1.31 - 鉄鋼団に射す新たな光と影 【エウローン帝国スラム:ゼント3ヶ月】
善人回
イーリがシャルマの家でロヴンと邂逅を果たした、翌日。
早速シャルマの家で暮らすことになったイーリは、シャルマに従うようにアジトに顔をだした。
そして、どうやら事の経緯をメンバーに報告しているようだった。
「へぇ~。あのシャル坊がねぇ~」
ニヤニヤとシャルマを見るルーアン。
「シャル兄~よかったねぇ~」
ラメントもニヤニヤしている。
「シャルマさん、イーリさんおめでとうございます……! 私、イーリさんがちゃんと未来を見てくれて、本当にうれしいです……!」
ラファに至ってはもう泣き出しそうである。瞳が潤んでいる。
「や、いや……そのだな……? は……母上が……」
シャルマは何か言い訳のようにブツブツ呟いているが、あまり言葉になっていない。
「いやぁ~兄貴! よかったっす! さすが、お母上様! これで鉄鋼団の未来も明るいっすねぇ! いや俺ファインプレイだろ?! な、タルヴィ?」
レイティンはタルヴィと肩をがしっと組んでいる。
「あ、兄貴……お、おめでとう……」
無口なタルヴィまで、祝福の声を上げている。
「ほぉん。ボス……俺たちが狩りに行ってる間になぁ……。そんなめでたい事があったとは。ああ、そうだアリエンティにも伝えないとな。きっと祝ってくれるぜ? な、オーズ。」
ニヤリとしているヴァラスは、ゼントに同意を求めた。
「ああ。そうだな。」
ゼントは、善人としての結婚生活しか、女性との深い関係性はなかった。
そのゼントの記憶には、それは不快な関係性でしかない。
だが、他の家庭の幸福そうな姿を垣間見たことはある。
そう、まさに今のような姿だ。
(人間ですらなくなってしまった今のオレには……少し、眩しい光景だが……しかし、やはり悪人となったはずの今の方が、善人だった頃より充実しているように思うな……。)
ゼントは、少しズレた感覚のまま、考え込んでいるようだった。
「みんな……私のような新参者に……そのように喜んでもらえるとは……」
イーリは感極まっているのか、ロヴンの前でのように、また泣き出してしまった。
「おお、シャルマの兄貴! こんな美人を泣かせるなんてなぁ……! すげぇぜ! はははっ!」
「ミ、ミトラ! ばっか、おま……な……泣かせたんじゃ……」
そこに、どこかへ出かけていた様子のミトラが帰ってきた。
「はははっ! 武芸と喧嘩ばっかだったもんなぁ兄貴はさ! 俺たちを思うんなら、ちっとは自分のことも考えてくれよ? ボス。」
「おー? さっすがミトラ。なんか言う事大人じゃーん?」
そんなミトラをルーアンが茶化す調子だ。
「はははっ! ま、なんつってもよ、ここは兄貴ありきなんだしよ。そういうもんだろ? あ、イーリ。これ。」
「……えっ? 私に、か?」
「そうそう。兄貴から用意するように頼まれてたからよ。」
そういってミトラは長細い包みをイーリに手渡した。
「お、おい、ミトラ、そ、それは言わんでもいいだろよ……」
「はははっ! 照れんなよ兄貴ぃ!」
包みを開けるイーリ。
「こ、これは……剣ではないか……それも、私のだ……。戦場でなくなったとばかり……」
目を丸く見開き、小刻みに震えるイーリは、言葉も途切れ途切れだ。
「オーズとラファがさ、もしかしたらそれがイーリのじゃないかって言っててさ。なんか、しばらく握り締めたままだったんだと。
ま、つってもボロボロだったし、一応修理と打ち直しを依頼しといたんだよ。
兄貴がさ、今後イーリがウチに残るにも、出ていくにも必要だろってさ。な? 兄貴。」
シャルマにウインクをするミトラである。
「お、ミトラっ! んな全部いうこたぁねぇだろっ……」
「ああああ……! なんという果報者なのだ私は! これは、この剣は……うあぁぁ!」
イーリは、がばっとシャルマに飛びついた。
