1.12- 流れ者の真相 【エウローン帝国 : 一瞬の交錯】
善人回
ボス格の男を追い、三階の窓から飛び降りたゼント。黒霧の身体には、全くダメージが無い。
そのまま男を追うべく周りを見渡すと……
「おい! こらぁ! コイツ、お前の仲間だろ?」
ボス格の男とのタイムラグはあまり無かったからか、まだ門の手前に居た。
が……
(……ラメント。帰って無かったのか……。)
帰る様に伝えていたはずのラメントが、捕まっていた。
「ごめん、オーズ。捕まっちゃった……。え? オーズ……? なの?」
(見られたな……。不味いか……?)
黒霧の姿が早くもバレてしまったゼントは焦り、考える。
学園内でオーズの死が明るみに出てしまえば、リンドの忠告通りになってしまう。
(シャルマにさえ伝わらなければ……)
「おい! こら! バケモン! 聞いてんのか?」
予想外の事態に、戸惑うゼントは反応がない。
「クソッ! 言葉通じねぇのか……? バケモンがっ……。チッ! まぁいい! 近付くんじゃあねぇぜ? わざわざこんなとこで様子を伺ってたってこたァ、コイツは仲間なんだろ? いいか〜動くなよ〜……!!」
一気に捲し立てるボス格の男はじりじりと後ずさる。
「うー! 離してよー!」
せめてもの抵抗とばかりに暴れるラメントに……
「……ラメント!」
つい声を上げたゼントだった。
「あ、やっぱりオーズだ?」
「てめぇバケモン! 喋れんのかよ!」
ゼントの位置から二人の地点まで、少し距離がある。
10mほどだろうか。
瞬時に間合いを詰められる距離ではない。
「おい! チカーム教徒! ラメントを傷付けるなら、お前らは根絶やしだ……! 一人残らず滅殺してやる……!!」
ゼントは珍しく感情を露わにした。
「は? な……何言ってやがる? チカーム教? 何処でそれを……」
ボス格の男は酷く狼狽した。
彼らが進めていた占拠計画。それがチカーム教布教の為という事実は、まだまだ伏せているはずの事だったからだ。
この帝都に潜入して以来、誰にも話していない事が洩れている。
それは彼の動揺を誘うに十分だった。
「……え? チカーム教徒……?」
ラメントの表情が一瞬固くなる。
そして……
「キィヤアアアアアァァァァァア!!!!!!!」
ラメントの絶叫が谺した。
「…………ぅ……!!!!」
それは鼓膜が張り裂けそうな程の大音量だった。
その音圧は、至近距離で受け取ったボス格の男の耳に、顕著に影響を及ぼした。
ラメントを捕まえていたその手で、必死になって自身の耳を庇う。
苦悶はありありとして、その両目を固く閉じて、蹲る程だった。
その隙をついて逃げ出すラメント。
交差する様に男に迫るゼント。
「終わりだ」
黒霧に包み込み込まれた男は、数秒の後にはその姿を消した。
――――
――
オーズの姿に戻るゼントに、「ねー。」と、ラメントが近付き、話しかける。
「さっきの、なに?」
ゼントは、少し俯き思案するも、ラメントに向き直った。
そして覚悟を決め、話し始めた。
「ラメント。頼みがある。」
「頼み?」
「今から説明する事は、秘密にして欲しいんだ。」
「秘密……。シャル兄にも?」
「いや、むしろ……シャルマに秘密にして欲しいんだ。」
「どういうこと? 二人は友達じゃないの?」
「……オレは、オーズじゃないんだ。」
「え? シャル兄がオーズって紹介してたじゃない」
再び黒霧になるゼント。
「オレは、別の世界の人間だったんだが……この姿でオーズに召喚されたようだ。その混乱の最中、オーズを吸収してしまった。……どうやらそういう能力らしくてな。学園内での出来事だったが、目撃者は少なくてな。オーズが死んだとなると大変だからと、学園長からオーズとして生きる様に言われたんだ。」
自身の手の平を見詰めながら、確認するかのように、ゼントは語る。
「……えっ?」
ラメントは、彼女の持つ常識では測れない話に、理解が追い付いて行けないようだ。
だが、熱心に黒霧を見回している。
「オーズとシャルマは幼馴染……という程交流はなかったのかも知れないが……。オーズの家や、ヘルグリンド御三家や小領主達に伝わるのは……」
ラメントを説得しようと試みるゼントだったが……。
しかし、ラメントにも考えがあるようだった。
「うーん……。シャル兄は大丈夫だと思うよ? 余計な事言いふらしたりするの、すごく嫌いだから。……色々あったしね。」
「……いや、だが」
なおも食い下がろうとするゼントに、
「まーまー。いいから! わったしにまっかせなさい?」
と、ラメントは胸を叩く。
――――
――
しぶしぶといった様子でアジトに引き返すゼントと、機嫌の良さそうなラメント。
異臭漂う闇夜のスラムは、先程の火事騒ぎも収まり、不気味な静けさを取り戻していた。
「ねー。オーズ。オーズ? で、いいんだよね?」
「ああ、元は円間善人……だったんだが、もう……人間ですらない。オーズとして生きる以上は、オーズでいい。」
立ち並ぶボロ小屋の間を歩きながら、二人は話している。
「エマー?」
「エンマ、だ。それが姓だな。名がゼントだ。」
「エんマ……発音しにくいなぁ」
「いや、オーズでいいんだ。もうオレは、円間善人じゃない。」
「そっかー。色々吸収出来るんだよね?」
「ああ、神力が宿るものなら出来るようだな。人でも、物でも。」
「へー。すごいんだねー。」
ラメントは、興味があるのか無いのか、あまり分からない反応をしながら質問を繰り返した。
ゼントには、それが心地よかったようで、珍しく口数が多い。
「いや……ラメントの歌の方が凄かった、と思う」
「えー? ほんとー?」
「ああ、あんな歌声は初めてだった。安易に形容し難いものだった。まるで神の声のように感じた。」
「あっはっは……! それは大げさだよ……!」
ゼントの言い様に腹を抱えて笑うラメント。
「そーそー。あいつら、ただの流れ者じゃなかったんだねー。」
「ああ。」
「何でわかったの?」
「吸収した、奴等の記憶だ。」
「えー……そんな事も出来るんだ?」
「ああ。だが……少し人数が多過ぎた。必要な部分以外は全部"力"に換えてしまったが……。」
元来人間であったゼント。
そのゼントが、既にオーズの記憶も所持している。
つまり42年分の記憶と、16年分の記憶だ。
容量としてはそれなりにあるだろう。
黒霧としての限界がどの辺なのか、ゼントは把握出来ているわけではない。
だが、あくまで意識は人間だという認識のもと、彼は防衛策を取ったのだ。
「へー。記憶の吸収かぁー。ふーん。」
しばし考え込む仕草を見せたラメントだったが、
「あ、チカーム教の事はアジトで皆に話してね!」
「ああ、わかった。」
すっかりラメントのペースに乗せられたゼントではあるが、垣間見たチカーム教徒の記憶は、不穏な未来を想像させるに易いものだった。
どうやら街の顔役であるシャルマには、伝えるべきだとは考えていたのだった。
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