1.32 - 帝国学園課外授業、ナーストロンド迷宮へ【エウローン帝国学園・ゼント3ヶ月】
善人回
エウロー大陸の北側を全てその支配下に置き、大陸中一番の勢力を誇るエウローン帝国。
そのエウローン帝国の帝都は、大陸の北西端に位置している。
そこから順に東へいくと、ナーストロンド王国、ユーダリル王国、ヘルグリンド王国の順に傘下国が位置している。
それは、イーリが鉄鋼団に加入し、シャルマと同居が始まった翌日の事だった。
エウローン帝国学園ではその日、とあることが発表されていた。
「生徒諸君。残念な知らせと、良き知らせがある。先ず、残念な知らせであるがの……」
教壇の前に立つリンド学園長は、今日は教師モードのようだ。それなりの威厳が感じられる声色である。
「ハームストッド港への遠征課外授業は中止じゃ。」
リンドのその言葉で、教室内は少しざわついた。
「それが、残念な知らせじゃ。そして、良き知らせとは……」
一呼吸も二呼吸も間をあけつつ、教室内を睥睨するリンド。
「遠征課外授業は、ナーストロンドの"迷宮"じゃ!」
先ほどよりも大きくなるざわつきに、にやりとするリンドだった。
「さすがに戦争真っ只中のハームストッド港に行くわけにも行かぬからのう。」
ハームストッド港要塞は、鉄鋼団が掴んだ情報通り、海賊王ドン・ベッテュル率いる海賊国家デヴィングに、制圧されてしまったのだ。
そんな状況下だ。課外授業どころではない。
「良い知らせじゃろう? 普通は入れぬ場所だからのう。今学年だけの特別措置じゃぞ! くふふ。無理矢理許可をもぎ取るのも苦労したんじゃ! 存分に楽しんでくれたまえよ!」
悪戯の成功した子供のような表情になってしまったリンドは、最早先程までの威厳はどこへやら。
「えー、そういうわけで皆、3~5人程度で1班組んでくれ。」
そんなリンドとは対照的に、教師ラウムは真面目顔で生徒たちに指示を出した。
「出発は明後日だ。明日までに各自班組みをしておくこと。この辺りも採点基準になるからな、しっかりやるように。」
その指示は性急に過ぎるようであるが、逆である。一日も猶予があるのだ。
この学園は帝国のエリート排出校である。将校への道へ進む者もいるのだ。
兵や将校など、一日もの猶予がもらえる場合の方が、圧倒的に少ないのだから。
発表を終え、教室を出たリンドとラウムは……
「のう、ラウム君や。皆驚いておったのう。」
「学園長……さすがにやりすぎでは……?」
「くふふ。まぁまぁ。よいではないか。皆がどう乗り越えるか見ものよなぁ。くふふ。ああ、準備の方は……」
「そちらは、手の空いていた教師の方々に全員で行っていただいております。」
「うむうむ。ラウム君は頼りになるのう。」
そんなことを話しながら歩いていた。
リンドとラウムが去った教室内は、早速班員集めに奔走する生徒たちで埋め尽くされ……るはずだが、少し様子が異なるようだった。
「はっ。結局国防策とかいうハームストッド要塞化も、突破され占拠されてしまっていては、我ら貿易商家の犠牲が無意味じゃないか……! それに、なぜ行先が迷宮なのだ! そんな場所は兵や荒くれ者が行けばいいんだ!」
商家子息のエボロス・シャープマンが叫んでいた。
「そうね。商家や平民層には、あまりに酷な仕打ちね。」
「ほんとよ! なんで迷宮なんか……」
「古代の遺産だというあれだよな? ナーストロンド迷宮ってさ。」
「いやいや、遺産だなんて聞こえのいい言い方するなよ。怪物を閉じ込めるためのものだという話だぞ?」
「調査だとかも公的には打ち切りなんだろう?」
「ああ。深部には辿り着けなかったらしいからな。結局何があるんだかは謎だそうだ。」
「そんな場所に何だって学生が行くんだよ……」
それに触発された他生徒たちが口々に語りだしている。
「あ、オーズ様――」
オーネスが口を開きかけた瞬間。
「オーズ! 迷宮だってよ! 楽しそうじゃねぇか! いっちょかましてやろうぜ! お宝とか眠ってるんじゃねぇの?!」