その剣は、バストス王の近衛まで上り詰めたイーリに王より贈られた剣であった。
「ちょ……イーリ! おま……」
戸惑うシャルマだが、イーリはお構いなしである。
「ああ……私の新しい主……私の英雄……シャルマ……! 私は一生貴方に尽くす……尽くすぞ……うぅあぁぁぁ……」
シャルマに抱きつき……いや、もはやしがみつき、温かな雫でシャルマを濡らすイーリだった。
「あ。兄貴! 今日の用心棒の仕事は俺とタルヴィて行ってくるからよ、ごゆっくり〜」
レイティンは、そんな事を言ってタルヴィの肩をポンと叩いている。
「お、おれ、わか……わかった。行く。」
タルヴィもその気になったようだ。
「え? いや……お前ら……」
「あっははは! レイティンも気ぃ遣えるようになったもんねぇ〜!」
ルーアンは手を叩いて笑っている。
「そりゃ俺だっていつまでもガキじゃねぇよ! んじゃ行ってくらぁー」
レイティンとタルヴィは連れ立って出て行った。
「ああ、そうだ。ちっと小耳に挟んだ話があったからよ、裏を取ってみたんだが……」
ヴァラスが思い出したように口を開いた。
「ちと、こんな場で言うのもなんだが……」
シャルマを抱き締め続けるイーリ……いや、イーリにしがみつかれているシャルマをチラリと見るヴァラス。
「ま、ミトラとオーズに伝えとくか。ボスは……さっさと帰って、新しい"旗印"でもお2人さんで仲良く作ってきてくれよ。くくく……。」
ニヤリと笑うヴァラスだった。
「え……ちょ……お前ら……マジか……」
イーリと2人取り残されたシャルマは、ボソリと呟いた。
だが、イーリは幸せそうに泣き笑い、シャルマに頬を擦り付けていた。
――――
――
部屋を移動したヴァラス、ミトラ、ゼント。
そして、なぜかラファとラメントもついてきていた。
「いや、お前さんら2人は別に……」
「あら、あの場に残れと言うんですか? それはちょっと……ねぇ? ラメント。」
「そーそー。そうだよー! おじゃまむしってやつじゃーん!」
「ま、まぁいいか。いずれは全員知っといた方がいいしな。」
「んで、ヴァラス。何の件だ? 帝国兵の移動か?」
「おお、さすがミトラ。耳が早いな。何でも、ハームストッド港が海賊国家デヴィングに占拠されたらしくってよ。それの鎮圧に向かったんだと。」
「なに?! あそこは要塞化されてずいぶん経つだろ。デヴィングって事は……海賊王か。」
「ああ、ドン・ベッテュルだってよ。皇帝に書簡を送りつけたとかで、帝国兵を動かしたみたいだな。」
「なるほどなぁ。そんでか。いや、戦利品結構高値で売れたんだよ。おかげでイーリの剣の修理代払えたんだけどな。まさか、あの剣そんな業物だと知らんかったから、目ん玉飛び出るかと思ったぞ、あの修理代。」
「そ……そうか。それはまぁいいタイミングだったのかもな。で、だ。今、帝都は手薄だろ? いつぞやのチカームの奴らの件もある。バストスもない今……」
「なるほど。そういうことか。チカームは遠すぎて情報がないからな……。怪しい流れ者は要注意ってことだな?」
「そうだ。タダでさえ、スラムにゃ日々色んな奴らが流れては来るが……もし集団を見かけたら教えてくれ。」
「はいはーい! あたしはわりと広場にいるからね! 変なのいたらすぐ言うね!」
ラメントは張り切った様子だが……
「そんな……また……チカームが……」
ラファはヴァラスの言葉に顔を青くした。
「……オーズ。」
「ん?」
「またお前さんの力を借りるかも知んねぇ。」
「ああ、記憶か。」
「そうだ。さすがに問答無用に殺るわけにゃいかんが……敵対的な奴らがいたら……」
「ああ、いいだろう。」
ゼントは、3ヶ月ほど過ごした鉄鋼団を自身の居場所と認識しているようだった。
皆の視線が一様に注がれる中、ゼントは静かに頷いた。
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