2.14 - ローザの苦悩 【チカーム教国:聖良3ヶ月】
チカーム回
市井を巡り、情報収集に勤しんでいたチカーム教国聖騎士団、部隊長ローザ。
大聖堂へのその帰路で、怪しげな会話を耳にし、その声の主の元へ即座に赴き、問い詰めた。ひとりは見覚えのある聖女候補、ひとりは見覚えがない怪しげな男である。
「で、何がまた失敗だったのだ?」
「くっ……」
その場所は、ちょうど人気のない袋小路である。密談にちょうど良かったのだろうが、ローザに退路を塞がれた今、逃げ場はない。
怪しげな男は、苦々しい顔でローザを睨みつけた。
「あ……あの……こ、これは……」
聖女候補も良い言い訳が見つからず、答えられないでいる。
「何を迷っているのか理解に苦しむが……そうだな。先ずは話せ。問答無用で処分されたくなければな。」
そう言うと、ローザは狭い袋小路の右方に少しずれ、すらりと剣を抜いた。
「……あ……は、話します! 話しますから!」
聖女候補は雨に濡れた子猫のように、小刻みに震えながら涙声で叫んだ。そして怪しげな男も、最早諦めたのか、両手をだらりと下げた。
「まぁ、聞かれちまったもんはしょうがねぇ、か。せめてヤツくらいは……と思ったが、俺もここまでか。」
「ああ……なぜ……このような……アナスタシア様……申し訳ございません……」
「懺悔も後悔も後でいい。話せ。」
天を仰ぎ悲嘆を漏らした聖女候補に、ローザは短く言い放った。
「は、はい。この方は、旧エレミヤ王国領のチカーム教抵抗勢力の方で……」
「ほう……」
(安酒場の噂話も満更ではないということか……。いや。もうそこまで事態が逼迫している、という方が正しいかもしれんな……)
剣を手に、目線は外すことなく視界の端に男を捉え続けながらも、思考は動かし続けるローザ。
「まぁ騎士さんも知っての通り、エレミヤの住人は全滅したわけじゃあねぇ。だが、教順しなかった連中は、旧エレミヤ領内に残って、迫害……略奪……殺害され続けている。だから俺たちは生きるために抵抗し続けているわけだ。」
「ああ、知っているとも。教順者の暮らす村はチカーム本国にあるな。まさか……」
「はい。私はそこの出身です……。元々は同族……密かに食料や生活物資などの取引や援助なども行っておりました。
……あの、村は! 村はどうか! ここまでお話したのですから!」
「それは全て聞いてからだ。」
「は、はい。そのような繋がりから、ある時……話を持ち掛けられたのです。それが……聖女候補セラの暗殺です。」
「ほぉう。」
「ローグラッハ派のこれ以上の台頭を許せば、旧エレミヤは全滅してしまう……そのように言われまして。そして、私としても、アナスタシア様の派閥です。ローグラッハの手駒の聖女誕生なんて、阻止したかった……。」
(だが、結局……セラはその暗殺を奇跡で乗り越え、聖女どころか教皇にまでなってしまっている。なんとも皮肉なことだな……)
「で、また……とは? まさか先日の……」
「あぁ、そうさ。俺たちは聖皇暗殺を狙っている。俺は聖都の監視役であり、コイツとの連絡役だ。」
「なるほどな……」
一気に一連の真相に触れ、途端に腑に落ちた表情となったローザ。
「ですが、セラは……以前とはまるで別人のようになって……復活してしまった……。私たちはメイド代わり……騎士団もいいように使われ……市井への喜捨要求も増えて……アナスタシア様ももう限界です。」
(アナスタシア殿か……。確かにもう、限界に近い働きぶりだな。事務処理に派閥管理、市井との摩擦緩和に、説法の派遣か……。このままでは……アナスタシア派は瓦解してしまう。我が隊は、今や国防が主となってしまったがゆえ、バストスにも派兵されておらんし、損耗はないが……。だが、セラは女騎士が好きではないのか、女だけの我が隊を遠ざけておるのか……男が好きなだけなのか……。わからんが……軽く扱われる現状に不満を漏らす隊員はいる。我が隊も……いや、私も元はアナスタシア派だ。この候補の気持ち自体はわからんでもない……)
押し殺していたはずの気持ちが噴き出てきてしまったローザは、その表情を少し曇らせた。
「ローザ様、どうか、どうかお慈悲を……!」
祈るような仕草の聖女候補を前に、逡巡するローザ。
「なぁ、騎士さんよ。この娘はひとりじゃ何も出来ねぇさ。……俺の首だけにしてくんな。若ぇ娘道連れになんて、冥土の嫁さんに怒られちまうからよ。」
「……そうか。」
ローザのその一言で、男はすっと目を閉じた。そして聖女候補は、祈る姿勢のまま全身を固くしながら、ギュッと目を閉じている。
(ああ……私にはもう、何が正しいのかすら分からないな……。信仰とは……何なのだ。人を救うものではなかったのか。我々は……救われているのか? エレミヤのように、滅びに抵抗する者、そして、バストスのように滅んだ者たちは、救われないということか? 今までずっとそうだと思っていたが、今の我々の苦悩と、彼らの苦悩……中身は違えど……救われていないのは同じじゃないのか……? ……もう、私にはわからないな。そんな私に、彼らを裁くことなど出来ようはずもない……)
すっと剣を鞘に納めたローザ。
「……おい。全部話したぞ? さっさと殺ってくれ。」
「……いや、何の話だ? 我々は少し世間話をしていた。……そうだろう?」
ローザは静かにそう言った。
「え……」
呆然と目を見開いた聖女候補は、よだれを垂らさんが勢いでぽっかりと口を開けている。
「お、おい、そんなんでいいのか、騎士さんよ……?」
「……ああ、私にそんな資格はないと、気が付いた。そういうことだ。」
「……いや、どういうことかは分からんが……あんた、チカームの騎士っぽくないな。」
そう言って、エレミヤの男は目を閉じて微笑んだ。
「行くぞ、スヴィー。」
「あ、は、はい。」
スヴィーと呼ばれた聖女候補は、事態が呑み込めないままローザに従っていった。
「まさかお前がこんなに大胆な奴だとは思っていなかったぞ、スヴィー。」
「え……いや……あの……すいません……」
「……現状は私も憂うところだ。気持ちはわかるさ。前を向け。……だが、あれでは成功は見込めないぞ。」
「えっ……?」
前というより、信じられないものを見たという顔でローザを見たスヴィー。
「お前たちのしようとした事は、もっと慎重な下準備が必要なのさ。それこそ、ネロ殿やビアンコ殿が他国にそのような事をしているが、大きな成功を収めたことはないぞ。」
「は、はぁ……。」
突然始まったローザの講釈に面食らうスヴィーであった。
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