2.6 - 英雄王の国 【チカーム教国 : 聖良2ヵ月(バストス側)】
聖良回 : バストス王国視点
リームと呼ばれた城塞都市が、この地上から、その姿を消し――僅かひと月。
その日、バストス王都は、歴史に終止符を打とうとしていた。
「最早これまでなのか……」
エウローン帝国と、チカーム教圏に板挟みにされながらも、幾度と無くその脅威を跳ね返し、"英雄王"と讃えられる偉大なる王、レオナイド・ノルナゲスト・バストス。
彼は今――独り玉座で頭を抱え、苦悩していた。
その苦渋に満ちた表情は、この世の悲哀を全て詰め込んだようだった。
「ふうー……。」
一つ……長く深い溜息をついた、レオナイド。
――ゴッ!
そして、硬く握り締めた拳で、己が頬を打ち、勢いよく立ち上がった。
「悩むのは止めだ! 余は英雄王! たとえ一人でも多く……生き残らせるのだ!」
レオナイドは意を決し、足早に歩き出した。
――――
――
バストス王国の会議室は、国柄を表すように、華美な装飾は一切無い。
ただ機能的で質実剛健な、無骨さすら窺える内装だった。
そんな部屋に、王を始め、主要な諸将が集っていた。
「他の街はどうなっているのだ……」
「何なのだ、あの大軍は……」
「城下も酷く混乱しておるぞ……」
口々から紡がれる、戸惑いと疑問と恐怖で、場はザワザワと、昏迷の極にあった。
そんな中、腕を組み、瞑目していた王が、バァン! と机を叩き、立ち上がった。
「皆、よく聞くがよい。」
王のその行動に、居並ぶ諸将は皆一様に、王へと身体を向け、顔を引き締めた。
「……うむ。我が王都の守備兵数は、高々1000である。」
レオナイドは、一人一人の顔を、じっくりと、真剣な眼差しで、見回していく。
「対して敵は、この城塞都市を全て取り囲み、尚余る程と見える。おそらくは、7万ほどであろうな……。」
諸将達の、生唾を飲む音が聞こえるような面持ち。
「戦えば、一刻と持たんであろう。……だがな。」
ふっと息を吐き、一呼吸置くレオナイド。
「余は、一人でも多く生き残って欲しいと……願う。」
レオナイドは、ぐっと握り拳を胸の前に作る。
「逃げたい者は、投降者をまとめ、降るがよい。」
レオナイドのその言葉に、立ち上がり怒鳴り声を上げた者が居た。
「王よ! その口振り、王国として降伏を選ぶというわけではないのですね?!」
「エンビスト……。そうだ。余は、皆を見送った後、最期まで戦おう。それが、先祖代々受け継がれてきたバストスの誇りだ。」
レオナイドの言葉を受けたその若い騎士は、激昂し立ち上がった。
椅子がガタンと倒れる。
そして、勢いよく剣を抜き払うと、天に掲げた。
「……! 王よ! このエンビスト・シーニーが騎士となる時! 誓ったではありませんか!! 私はこの国と、そして王と共に生き! この剣と! この身を捧げると! この誓いを! 違えるわけがございませんっ!!」
その激情に曝されたレオナイドは、言葉に詰まった。
「いや……しかしだな……」
その隙にまた一人立ち上がる。
「それは、私も同じ思いでございます。」
若く美しい女騎士であった。
「イーリ……。お主こそ、うら若き乙女であろう……。逃げ延び、子を成し、そしてバストスの者として、その血を残してはくれぬか。」
レオナイドは、先程までの硬い表情が一変、儚げな笑顔を見せた。
「いえ。このイーリ・クリーミア。事ここに至りましたならば、王と共に冥界へ渡ります。」
レオナイドは、一瞬顔を伏せた。
その時、黙っていた諸将は、その全員が一斉に立ち上がり、口々に叫び出した。
「王よ! 我がバストスは、王の善政があってこそ!」
