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ミナゴロシノアイカ 〜 生きるとは殺すこと 〜 【神世界転生譚:ミッドガルズ戦記】  作者: Resetter
本編

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0.1 - 円間善人 【地球 : 絶望の呼び声】

本作は群像劇です。様々な視点で進みますので、ご承知おきいただけますと幸いです。



 円間(エンマ)善人(ゼント)は、その名が示す通り、善人(ぜんにん)だった。


 親の教育の賜物(たまもの)なのだろうか。


 その名の指し示す意味に、逆らえなかったのか。


 理由は定かではない。



 しかし……確かに"善行(ぜんこう)"こそが、彼の人生において最も重要なものだった。



 そんな彼は、当たり前の様に、周囲の人々にとって、常に"()い人"で在り続けた。


 彼の"善行"は、物心も覚束無(おぼつかな)い幼少期には既に始まっていた。


 よくある玩具の取り合いである。


 彼は、他の子供が欲しがると、「どうぞー!」と、笑顔で譲るのが当たり前だった。


 月日が流れ、成長しても変わらない。


 譲る、与える、助ける、手伝う、は当然の事。

 労力を惜しむ事もなく、率先して(おの)が身を削った。


 

 そんな円間善人(エンマゼント)だ。


 競争社会では、常に下位に位置付けられた。


 

 それもまた、他人の喜ぶ姿こそが尊いものだと信じて生きてきた円間善人らしいと言えるのだろう。


 争わず、譲るのが彼の"普通"なのだ。


 客観的に、世俗的に見れば、搾取され続けた末の結果と見えるのだが……

 円間善人は、人に喜んでもらえたらいい――と、物事をあまり深く考えないようにしていた。



 

 世の中には、'損して得取れ'と言われるような立ち回りがある。


 他者に与える事で、より多くの利益が自分に還元される立ち回りだ。


 

 そんな手練手管をもってして、社会的成功を収めた人々は数多と居る。


 だが、円間善人には、そのような器用な真似は出来なかった。


 上手くバランスを取るような立ち回りが、致命的に苦手だったのだ。



 

 そんな彼も、四十路を迎えて去る事2年。


 

「いいかげん、もう我慢の限界。サインしてくれる?」


 円間善人42歳。とある春の日。

 桜の蕾が目立ち始めた頃。


 右手に緑の紙をひらひらとさせている女性を前に、正座をして(うつむ)く円間善人だった。


 (なんでこんな事に……)


 考えても答えは出ない。


 出るはずがない。


 

 円間善人の中には、他者の悪意を判断・判別する指標というような概念(がいねん)が、上手く形成されていなかった。

 それは堂々巡りにも満たない、まさに思考停止というもの。


 

「早くして!」


 ドンと音を立て、簡素なローテーブルに紙を叩きつける女。


 歳の頃は30代半ばくらいだろうか。


 小じわが目立ち始めた目を、これでもかと釣り上げている。

 その様相(ようそう)はまさに鬼婆(オニBBA)


 

「なんで急に……離婚なんて……」


 弱々しく声を発した円間善人に、女は更に苛立ちを募らせ、吐き捨てた。


「そんな事もわかんないようなカス男だからでしょ!!」


 そして、その勢いのまま


「これもサインして!」


 と、もう一枚の紙を差し出した。


 

 紙には示談書と書かれている。


 

 その紙に目を通した円間善人は驚愕する。


「慰謝料1000万って……?!」


 憎しみ混じりの勝ち誇ったような歪んだ笑顔で、円間善人を見下す女。


「アンタのせいで苦労したんだから当たり前でしょ。早くサインしろよ!」


 

 苦労とは何なのか。


 

 円間善人は、震える手に力を込めて、示談書に再度目を落とす。


 そこには――


 モラハラ、DV、不貞行為、共有財産の遣い込み、配偶者私的財産の遣い込み……


 などという単語が羅列されていた。


 

 身に覚えがなかった。


 涙が頬を伝う。


 

「泣いてんじゃねぇよ! 気持ち悪い! いいから早くサインしろっての!」


 女の勢いは止まらない。


 

 女は、苛立ちが頂点に達したのか、正座している円間善人の腹部、鳩尾(みぞおち)辺りを蹴りつけた。


「ぐぅっ……」


 不意の仕打ちに呼吸が止まる円間善人。


 床に突っ伏してしまった。


 

「チッ! あー! もう! イラつく!!」


 女はヒステリックに叫びながら、円間善人の髪を掴んで顔を上げさせた。


「来週また来るから。それまでにサインしとけよ!」


 言うなり床に叩きつけんばかりの勢いで手を離し、女は玄関へと向かう。


 パンパンと手を払いながら、

「あー気持ち悪いもん触っちゃったよ……」

 と、聞こえよがしにこぼしていた。


 そして、バンっ! と大きな音を立て、女は出て行ったようだ。


 

 コツコツと響く足音が、次第に小さくなっていく。



 (なんでこんな事に……)


 円間善人は、顔をぐちゃぐちゃに歪ませながら(うずくま)ったままだ。


 土下座の様な格好で、ただただ(すす)り泣いた。



 

――――――

――――

――



 

 女は、安アパートのドアを力任せに閉め、つかつかと足早に歩き出した。


 

 しばらく進むと、バッグからスマートフォンを取り出す。


 そして、先程の鬼婆など存在しなかったかのような声色で話し出した。


「あ、だぁくん♡ 今から行くね♡ 待たせちゃってゴメンね♡ その分ちゃんとご奉仕するからね♡」


 通話を終えると、にまにまとした顔。


 電子タバコを(くゆ)らせながら、鼻唄でも混じりそうな様子で最寄り駅方面へ消えていった。



 

