1.13 - 鉄鋼団報告会 【エウローン帝国 : ゼントの長い1日】
善人回
流れ者の拠点二箇所を殲滅したシャルマたち鉄鋼団とゼントは、その首尾を報告すべく、鉄鋼団アジトに集まっていた。
時刻はもう真夜中も過ぎているが……
「ってわけでよう、5人だったか? 壁と床の模様にしてやったぜ! はっはっ!」
興奮醒めやらぬといった様子のシャルマは、いつもより声が大きい。
そして屈託のない爽やかな笑顔である。
「ま! 後始末は助かったぜ、ヴァラス!」
ヴァラスの背中をバシバシと叩くシャルマ。
「ゲホッ……! ボス……力加減をだな……。俺は繊細なんだからよ……。」
「はっはっはっ! 身体も鍛えろよ? 身体も! まぁヴァラスの器用さには助けられてるがな!」
ヴァラスは、流れ者を一人罠にかけて始末した後、シャルマの乗り込んだ敵拠点に赴き、建物に火をかけ、死体ごと焼き払ったのだ。
この星ミッドガルズでは、力術が生活に根差している地域が殆どで、それはエウロー大陸も例に漏れない。
そんな力術が使えないシャルマは言うに及ばず、得意ではない鉄鋼団の面々には、火をかけるのも一苦労なのである。
ヴァラスは持ち前の器用さで、力術に頼らず生きる術を身につけているのだ。
そんなヴァラスは、シャルマに背中を叩かれ咳き込みながらも、満足そうに微笑んだ。
「んで、タルヴィんとこも一人か?」
そしてタルヴィに話を振るシャルマ。
「……一人来たっす。これでシバいたっす。」
タルヴィは、棍棒のようなものを右手で持ち上げた。
よく見れば、返り血に、頭髪に、肉片らしきものまでこびりついている。
「おお、派手にやったみたいだな! さすが、やるときゃやる男だぜ!」
シャルマがバシッとタルヴィの肩に手を置く。
「……うっす」
タルヴィは俯き加減ではあるが、満更でもないという様子で、顔が少し綻んでいた。
「レイティンは……」
シャルマがレイティンに話を振ろうとしたが……
「ああ! もちろんボッコボコに殴り殺してやったぜ! ちょうどこの前出くわした野郎だったしな! ミトラの兄ぃの仇だ! 誰かも分かんねぇツラにしてやったぜ!」
と、食い気味に話しだしたレイティン。
握った右拳を、勢いよくガッツポーズのように上げた。
「そうか。さすが"殴り屋"だな! はっはっ!」
シャルマは、レイティンの腕に、ガシッと自身の腕を絡めた。
そして、ルーアンに視線を移したシャルマだが。
「んで……ルーアンはずいぶん汚れてんなぁ……。」
「なーによ。そりゃあたしだって汚れたいわけじゃないさ! でもね、残念ながらアンタらみたいに脳まで筋肉じゃないんだよっ!」
ルーアンは口を尖らせる。
「いやいや、無事でよかったさ。ガキどもも、活躍したんだって? さっきすれ違った時、嬉しそうに話してきたぜ。」
「そうだねー。アニヤとモイには助けられたよー。あの2人には明日のメシは一品サービスしてやんなきゃだよ!」
「おー! そりゃいいな! 頑張ったご褒美は必要だ! はっはっ! まーた俺たち年長組で、しーっかり稼いでくるかぁ! たらふく食わせねぇと、強くもなれねぇしな! はっはっ!」
「おお、そうだな! あいつら飢えさせるわけにゃいかねぇな!」
シャルマの言葉に同意するレイティン。
そしてその場のゼントを除く全員が頷いている。
「んで、ラメントとオーズはどうだったんだ?」
壁に凭れながら、腕を組んでいたゼントは、盛り上がる鉄鋼団の面々の中ひとり、空気のようになっていた。
が、シャルマに問われて、漸く口を開いた。
「……ああ、作戦通り、火槍で焼き討ちをした。」
「ほう、それで?」
ゼントの落ち着いたトーンに引っ張られてか、シャルマもトーンダウンした。
先程よりもずいぶん真剣な顔付きになっている。
「3人出てきたんだが、それ以外出てくる気配がなくてな。中に乗り込んだ。……全員消した。んだが……」
「なーんだよ。もったいぶるなよ。」
シャルマがパッと顔を顰めたところで、ラメントが割って入った。
「オーズが中に入ってからさ、すっごい悲鳴がたっくさん聞こえてきてね、だんだんそれが消えてったなぁーって思ってたらさ、3階からひとり飛び降りて来てー……わたし捕まっちゃった!」
「は? ラメント、捕まったのか?」
ラメントの話に目を丸くするシャルマだった。
「……ああ、3階まで攻め上がった時、部屋には2人いたんだが……ひとりを盾にして、隙をついてボスが逃げたんだ。すぐに追ったんだがな、ラメントが捕まってたんだ。」
「で……どうやって倒したんだ? それ。……ラメント、怪我どころか、ピンピンしてるっつーか……機嫌良さそうじゃねーか。」
シャルマは腕を組み、首を傾げる。
シャルマにしてみれば、鉄鋼団の仲間は"家族"。人質に取られてしまえば、手も足も出ないのだ。
傷一つ無いラメントが不思議でならないのだろう。