「そうだ! ここには逃げる者などおりませんぞ!」
「これまでの御恩、今こそお返しいたす!」
「いつでも我らは、王と共に!」
「我が剣技の冴え、お見せいたしますぞ!」
「王よ!」「王よ!」
混乱に陥っていたであろう諸将は、若き騎士、エンビスト・シーニーの魂の叫びによって、一致団結した。
――――
――
――王城前広場――
そこは、もっぱら有事の際、軍を揃えるために使われていた場所だ。
他王国であれば、戦勝パレードなども行うのだろうが、ここバストス王国はそうではなかった。
バストス王国にとっての戦争とは、侵略に対する抵抗でしかなかった。
戦後などはすぐ、王を筆頭に被災地の復興をする――そんなお国柄なのだ。
そんな場所に、普段は一般の民が集う事はなかったのだが、この日、バストス王国始まって以来初めて、全王都民が集められていた。
「……ふう。」
バルコニー中央に立つレオナイドは、神妙な面持ちであった。
その傍らに、イーリが姿勢良く立っている。
「さ、王よ。皆集まったようです。」
「うむ……。」
バルコニーの手摺り際まで進むレオナイド。
その姿は、歴戦の英雄と呼ぶに相応しい、堂々とした歩み、そして立ち姿であった。
「バストスの子らよ。よく集まってくれた。」
レオナイドは、噛み締めるように、眼下の国民たちを見回す。
「諸君らも知っての通り、今、この王都は、敵する者共に囲まれておる……! おそらくは、他の都市も、町も、村も、無事ではないだろう。」
国民達は、ざわついても不思議は無いのだが、王の言葉に聞き入っている。
「敵は、チカーム教国だ。その数は、7万ほどだ。だが! 余と! 王国騎士団は! 屈しはしない! それが、バストス王家の誇りだからだ! 我らは! 千の槍一丸となって、突破口を開く! バストスの子らよ! 我らの開けた穴から、何としてでも逃げ延びるのだ!!!」
レオナイドの良く通る声が、広場を……王都を……駆け抜けていった。
そして、一瞬の静寂。
不意に、静まり返っていたはずの広場から、大きな声が響いた。
「おーさまー!! 俺ら国民を馬鹿にしてんのかー!! 王国が無くなっちまうんなら、生きてなんかいけねーべ!! 戦って死ぬ方がましだー!!」
「そうだそうだ! 俺たちがどんだけ王様に助けられてきたと思ってんだ!! どーせ逃げたってチカームの奴隷だ!!」
「一緒に戦わせろー!!」 「そうだ! アタイらだってやるよ!」
「チカームなんかに降るかァ!」 「バカ言ってンじゃねぇぞ!!」
「俺ら国民を何だと思ってんだ!!」
「アンタの居る所が俺たちの居場所だ!! 勝手に置いてくんじゃねーぞ!!」
国民達の怒号は、しばらく鳴り止まなかった。
――――
――
「皆、準備は良いか!」
先頭には、一際立派な馬に跨るレオナイド。
背後に広がった、騎士団千名、そしてバストス王国民一万名の方へ向き直り、声を発した。
「「「「おおおおぉおぉぉぉぉ!!!!」」」」
それは、地を揺るがし、天すらも震える魂の雄叫びだった。
「我が名は英雄王、レオナイド・ノルナゲスト・バストス!! 卑劣なるチカームの者共よ!!! 我らが魂の色を知るが良い!!! 者共! 続けぇぇぇぇい!!!!」
「「「「ううおおおおぉおぉぉぉぉ!!!!」」」」
勢いよく走り出したレオナイドに続く、ルク騎兵千名、そして一万の国民達。
老若男女問わず、その手には、鈍器、包丁、鍬、鋤などが銘々握られている。
率いるは、誇り高き英雄王。
続くはその子ら、全国民。
総勢一万余名は、死兵と化し、倍する二万余の敵を打ち破り――
そして彼らは、歴史の一文となった。




