2.5 - バストスの悲劇 【チカーム教国 : 聖良1か月、戦乱の序章】
聖良回
聖皇直轄となった、聖皇騎士団。
聖良から下された命を遂行する為、速やかに再編を進めた。
再編で一番手間取ったのは、強硬なローグラッハ派のお抱え騎士の粛清だったが、聖良の宣誓の影響で、人数自体は減っていた為少なく、13名の殺害で済んだ。
その粛清劇において、最も活躍したのは、護衛隊所属のプッチという新人だった。
一人先走り切り込んだ末、半数以上の8人を殺害。
返り血と臓物に塗れながら嬉々として暴れ狂う様は、隊の同僚達も若干引いたらしい。
水面下で進められた反対勢力の粛清とは別に、聖良の聖女認定兼教皇就任、新たな呼称である聖皇を浸透させるべきとして、全国民に向けた聖都パレード及び式典を行った。
国内中に周知されたこのイベント。
準備にも一ヶ月程を費した甲斐もあってか、国民は大いに盛り上がり、直後に行った徴兵に多大な影響を及ぼした。
騎士団として所属している兵は、実はあまり多くはない。
多い部隊でも100名も居れば良い方である。
大々的な戦争前は、一般信者から徴兵を行ない、戦力を確保するのが常であった。
だが、一般信者は各々に生業がある。
潤沢と言える程の兵数の確保は難しかった。
しかし――初代以来の肩書きとなった聖良の呼びかけによる徴兵は、いつもの十倍程の有志が集まった。
その数およそ7万人。
それは、略奪を余儀なくされる対象の町や村にしてみれば、絶望でしかないだろう。
護衛隊とローザ隊を聖都に残して、他七部隊は速やかにバストスへ向かう。
国境を隣り合わせているとはいえ、この大軍勢。
移動には一週間程は要す事になるだろう。
バストス王国の主要都市は五都市だ。
いずれも城塞となっていて、攻め難く守りやすい。
速やかな作戦遂行をすべく組織された先行部隊は、ベルデ隊とブル隊だった。
それぞれが兵数1万を要している。
計2万の兵の先頭付近に、移動用や合戦用として重宝されている大型陸上鳥類ルクに跨るベルデとブルの姿があった。
「今回の戦は……かつて無い規模だな。」
ベルデがブルに話しかけているようだ。
「おお。後ろ振り返ってみろよ? 人が多過ぎて気持ち悪いぞ。かっかっ!」
キリリとした表情のベルデに対し、ブルは、軽い調子で笑う。
「おい、ブルよ。気持ち悪いは無いだろう。これも全ては聖皇セラ様の賜物という事だろう。」
少し眉間に皺を寄せるベルデ。
そして、少し空を見上げたブル。
「セラ様なぁ……。儀式乱入暗殺事件には驚いたな。犯人は死んじまって、目的も何も分からずじまいだってな。」
「ああ……その件か。シルバ殿がひと月かけて探っていた様だが、徒労に終わった様だな。だが、三大派閥も騎士を取り上げられ、遠征やら監視付きでの業務だ。セラ様に害が及ぶ事もあるまい。」
「おお……。ベルデは相変わらず真面目だな……。」
「神は我々を御覧下さっておるからな。ブルよ、貴様も励むが良い。」
ベルデは、ニッと白い歯を見せた。
「そりゃもちろんさ。俺達先行部隊は、町村攻略からだな。今回の兵数なら、根こそぎ頂けるな。神に感謝! セラ様に感謝! だな!」
そう言って天を仰ぐブル。
「お、あの辺から散開だな。お互い上手くやろーや。」
荒野の中の、あまり整備もされていない、街道とも言い難い道が、左右に延びていた。
「言われずとも。」
ベルデとブルは、各々の隊をまとめ、街道を左右に別れた。
――――
――
作戦自体は至極単純なものだった。
「よぅし! ブル隊、停止!」
1万の軍勢は、ブルの号令の元、その歩みを止めた。
「この付近に、8つ程の村や町がある。千人長!」
「「はっ!」」
ブルの号令で、一歩前に出る8人の騎士。
「円陣包囲殲滅だ。財貨はいつも通り! 恭順者もいつも通り! 今回の部隊規模だ。しっかり働けよー? かっかっ!」
上機嫌な様子で、一人の騎士の肩をバシバシと叩くブルだった。
――――
――
それは凄惨を極めた。
「う……うわぁぁぁ!」「に……にげ……!」「な、なぜじゃ……?!」「こ……こどもだけは……こどもだけは……」
「に……逃げ場が……」「あぁぁぁぁぁっ……」
大した広さも無い、人口100にも満たない小さな町村たち。広さなど大した事も無い。
1000人もの兵に、ぐるりと町や村ごと囲まれてしまえば、逃げ場など無かった。
各要塞都市の周囲に存在していた数々の村や町は、ベルデ隊とブル隊によって、その姿を消した。
その間、一週間。
――――
――
チカーム側からは一番近いバストスの城塞都市、リーム。
早々に周辺町村をブル隊に滅ぼされ、長期籠城は不可能となってしまっていた。
そして、その惨状を報せる事が能う者も、もう居ない。
リームに生きるその誰もが、全く気付く事も出来ず、知らぬ間に――5万の兵に囲まれていた。
リームの通常の守備兵力は千程度である。
その日、リームは蜂の巣をつついた様な騒ぎになっていた。
「領主様……!! 領主様!! 大変です!!」
上品な黒の上下を、スタイリッシュに身に付けた、青年と見える男は、赤い絨毯の引かれた廊下を全力疾走していた。
せっかくの服にもあちこち皺が寄って、少し着崩れている。
そして、男はとある一室にノックもなく飛び込む。
――ガチャッ!!
「どうした、騒々しい。」
眉を八の字に竦める壮年の男。
机に向かい、書類作業をしていたのか、右手にペンを持っている。
「領主様……! 大変なのです……!」
息を切らせ、その整った顔中を汗まみれにし、涙目で訴え掛ける男。
「なんだ、どうしたのだ。」
事態の飲み込めない領主との温度差は酷く、領主は冷ややかな目をしていた。
が……
「都市の周りを……全て! 囲まれております……! 敵兵数の規模すら……把握しきれません! 見渡す限りです!」
勢いよく捲し立てる黒服の男。
その言葉を受けた領主は、目を丸くし、ぽかんと口を開け、右手のペンを落とした。




