1.18 - ゼントの初仕事 【エウローン帝国 : ゼントの二重生活】
前回の話:狩り暮らし……
この世界ミッドガルズにも、太陽に該当する星はあり、やはりそれは沈みゆく。
そして、月に該当する星もある。
月に関しては、小さい月がひとつ、大きく暗く見えるものがひとつあるように見えるが、実はそれは月ではない。
そして、時期によっては、神々が住まう星が見えるというが、ゼントにはどれがその星なのかは分からない。
似たような大きさの星が3つほどあるからだ。
そんな空も、次第に暗くなっていく刻限である。
だが、アリエンティは既に薄暗い森の中を、音も立てずに歩いていく。
ヴァラスも慣れたもののようで、苦もなくついていっている。
ゼントは、少し後ろをついていくのだが、少し工夫をしているようだ。
音が出ないように、実体化の強度を下げているようで、色々通り抜けながら歩いていた。
むしろ、ゼントにしてみれば、物を掴めるようになったのは、リンドとの実験で、ある程度黒霧の身体に慣れてからだ。
むしろ無駄な力を使わずにいるという方が正しのかも知れない。
しばしの間、小走りにも近い速度で進んでいたアリエンティが、ピタリと停止した。
そしてごく小声で話す。
「アンタら、アイツを狩ってみな。」
「な……マジかよ……」
アリエンティの言葉に、ヴァラスは声を詰まらせた。
アリエンティが指し示す方にゼントは目を懲らす。
(あれは……熊か……? ずいぶんと大きいようだが……? 昔博物館で見た北極熊の剥製より大きそうだな……)
「お、おい、オーズ、どうするんだ? お前、熊狩りなんて……いや、狩りすら初めてだろう? 」
ヴァラスは小声ながら、慌てた様子でゼントに話しかける。
「……どうするも何も、狩りをしにきたんだろう?」
ゼントは相も変わらず無表情に答える。
「いや……そうだが、熊だぞ? 少なくとも、俺だけでは狩れない獲物だ。お前、まさか熊を知らないのか……?」
ゼントは、 オーズの記憶を検索するまでもなく、熊は知っている。地球にも熊は居たからだ。
「いや、知っている」
そして、その危険性も認識している。どれだけ人間が鍛えようとも、素手では絶対に勝てない事も、ゼントは知っているのだ。
「おいおい、知っててそれかい……。」
ヴァラスは、少し項垂れそうになった。
だが、ゼントはもう人間ではない。
だからそこに恐怖を感じる事はないのだ。
だが……ひとつだけ懸念があるようだった。
(おそらく熊の攻撃は効きはしないだろうが……それをアリエンティに目撃されると不味いのではないか……?)
ゼントの持ち物としては、腰の剣のみである。
オーズ得意の力術"火槍"は、森でなどとても使えないし、獲物を台無しにしてしまうため却下である。
(アリエンティが鉄鋼団のメンバーでないとはいえ、ヴァラスやシャルマはそれなりに世話になっているらしいからな……消すわけにもいかないだろう。黒霧の力は使うべきではないな……)
ゼントは少し考え込んだ。
(さて……どうするか……)
ヴァラスの方はというと、今日は初心者用として、罠設置の仕方や、小動物の狩り、せいぜいが鹿程度を想定して準備をしていた。
熊は完全に想定外である。
ヴァラスの持つナイフや弓矢では、熊の生命を絶つ前に、ヴァラスの生命の火が消えるだろう。
そもそも、積極的に熊を狩ろうなどという蛮勇を持つ者は、ほとんどいないのだ。
「おーい。アンタら、やるのか? やらんのか? ハッキリしな。やらんならやらんで、別にいいさ。いつも通りアタシが独りで狩るだけさ。」
だが、"狩り暮らしのアリエンティ"は、この世界における常識外の人物なのだ。
例えば、数人を一気にミンチにする事が出来るシャルマのハルバードをもってしても、熊狩りともなれば、命懸けである。
当たり前だが、強靭な熊の身体に対してハルバードを打ち込んだとしても、そう深々と突立つことはない。
絶命に到るその時まで、怒り狂った熊の攻撃を上手く躱す必要があるのだ。
熊は人よりも速く、硬く、大きく、強いのだ。
一撃でも喰らえば致命傷になる人間では、分が悪すぎるということだ。
だからこそ、太古より人々は、大物狩りの際には徒党を組んで、罠を張り犠牲を払いながらも成功させてきたのだ。
「ヴァラス。」
「どうした?」
「これを、一応渡しておく。ナイフよりはマシだろう。」
ゼントはそう言って、腰の剣をヴァラスに渡した。
「いや……おい、オーズ。お前はどうするんだ?」
「オレには力術がある。」
「火は駄目だぞ?」
「わかっている。……アリエンティ。」
「なんだい? やる気になったのか?」
腕を組み、退屈そうにしていたアリエンティは、片眉を顰めていた。
「ああ。」
「お、おい……オーズ、本気か?」
短く答えるゼントに、焦るヴァラス。
「ああ。ヴァラス、その弓で先制して奴を立ち上がらせてくれ。」
「ああ……それくらいなら問題ないが……それからどうするんだ?」
「任せてくれ」
どうやらゼントは作戦を思い付いたようだった。
「じゃあ、俺は上に行く。」
そう言うと、ヴァラスはひとつ樹を選びスルスルと登って行った。
熊はまだ、地面に鼻を擦り付けるように歩いている。
餌を探しているのだろう。時折止まるとゴソゴソとしている。
そしてまた歩き、次に止まったその刹那……
――ビュッ! ブッ! 「ゴァアァァァァ!!」
一本の矢が、熊の右眼に突立った。
熊は、地を揺るがすような咆哮を上げながら立ち上がる。
(よし、今だ)
ゼントは、水を圧縮して細く、そして勢いよく放った。
ビッという音を立て、熊の腹部目掛けて伸びる、水の軌跡。
縦方向へゼントはゆっくり動かした。
レーザーのように放たれた水は、熊の腹部を斬り裂き……
――ブッ! ビョルボルッ!!
内臓が奇妙な音を立てながら、こぼれ落ちてきた。
「ゴガァアアアアアア!! ゴボェアアアァァ……!!」
熊は叫び、その場でもんどりうって、暴れ……更に血と内臓を飛び散らせている。
周囲の薮や低木を圧し折り、地面を抉り……
転げまわりながら、まるで自らの墓穴でも作っているかのようだ。
「……オーズっつったか? アンタ、中々の力術使いみたいだねェ。」
アリエンティは、不敵に微笑んだ。
お読みいただけまして、ありがとうございました!
今回のお話はいかがでしたか?
並行連載作品がある都合上、不定期連載となっている現状です。ぜひページ左上にございますブックマーク機能をご活用ください!
また、連載のモチベーション維持向上に直結いたしますので、すぐ下にあります☆☆☆☆☆や、リアクションもお願いいたします!
ご意見ご要望もお待ちしておりますので、お気軽にご感想コメントをいただけますと幸いです!




