?」
ゼントはオーネスに一瞥もすることなく、即座に固まったままのエボロスを抱えると、自ら穴へと飛び込んで行った。
「オーズ様……なんで……なんでっすか……」
それを呆然と見送るオーネスは、崩れ落ちるように膝をつき、小さく呟いた。
(くそっ……油断した。神力感知は指向性だ……後方への注意が足りなかった……。シャルマなら、死にはしないだろうが、はぐれるのはマズイ……早く追わなくては……)
ゼントは穴を落下しながらそんな後悔を覚えたようだった。
穴は階層を跨いでいるのか、思いのほか深いようだった。
次第に大きくなる呼び声のような音に、エボロスは恐怖を覚えていた。
お読みいただけまして、ありがとうございました!
今回のお話はいかがでしたか?
並行連載作品がある都合上、不定期連載となっている現状です。ぜひページ左上にございますブックマーク機能をご活用ください!
また、連載のモチベーション維持向上に直結いたしますので、すぐ下にあります☆☆☆☆☆や、リアクションもお願いいたします!
ご意見ご要望もお待ちしておりますので、お気軽にご感想コメントをいただけますと幸いです!