ニコニコしながらシャルマがゼントに近づいてきた。
「ああ、そうだな。」
(迷宮か……オーズの知識には、あまり詳細はないようだな。まぁ、貴族のオーズは興味がなかったのかもしれんな。)
「よっしゃ、俺とお前は決まりとして……」
ガシッとゼントの肩に腕を置き組みかかるシャルマ。
かなり一方的な肩組みであるが、アジトでは日常である。ゼントもすっかり慣れていた。
「おい、廃嫡脳筋ダルマ。なんでお前は最近やたらオーズ様に馴れ馴れしいんだよ。オーズ様はれっきとした王候補だぞ? お前のような落伍者が触ってんじゃねぇよ!」
その様子を見ていたオーネスが、シャルマに嚙みついた。
「あぁん? 俺が廃嫡された無力者ってのが、お前と関係あんのかぁ? オーネス? ……だいたいお前だって大した家柄でもねぇだろが。」
「なっ! ……シャルマぁー……!」
シャルマの言葉に顔を真っ赤にするオーネスだったが。
「シャルマ。どうもオーネスは気に入らないようだ。他の者を探そう。」
ゼントとしては、"悪人となった自分がどれだけ心地よくいられるか"が重要なのだ。"いい顔を振りまくこと"は全く考えていないのだった。
「おお、そうだな。」
「な?! そんな?! オーズ様?! なぜそんなやつを……?!」
「なぜだと? 別にオレが何をしていようが、お前には関係ないだろう。オレの自由をお前が奪う権利はない。」
そう冷たく言い放つゼントだった。
その言葉の刃は、オーネスを深く抉ったらしく、オーネスはブツブツと何かを呟きながら、がっくりと項垂れてしまった。
「ああー迷宮なんて行きたくない!」
「いや、でもよ、班決めはきっちりしとかないと不味くないか……?」
「ああ、そうだな。なるべく安全なように実力者で……いや、連携が……」
「最大5人か。これは早い者勝ちになるっ!」
生徒たちは、散々不満を漏らしていたが、ひとりの発言をきっかけに我に返るものが続出。我先にとグループを作ろうと動きだした。
そこへ、シャルマとゼントが近付いてきた。
「うわ、一見様と廃嫡脳筋だ」
「アイツら、最近やたら仲良いよな」
「問題児同士手を組んだ……?」
「まぁ、実はヘルグリンドの王族同士なわけだし……そういう事もあるか……?」
「いや、でも、わりと仲悪かったよな?」
「ああ。険悪というほどではなかったけど……」
結局生徒たちのヒソヒソ話は止まらなかった。
「はっはっ! ひ弱くんたち。俺らと一緒に生きたいやつはいるかぁ? 授業のついでに守ってやるぜ?」
シャルマは、そんなことお構いなしといったふうに声をかけた。
「うげ……」「無力者がなんか言ってるぞ」
「やっぱり脳筋よね……」「一見様と一緒はなぁ……」
やはりヒソヒソと敬遠されてしまったのだが。
「ご一緒させてもらおう。」
ひとりそんな声を上げた者がいた。エボロスだった。
「お、真面目くん。よかったな、これでお前は生き残れるぜ? はっはっ!」
シャルマはそんなふうに笑っていた。
「お、おい。エボロス、お前本気か?」
ひとりの生徒がエボロスに声をかけた。
「ああ。我々商家は、護衛として荒くれ者を雇うことだってあるんだ。迷宮のような何があるか分からない場所に行くんだ。生き残るには何が最善なのか、見極めて動くことが出来なくてはな。傾いた商家を立て直すことが叶うはずもないよ。僕には一家の命運がかかっている。まだ死ぬわけにはいかないんだ。」
エボロスは、そんなことを語っていた。
(このエボロスという生徒、普段の授業もやたらと熱意を持っているが、"オーズ"やシャルマへの嫌悪感などより実利を重視……か。一家の命運……。相当必死なようだな。鉄鋼団を想うシャルマのようだ。)
ゼントは、エボロスの発言を聞きながら、そんなふうに考えていた。
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