――――――

――――

――



 

 円間善人は、その人柄の良さの割に、友人と呼べる存在は少ない。


 他者から見れば、円間善人という人間は、面白味に欠けるが、頼めば大抵の事はしてくれる便利な存在という認識だった。


 物凄く浅い、付き合いとも呼べないような人付き合いに落ち着くことになってしまっていた。


 

 円間善人が唯一、深い付き合いだと思っていた友人は、ある日何処かに行方(ゆくえ)をくらませた。


 円間善人から金を借り、更に連帯保証をさせた後に、だ。


 示談書にあった財産の遣い込みとは、おそらくはこの件だろう。


 だがそれは、円間善人の独身時代に貯めた金を貸し、それでも足りないと言われて保証人になっただけなのだ。


 共有財産や女の私的財産に手を付けたりはしていない。

 言い掛かりの捏造でしかないのだ。


 

 更には、モラハラやDVなど、女の言いなりでしかなかった円間善人になど、出来るはずもない。


 ましてや不貞行為など、善い人なだけのコミュ障の中年には行える甲斐性など皆無。


 円間善人にしてみれば、不倫などテレビや物語の世界の出来事だという認識だ。


 

「どうしよう……」


 円間善人は、独り呟く。


 狭いながらも殺風景な部屋。


 その問いに答えるものなど無い。


 

「聖良……。なんで……。」


 円間善人は、思い出す。

 あの女と今までの事を。


 仲が良いと思っていた友人から紹介された、7歳年下の女。


 円間善人が35歳の頃だ。

 笑顔が人懐っこい。そんな印象だった。


 女性慣れしていなかった円間善人は、さぞかし(くみ)し易かった事だろう。


 喜んで希望を叶えてくれると知った、迫る女の勢いのまま、2年と経たずに結婚した。


 

 女は、入籍翌日に仕事を辞め、専業主婦とは名ばかりの家事すらしない寄生虫に成り果てた。


 円間善人は、朝も夜も無く働き続けた七年間だった。


 

 疲れたな……と思う円間善人。


 身体を起こす動作も重苦しい。


 

 晒され続けた理不尽に、遂には壊れてしまったのか。


 蒼白な面持ちで、溢れ出る涙すら拭う事も忘れ、ゆっくりと立ち上がった。


 そして――酔客のような足取りで、冷たい部屋を出た。


 

――――

――


 

 円間善人は、近所にある、小高い丘の上の小さな神社に向かう。


 何が(まつ)られているのかは知らない。


 鳥居をくぐった先、社の西側の広場にあるベンチがお気に入りだった。


 時折訪れては、風景を見ながら過ごすのだ。


 

 今日もそのベンチで、夕陽に焼かれようと思ったのだ。


 空では鴉が時を告げていた。



 

 魂が抜けた様な無表情さで、虚空を見つめる円間善人。


 お気に入りのベンチに腰掛け、一応は涙も止まっていた。


 目を腫らして微動だにしないその姿は、獲物を見定めるチベットスナギツネのようである。


 

 だが、一見虚無のようでいて、内心では少しずつ新たな感情を抱き始めていた。


 (人に優しくいたら、幸せになれるだなんて……嘘じゃないか)


 

 円間善人は考える。


 ひと月ほど前、あの女に別居を迫られた。


 ローンで買ったマンションは、あの女の名義だ。


 もちろんとでもいうべきか。

 当たり前のようにその支払いは円間善人である。


 働き詰めの円間善人とはいえ、給料は(たか)が知れている。


 仕方無く安アパートに移り住んだ。


 

 そして突き付けられた離婚の二文字。


 世の中を見渡せば、こんな程度の話はたくさん転がっているだろう。


 

 だが遂に、円間善人はこれが理不尽だと気が付いてしまったのだ。


 (あぁ……あの時も、あの時も……)


 一度考え出したら、(せき)を切ったように過去の出来事が蘇り、後悔の念が生まれた。


 

 そしてそれは徐々に怒りへと変わる。


 「う……うわあああああああああ!!!!」


 不意に立ち上がり、沈みゆく太陽に()える円間善人。


 怒り任せの咆哮。


 

 実に42年に及んだ人生において、初めての経験だ。


 その後も狂ったように叫び続ける。


 


 太陽がその半身を地表に隠しだした頃。


 遂には声も掠れて出なくなり、神社には静寂が戻ってきた。


 だが、円間善人の心象風景は、混沌とした思いに満ち溢れていた。


 

 「……殺す」


 消え入りそうなかすれ声。


 だが、地を這うような低い声。


 

 ボソリと呟いた瞬間、円間善人は……


 真っ黒の霧に包まれた。



 そして、円間善人はこの世界から――消えた。

お読みいただけまして、ありがとうございました!

今回のお話はいかがでしたか?


並行連載作品がある都合上、不定期連載となっている現状です。ぜひページ左上にございますブックマーク機能をご活用ください!


また、連載のモチベーション維持向上に直径いたしますので、すぐ下にあります☆☆☆☆☆や、リアクションもお願いいたします!


ご意見ご要望もお待ちしておりますので、お気軽にご感想コメントをいただけますと幸いです!

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― 新着の感想 ―
冒頭から主人公闇堕ちルート! それにしても善人さん女運無さすぎぃぃぃ
Xから来ました。 正直者が馬鹿を見る、そうあってはならない。をテーマに私も作品を書いた事があります。なので非常に感情移入して読めました。続きが気になります。
善人が馬鹿を見る展開はよくありますからね 主人公が可哀想ですが、どうなるやら
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