「オーズがね、『おい! チカーム教徒ぉ! ラメントを傷付けるならぁ、お前らは根絶やしだあ! ひっとり残らず滅殺してやるぅ!』って言ってさ、かっこよかったよー! でね、そのボス? なんか固まったからさ、わたし思いっきり叫んでやったの! そしたら、手離したからぁ……」
ラメントは、少し興奮気味に、激しめの身振り手振りで話した。
「……その隙に殺った。」
ゼントは、
(そんな言い方はしてない……)
と、思っていたが、話を進めることにしたようだった。
「「チカーム教徒?!」」
一同が声を揃えた。
「本当に……チカーム教徒……だったのですか?」
その場の中で誰よりも青い顔をしているラファが、縋るような声色で口を開いた。
「……ああ。間違いない。お前たちが"流れ者"だと言っていた連中は、チカーム教徒の尖兵だった。スラムを手中に収め、帝都に触手を伸ばすつもりだったようだ……。」
「……そんな。帝都にまで……。」
崩れるように項垂れるラファ。
それまで黙って聞いていたシャルマだったが……
「……いや、ちょっと待て。そんな情報は鉄鋼団でも掴んでないぞ? なぁ、ヴァラス。」
「ああ……そうだな。俺の情報網にも引っかかってはないな。」
「なんでオーズがそんな事知ってんだ?」
ヴァラスに確認しながら、怪訝な目をオーズに向けた。
「……それは……」
言い淀むゼント。
「ね、ね……オーズ、オーズ。大丈夫だって。」
そんなゼントの横に行き、服を引っ張るラメント。
(シャルマか……。シャルマは、この鉄鋼団に生命まで懸けている節があるな。そして今回……オレは、シャルマの依頼はこなしたと言えるだろう。だったら、秘密くらいは守ってくれるのだろうか……。もし……漏れてしまうなら……オレは、シャルマを……消さなくてはいけなくなるな……。)
「おい、オーズ。なんとか言えよ?」
痺れを切らしたのか、シャルマが催促する。
ゼントは、覚悟を決めた。
(仕方ない……か。どちらに転んでも……なんとかは出来るだろう……。)
「ああ……。そうだな。シャルマ。お前、秘密は守れるか?」
「んあ? まぁ、内容にもよるが……別に何かをいちいち触れ回るような趣味はねぇな。」
「……そうか。まず、オレは……オーズではないんだ。」
そう言って、黒霧の姿になるゼント。
「……な!? それ、召喚の授業の噂になってた……」
ガタンと音を立て、椅子から立ち上がるシャルマ。
「……オレは元々、違う世界の……円間善人……ゼント・エンマという人間だった。だが、何の因果か……オーズに、この"神力の塊"……召喚獣として、召喚されたようだ。そして、オレはオーズを吸収したらしい。」
ラメントを除く全ての者は、ただ目を見開いてゼントの言葉に聞き入っていた。
「どうやらオレは、この黒霧の身体で、滅殺し、吸収することが出来る。だからオーズの記憶がある。オレがオーズに成り代わっているのは、リンド学園長の指示だ。」
「……ノート家の、報復か。」
シャルマがボソリと呟いた。
「ああ、そうだ。リンド学園長は、余計な混乱は招きたくないそうだ。……それに、オレも特に行くあてもなかったしな。」
「……そうか。」
「今回のチカーム教徒の件も、吸収した奴等の記憶があるから分かったことだ。だから、間違いはない。」
「……なるほど。そうか……。」
腕を組み、瞑目し、顔を顰めるシャルマ。
しばしの後、パッと顔を上げた。
「オーズ! いや、ゼント? だったか? 行くあてが無いっつーならよ、正式に鉄鋼団に入れよ! な? 皆。」
シャルマは、晴れ晴れしい爽やかな顔だった。
「ほらね? 大丈夫って言ったでしょー?」
と、得意気なラメント。
「ああ、多少驚きはしたが……俺は構わんよ。」
と、ヴァラス。
「シャルマの兄貴が決めたことに間違いはねぇさ。」
と、レイティン。
無言で何度も頷くタルヴィ。
「あら、こき使われちゃうぞー。あははっ」
と、笑顔のルーアン。
「あ……よろしくお願いいたします。」
ラファはまだ青い顔をしていたが、深々と頭を下げた。
「いや……オレは……」
と、言いかけるゼントだったが……
「なんだよ、遠慮すんなよ。お前、そもそもオーズじゃなかったんだろ? 行くあてもねぇんだろ? それに、正式に加入ってんなら、ここにゃ仲間を売るヤツは1人もいねーぞ? な?
ここはスラムを共に生き抜く家族だからな! ま、働けるヤツにはしっかり稼いでもらうけどな! はっはっ!」
シャルマにガシッと肩を抱かれてしまうゼントだった。
「そ……そうか。……分かった。よろしく頼む。」
ゼントは、少し戸惑いながらもそう答えた。
「おう!」
シャルマは、屈託のない笑顔だ。
そして、鉄鋼団の面々は、それぞれが喜びの表情を浮かべていた。
スラムの真夜中。
凄惨な事件の後。
鉄鋼団に1人、家族が増えた。




