1.17 - 狩り暮らしのアリエンティ 【エウローン帝国郊外・森 : 達人との出会い】
善人回
シャルマからの指示で、狩りに行く事になったゼントは、鉄鋼団アジトに来ていた。
「お、来たか、オーズ。」
「ああ。」
ヴァラスは、使い込まれているであろう背負い袋に、ロープやら何やらを詰め込んでいるようだ。
「今日は初仕事だな、オーズ。」
「ああ。」
「ま、装備が軽装なのは気になるが……。今日はそこまで無茶をする気はないからな。とりあえず慣れてくれ。」
「わかった。」
やはりゼントは短くしか応えないが、それでも返しているだけ幾分かまともな反応らしくなってきたともいえる。
そんなやり取りをしているところに、ルーアンが通りかかる。
「お? 早速こき使われるじゃん、オーズ。あはは。」
「何言ってるルーアン。これからだ。」
ニヤリと口の端を持ち上げるヴァラス。
「あっはは。ま、2人とも気をつけてね。」
そう言い残し、厨房の方に消えていくルーアン。
入れ違いのようにラファが奥から水桶を手に姿を見せた。
「あら、オーズさん。お仕事ですか? お気をつけてくださいね。あ、そうだ。今ならミトラさんと話せますよ。少しご挨拶でもいかがですか?」
「お、そうなのかい。オーズ。準備はいいから行ってこいよ。」
「ああ。」
「こちらですよ。」
ラファはオーズを案内するつもりのようで、部屋の端に水桶を置くと、先導するように歩き出した。
――コンコンコン
「ミトラさん」
「お? ラファ……どうした?」
ラファがノックすると、部屋から返答がある。
若いようだが、少しかすれ気味になった声だった。
――ガチャ
「オーズさんをお連れしたので。」
「ああ、新入りってゆー……お?」
ミトラは身体を少し起こせる程度には回復していた。
ゆっくりと上半身を起こすとオーズを視界に収めたようだ。
「オーズ……だ。そう呼んでくれたらいい。」
「ああ、ラファから聞いてるよ。経緯もな。……どうやら相当世話になっちまったみたいだな、俺も兄貴も。」
「いや。オレはオレが思うようにしただけだ。」
「それでもだ。ここは、俺にとっても、兄貴にとっても、大事な場所だからな。礼ぐらい言わせてくれ。ありがとな。それと、ようこそ鉄鋼団へ。ってな! ……っつ」
ミトラは傷が痛むのか、顔を顰めはするものの、オーズを笑顔で迎えたい様子で、右拳をプルプルと突き出していた。
「ああ、よろしく頼む。」
ゼントは、軽く拳を合わせた。
――タッタッタッ
「ミト兄ー! 起きたってー?」
そこにラメントが走りながら入ってきた。
「おお、ラメント。元気そうだな。」
「そりゃあたしはいつも元気だよぉー! あ、オーズもいる」
「ああ。」
「あ、そっか。狩りに行くんだっけ?」
「ああ。」
「気をつけてねー! あたしはもうすぐルー姉のご飯ー!」
ラメントは、相変わらず表情は髪に隠れて見えないが、上機嫌な様子だった。
――――
――
スラム街の奥、流れ者たちの拠点があった更に奥には、森がある。
ゼントはヴァラスの案内で、その森に住むという狩人の住処へと来ていた。
その小屋は、平屋造りの木造建築だったが、スラム街のボロテントなどに比較するとずいぶん上等なものだった。
そして、その小屋には狩人らしく、熊のような動物の毛皮が飾り付けてあった。
「へっ。盗人。アンタまーだ生きてんのかい。しぶといねぇ。」
その"狩人"は意外な事に、妙齢の女性だった。
土やら何やらで薄汚れてはいるが、逞しい身体付きをしたワイルドな印象の栗毛の美女といえるだろう。
「……アリエンティさんよ。あんまり外でそう呼ばんで欲しいもんだぜ……。噂が広まったらやりにくくなっちまう。」
悪態をつくアリエンティに、ヴァラスは両手を広げてみせた。
だが……
「だーれがこんな森にいるかってんだよ。こんなとこにゃよっぽどの自信家か馬鹿しか近付きゃしないよ。相変わらず細かい奴だねぇ。……で? その見かけない小綺麗な坊ちゃんは何モンだい? 」
アリエンティの眼光は中々に鋭く尖っていた。
人呼んで"狩り暮らしのアリエンティ"。
野生動物を狩り暮らす彼女には、オーズの気配が異様に映っているのかもしれない。
(何やらずいぶんと警戒されているようだな……。この女も、リンドのように神力を感じる力が強いのだろうか……? ヴァラスとは旧知の仲のようだが、こんな場所をわざわざ選んで暮らしているということは、鉄鋼団のように訳ありなんだろう。)
「おい、坊ちゃん。黙ってないでなんとか言ったらどうなんだい?」
アリエンティは、セリフとは裏腹に、重心を中央に据えていた。
猫科動物のような、いつでも動き出せる姿勢である。
「お、おい、アリエンティ。コイツはオーズってんだ。ウチの新入りさ。タルヴィみたいに無口なやつなんだ。」
「で? 見るからに貴族の坊ちゃんが、何でスラムの連中とわざわざ連む? それに……ずいぶんと力術が達者なようじゃないか。ただのお貴族様じゃないだろう?」
「ああ、ノート家だ。オーズ・ノート・ヘルグリンド。ヘルグリンド王族に纏わる家柄だ。」
「ノート家だ? 大層な家柄じゃないか。それが何だって鉄鋼団なんだい?」
「ああ、オレは落ちこぼれの不良子息だからな。廃嫡に備える事にした。……身近にいい見本がいたからな。」
(全くの嘘だが、通じるだろうか。嘘などは慣れてはいないが……コツは堂々とする事だとか聞いた事はある。表情が変わらない今なら、使えなくはないだろう。)
「……いい見本? 見本だって? あっはっはっは……! ずいぶんと酷い言い草じゃないか! あーっはっはっはっ……!」
何がどうウケたのか、ゼントにはさっぱり分からなかったが、アリエンティの警戒の姿勢は少し解けたようだった。
「あー……。笑わせてもらったよ。で、ヴァラス。狩りに同行したいって?」
「ああ。頼めるか?」
「ふむ。まぁいいさね。アンタらの覚悟をみせてもらうよ。ついてきな!」
そうして、アリエンティは森の奥へと歩き出した。




