2.13 - チカーム教国に落ちる影 【チカーム教国:聖良3ヶ月】
チカーム回
大聖堂の一室。
アナスタシアの事務室。
その日は珍しくザワザワとしていた。
「ねぇ、聞きました?」
「あ、あのお話ですか?」
「あら、貴女もご存知?」
「ええ、今話題……と言えば……」
「ローザ隊長にいい人が出来たって……」
「それじゃないわよ! 聖皇暗殺未遂事件よ!」
「あ、そちらですか。……正直それはあまり口にしたくありませんね。おぞましい……。」
「あ、貴女も知っているのね。シルバ様の事。」
「それは騎士様があれだけ……」
聖女候補たちは、事務室内の掃除をしながら噂話に熱中しているようだった。
――パンパン!
「貴女たち。聖女候補ともあろうものが、あまり品のない噂話ばかりしていてはいけませんよ?」
「メ……メリダ様……も、申し訳ございません。」
「申し訳ございません……。」
見かねたメリダが止めに入る。
そして振り返り、候補たちに背を向けると、ふうっと大きく息を吐くメリダだった。
「メリダ……苦労を掛けるわね……」
「アナスタシア様……。アナスタシア様こそ、顔色が……」
「ふふ……。今の状況ではどうしようもないわね。」
今にも倒れそうな暗い顔で、言葉を紡ぐアナスタシア。
「ふぅ……。信仰とは、何なのかしらね……。唯一神ソラーネ様のご意志、聖杯すら……私たち候補は触れる事すら出来ない……。」
「……アナスタシア様!」
ハッとするアナスタシア。
「ごめんなさいね、メリダ。私がこんな場所で言うことではないわね……。」
「アナスタシア様、少し歩きましょうか。」
メリダは、精一杯優しく微笑んだ。
「……そうね。」
アナスタシアはそれに同調した。どうやら少し気晴らしに出かけるようだ。
聖良の聖皇就任以来、アナスタシアの派閥に課せられた業務は、彼女たちを確実に疲弊させていた。
――――
――
チカーム教国の聖都は、大聖堂の周囲のみ美しい街並みとなってはいるが、大聖堂から10分も歩けば途端に質素な風景に早変わりする。
それは、チカーム教の方針が寄与する結果である。
庶民は、お布施という名の高額な納税を余儀なくされるのだ。喜捨などと呼ばれている。
「よう、聞いたか? なんでも森に6人分の惨殺死体が散らばってたらしいぜ?」
それはそんな街の一角にある、安酒場での会話である。
「あー、聞いたぜ。ずいぶん食い荒らされてたらしいが、首と胴がスッパリのやつもあったらしいから、斬り殺されたんじゃねぇかってよ。」
「おお、それよ。んな事出来るって、相手は騎士様か? って話題になっててよう。」
「騎士様って言やあ、こないだのバストス攻めで、だいぶ減っちまったんだろ?」
「あー、そうだなぁ。兵募集の貼り紙出てたし……」
「んな、斬り合ってるヒマあるかねえ?」
「うーん……。でもよう、その斬られた方の6人は誰だったんだろうな?」
「さぁなー。あ! 知ってるか? 聖皇様ってよ、儀式で奇跡の復活を遂げたらしいんだが……」
「おー、知ってるよ! 刺されたけど、一瞬で治っちまったんだろ?」
「ああ、それはそうなんだがな……。」
「なんだよ?」
「その、犯人死んだらしいけどよ、あんな大聖堂の、俺ら民には入れねぇような場所によ、ひとりコソッと侵入出来るかぁ? って話よ」
「……んん? どういう事だ?」
「つまりだな……? 組織立ったやつらが、ひっそりと……」
「おい、貴様、中々面白い話をしているな。」
「へ……?」
安酒場で盛り上がっていた男たちに乱入したのは、赤毛の女騎士だった。
「いや、咎めるつもりはないのだ。私も話に入れてもらおうと思ってな。……マスター!」
4人掛けの丸テーブルは一応空席はあるが、男たちに許可を求めることもなく強引に席に着く女騎士。
「へい。」
「この2人に酒を。」
「……まいど。」
「へ……?」 「よ、よろしいんで?」
「ああ。意外と民草でも、鋭い目線を持つ者がいるものだと感心したのだよ。」
赤毛の女騎士は、腕組みをしながら深く頷いた。
「お待たせしやした。」
そして、酒場の店主が持ってきた酒を男たちに勧めた。
「ま、やってくれ。」
「「あ、ありがとうございます……」」
気圧されながらも、男たちは酒に手を伸ばした。
「で、貴様は何を掴んでいるのだ?」
「い……いや、掴んでいるというか……予想をたっぷり含んでますがね……?」
「ああ、いいさ。聞かせろ。」
「いや、教国に恨みを持つようなやつらが、狙ってるんじゃねぇかな、と。怪しいのは、エレミヤの奴らとか……」
「旧エレミヤ王国領か……」
「一応、チカームの領土って事になって13年ですがね、いまだに抵抗してる奴らがいるらしいじゃないですか。騎士様たちも、ちょっと前までよく鎮圧に向かってましたよね?」
「ああ、そうだな。」
「なんでまぁ、1番怪しいんじゃねぇかなと。」
「エレミヤの抵抗勢力か……」
女騎士は、腕組みをしたまま、少し瞑目し考え込んだ。
「ふむ。参考になった。礼を言う。」
パチリとテーブルに硬貨を置き、女騎士は酒場を出て行った。
男たちは顔を見合わせると……
「や、やばかったな……」
「あ、ああ……。ついにソラーネ様に呼ばれたんかと思ったぞ……」
「……あの騎士様は、過激ではないんだろ……」
「……ラッキーだったな。」
安堵の表情を浮かべる2人の男たちであった。
――――
――
女騎士は辟易としていた。
(ふう……。街は噂で溢れかえり……大聖堂までも噂で塗れている……。シルバ殿の一件が効いたな……。致命的かも知れん……。)
大聖堂へ戻る途上、そんな事ばかりをぐるぐると考えてしまっていた。
「ねぇ……また失敗したの……?」
「……どうやらそのようだ」
(ん……?)
大聖堂の脇の方から、男女の話す声が聞こえた。
女騎士は、その内容が気になったのか、問い詰めに行くようだ。
足音をなるべく立てず、それでいて迅速な動きである。
「だから……何度も言うけど、私程度ではそんな事は……」
「そんな事とは……どんな事だ? 君は、聖女候補だったな。その男は、何者だ?」
「あ……そ……そんな……ローザ隊長……」
「な……なんだと……っ!?」
騎士団隊長格と聞き、身構える謎の男と、絶望の表情になる聖女候補。
そしてなおも詰め寄るローザ。
「さて。何を話していたのか……聞かせてもらおうか。」
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