1.16 - 鉄鋼団の生業 【エウローン帝国 : ゼントの二重生活】
善人回
放課後、ゼントはオーネスを撒くと、足早に外街方面へと向かう事にした。
オーズの知識によると、中街には人気店が立ち並ぶ場所があり、その辺では学園生と出くわす確率が高いようだ。
遭遇を避けるため、ゼントは少しルートを変える事にした。
選んだのは、本屋や生活雑貨屋などが中心となっている、どちらかというと行列が出来にくい店が多い通りである。
行列が出来にくいとはいえ、やはり中街である。
建物の並びは美しくお洒落に整えられ、掃除もそれなりに行き届いているようだった。
「クセェんだよ! ゴミがっ!」
美しい街並みの通りを少し進むと、ゼントの耳に罵声が入る。
(ん……? あれは……)
大声の聞こえた方に目線を向けると、昨日見た顔があった。
(確か……アニヤとモイ……だったか)
「やめろよ! なんにもしてねぇだろ!」
「にいちゃ……」
「るっせんだよ! ゴミならゴミらしくしてろ! いーや違うかぁ……優しい俺様がゴミごときを人様の役に立ててやるってんだ! 感謝しろよなぁー?」
暴言を撒き散らしていたのは、少し身形の良さそうな男だった。
それなりに裕福な一般人というところだろう。
その男の前で、モイを庇うように抱きしめ、自らの背を盾にしているアニヤ。
ゼントは、その男の今にも殴りかかりそうに振り上げた右腕をぱっと掴んだ。
「あぁん? なんだぁ? ……あ!? こ、これは、お貴族様ですか!」
振り返った男は、ゼントの格好を見るなり、オーズが貴族であると気が付いたようだ。
一般人にしてみれば、そこにすぐ気付けるかどうかは生命線ともいえる。
気付かずに無礼を働けば、死に直結するからだ。
「いやぁ、すいません。こんなところにゴミが落ちてやしたんで……。街の美化に努めようとした次第でございやして……。へへ……。」
「ゴミ掃除か……」
「へい。ゴミ掃除でさぁ! だからお離しいただ……」
「ならばオレも手伝おう」
男の腕を掴んでいたゼントの手が、黒霧に化していた。
「へ……?」
それがその男の遺言だった。
「アニヤ、モイ。こんなところで何をしてたんだ?」
「……ん? あれ? 新入り! お前こそ何し……」
――ゴッ!
「にいちゃんナマイキ!」
「いてぇよモイー。」
モイはアニヤに拳骨を食らわせた。
「ねー。さっきのやつどうしたの? きゅうにいなくなったけど。」
「オレが貴族と気付いて……逃げた。」
「はぁー? 足音もしなかったぞ? ほんとかよぉー」
(む……。子供相手でも誤魔化すのは難しいか?)
「いや……それより、2人は中街なんかで何を……」
今更鉄鋼団のメンバーに能力を知られたところで……とも思わなくもないが、ゼントは話題転換で乗り切る事にしたようだ。
「ああ、そんなん仕事に決まってんだろ? 外街役場に行くと、依頼がもらえるんだよ。今日は中街の掃除してたんだ。」
アニヤは、当たり前だろうと言わんばかりの口振りである。
(スラムから、中街の掃除をしにきてゴミ扱いされてたのか……。)
「オーズ、だっけ。ありがとね。」
モイは子供らしい満面の笑みだった。
「んで、そのオーズは何してんだよ?」
「ああ、オレもアジトに向かうところだ。」
「そっかー。じゃあまだオイラたち掃除しないとだからよ! あとでな!」
「またねー」
「ああ。」
そうして再び外街方面へ歩き出すゼント。
(この男の記憶は、あまり必要な部分がなさそうだ。力に変換しておこう。エネルギー源にはあんな輩がちょうどいい。)
――――
――
外街広場付近、シャルマ自宅前。
ゼントは少し躊躇していた。
(シャルマに起こしに来るように頼まれていたが……ダグ夫人の件は大丈夫なのか……? オーズとして挨拶をしておけばいいのだろうか……。)
迷いながら、じっとシャルマ宅前で佇むゼントだったが、遂に意を決したようで、扉をノックした。
「はい。どちら様かしら。」
ガチャリと扉を開けて姿を現したのは、シャルマの母、ロヴン・ダグ・ヘルグリンドであった。
「あ……。ご無沙汰しております。オーズです。」
ゼントの一言にロヴンは目を丸くした。
「あらまぁ! 10年ぶりくらいかしら? ずいぶんと大きくなって……」
ロヴンは、一見すれば平民と見紛う身形であったが、その所作、立ち振る舞いは、品に溢れていた。
「こんな場所まで良く来てくださったわ。さ、お入りになって。」
「はい。失礼します。」
ゼントは、ロヴンに案内されるまま、シャルマの居室へ向かった。
「せっかくですから、帰りにも寄っていってくださいな。」
ロヴンは、ゼントにそう言うと、キッチンの方へ戻って行った。
――コンコンコン
「シャルマ。起きてるか。」
――コンコンコン
「シャルマ。時間だ。」
――コンコンコン
「シャルマ。入るぞ」
ガチャリと扉を開け、部屋の中に入るゼント。
シャルマは、まだ夢の中のようだった。
(寝ているな……。起こすか。そういえば、試してないことがあったな。)
ゼントは、寝ているシャルマの顔の上に手をかざすと――
掌から水を発生させ、垂らした。
リンドの実験で吸収した、水の要石の力である。
「……うぉっ?! な、なんだぁ?!」
飛び起きるシャルマ。
「起きたか。」
「んあ?! オーズ……いや、ゼントか。」
一瞬事態が飲み込めず、寝ぼけ眼でキョロキョロしていたシャルマだったが、ゼントに気が付いたようだ。
「それはどっちでもいい……というか、さっき母君と少し話した。オーズで通した。」
「ああ……そうか。じゃ、オーズってことでいくか。」
「そうだな。帰りに寄るように言われた。」
「あー……。母上……。まぁ、そうだな。頼むわ。」
シャルマは頭をポリポリと搔きながら少し上を向きながら話し……そして、ゼントに向き直った。
「で、今日の仕事だがな、俺は今から酒場の用心棒の仕事がある。お前はアジトに行って、ヴァラスと一緒に狩りに出てくれ。」
「分かった。」
そうして、ゼントは鉄鋼団のアジトへ向かった。




