1.15 - ラウムの授業 【帝国学園 : ゼント2日目】
エウローン帝国学園では、今日も平和に授業が行われていた。
ゼントの教室で教鞭を取るのは、ラウムである。
カッカッと音を立て、黒板のようなものにチョークのようなもので、文字を書き連ねていく。
教師然とした姿である。
「えー、であるからして、この帝国の現皇帝、レギン・ケイセル・エウローン皇は、チカーム教圏側の防備を築くと並びに、港町であるハームストッドを要塞化し、デヴィングへの守りを固め……帝国民の安寧を図っておられる、という事だな。」
どうやら世界情勢の授業中らしい。
地球的な感覚としては現代社会科といったところだろうか。
ゼントは授業を聞きながら、オーズや昨日のチカーム教徒から得た記憶との擦り合わせを行っていた。
(海賊国家デヴィングか……。バイキングのようなものだろうか。オーズの記憶には名前くらいの認識しかないな……。チカーム教徒も同じようなものか……。ハームストッドは帝都からは少し距離があるようだな。距離だけでなら、バストス王国の方が近いのか。)
「さて、ここまでで質問のある者はいるか?」
ラウムは教室を見渡す。
だが、国際情勢のような授業は、一般階級の生徒には受けが良くない。
自身の生活に直結しているという認識が薄いのだ。
「はい!」
だが、1人の生徒が手を挙げた。
エボロス・シャープマン。商家の後継ぎである。
「エボロス君。なにかね?」
「はい。現在、海運による貿易航路はエウローン帝国としては傘下の国を含めればいくつかあるかと思いますが、直轄領に関してはハームストッドだけだと認識していますが、どうでしょうか。」
「そうだな。それで?」
「はい。ラウム先生は、先程『皇帝は帝国民の安寧を図っている』と解説されていましたが、貿易規制についてはどのようにお考えですか?」
ハームストッドが要塞化された事により、商家などによる海運貿易が、この近年というもの規制されていた。
シャープマン商会などは、その煽りを受け深刻な業績悪化に陥った過去があった。
「ふむ。確かに海運貿易による経済効果は大きかったという事は、当時の記録から見ても間違いの無い事実だな。
だが、海運船の被害が多発し、徐々に貿易による利益が低下していったという現実もあった。
航路を無理矢理変えようにも、ミドガルズオルムの問題もある。更に言えば、海賊船に財を奪われるという事は、海賊国家の国力増強に拍車をかけるという事だ。
レギン皇帝は、英断を下されたと言わざるを得ないと、私は考えている。」
(ミドガルズオルム……海に潜む島ほどもあるという巨大な化物か……。ただ泳ぐだけで津波が起こるという……。ずいぶんと人智を超えた存在だな。そんなモノが存在する世界に来てしまったとはな……。まぁオレ自身も……そんな存在の一端ではあるのか……。)
ミドガルズオルムは、死海と呼ばれる海域に棲まうといわれている神代から生きている怪物である、というのがオーズの記憶にもある。
「なるほど……。確かにそのような視点もあるかと思います。ですが……我々商家には、その方針転向の煽りで解散を余儀なくされた商会も多々あり……その闇に目を向ける事もなく賞賛する事は違うのではないかと、思うのですがいかがでしょうか。
例えば、バストス王国などは、敵国ではありますが、戦後復興は王家を筆頭に迅速に対応し、見事に国力を損ねる事無く維持していると聞きますが。」
エボロスの表情は、真剣を少し通り越している様子である。
(質問というか、さっきからこのエボロスは……思いの丈をぶつけている様子だな。ラウムの話に余程思う所があったんだろう。……理不尽、か。善人も地球ではずいぶんと理不尽な目に遭っていたようだが。こんな理不尽の塊のような世界にきて自覚するとは……。何とも皮肉な事だ。)
ゼントがオーズの姿を自在に具現化出来るのなら、今はさぞかし嘲笑めいた薄笑いを浮かべていた事だろう。
だが、相も変わらず無表情である。
「エボロス君。確かに君の言うように、バストス王国はそのような政策を貫いている稀有な国だと言える。
だが、そもそも国としての規模が全く異なるのだ。バストス王国は、エウローン帝国傘下の国一国の規模にすら劣っている。小さいという事は、それだけ小回りが効く。
帝国の規模では、そのような政策は実施は不可能なのだよ。」
ラウムの説明に対して
「そう……ですか。質問は、以上です。」
エボロスは遂に言葉に詰まったようだった。
「うむ。座りたまえ。エボロス君のような積極性のある生徒は何より素晴らしい。君や商家の置かれた現実は、確かに厳しいのかも知れないが、是非その情熱で乗り越え、大きくなって欲しいと思う。もちろん、他の生徒たちもだ。君たち一人一人がこのエウローン帝国の将来を担う存在だという事を自覚し、日々励んで欲しい。」
――ジリリリン!
ラウムがそこまで言ったところで、授業終了を告げるベルが鳴る。
「む、では情勢の授業はここまでだな。では、次の授業もしっかり学んでくれたまえ。」
「「ありがとうございました!」」
ラウムは、教室から退室していった。
その表情は微笑みが漏れていた。
(ラウムは、良い教師なんだな。リンドが庇うわけだ。)
ゼントは、その姿をぼんやりと見送った。
――――
――
放課後。
「オーズ様!どこか店にでもどうっすか?」
授業終わりと同時に、オーネスに話しかけられたゼント。
「いや……少し用がある。」
ゼントは、鉄鋼団のアジトに顔を出すように言われていた。
「え、まじっすか。珍しいっすね。」
そう言われてオーズの記憶を検索するゼント。
放課後の過ごし方としては、中街の飲食店街辺りで過ごした後、寮へ帰る事が多かったようだ。
「そうか……。これからは珍しくもなくなる。」
「え?どういうことっすか?」
ゼントは、そう言い残して足早に教室を後にした。
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