1.7 - 告白のシャルマ 【帝国学園 : スラムへの誘い】
前回のお話:放課後の校舎裏なんて、まさか……?
ベンチに横並びとなる二人。
金と黒の対比。
その二人の背丈は同じくらいだ。
だが、シャルマは服の上からでも判る程に筋骨隆々である。対して細身とも見えるオーズ。
その様は、傍目から見れば、一部の界隈にしかウケそうにない絵面となっていた。
シャルマが意を決したように口を開く。
「……ダグ家にはよ、嫡男として認められる為の儀式があるんだわ。」
しみじみといった風に語り出すシャルマに、こくりと頷くゼント。
「その儀式ってのがよ、7歳を迎えたら、ダグ家に伝わる宝槍の力を引き出すってやつなんだわ。」
こくりと頷くゼント。
ノート家の事について思い返してみる。
該当する事柄は無いようだ。
腰にしている剣も、凝った装飾も無ければ、特殊な力も感じない、普通の品の様に見える。大層な曰くがあるようには思えない。宝剣の類いではないだろう。
ダグ家が特別なのか、デリング家にも似た様な事があるのだろうか。
オーズには分からない様だった。
「お前、俺が力術とか召喚術の授業、出てないの知ってるか?」
「ああ……。言われてみれば、居ない気がするな。」
顎に手を当て、記憶を検索するゼントだが……。
確かにオーズの記憶には、武技や座学で絡まれた記憶はあるが、術技の授業にシャルマの姿は無いようだ。
「……使えねぇんだよ。力。……使えなかったんだよ。
……儀式、思いっきり失敗してな。何度試してもダメでな。そんで、クソ親父殿がキレて……廃嫡さ。」
「そうだったのか。」
短くだが返事を返すゼント。
6歳以来、学園に来るまでシャルマとオーズの交流が途絶えていた事に符合した。
「そっからすぐに追い出される事になってよ。母上が、抗議してくれたみたいなんだが……。そのせいで、俺と一緒に追放さ。そっから、母上の実家を頼りに帝都まで何とか来たんだがな……。クソ親父殿の手が回っててな。金だけ渡されたみたいだ。」
ゼントはこくりとも出来ず、目を見開いてシャルマを見る。
子を捨てる親という存在は、ゼントの常識には無いものだ。憤りすら覚えている。
シャルマは、俯き加減で続ける。
「そっからしばらくは俺も荒れてよ。なんつっても、7歳までは王候補として育ったんだ。それがいきなり徒歩の長旅からの外街暮らしだ。なんもかんも嫌になっちまってなぁ……。誰彼構わず噛み付いてよ。毎日毎日……傷だらけだったなぁ……。」
遠い目をするシャルマ。その視線の先には、過去の光景が広がっているのだろうか。
彼を蝕んだ十年に渡る、受け入れ難い悲運。
あまりの事に、言葉も出ないゼント。こくりとも出来ないようだ。
「そんな時によ、母上にも色々言われたんだ。今にしたらあれは本気で俺の事を考えてくれてたんだってのは解るけどな。あん時はどーやって母上の小言から逃げるかって事しか考えてなかったな……。」
懐かしむように、シャルマは少しゆっくりと話す。
「外街とスラムの境目辺りによ、近所のガキ共が集まるトコがあってな。俺もよくそこに行ったんだよ。色んなヤツが居たよ。そん中で、爪弾きにされてたヤツが居たんだ。それがミトラだ。……ミトラも、俺と同じ……無力者だったんだ。」
一見様と陰でヒソヒソと馬鹿にされているオーズだったが、余程マシでは無いか、とゼントは思う。
「別に最初っから仲良くなったわけじゃねぇんだ。アイツ、どっかで知ったんだろうな、俺が力術を使えない事を。いつの間にかちょろちょろ付いてくるようになってよ。『お揃いだし』なんつってよ。
……まぁ特にやりたいこともなかったしな。なんやかんや連む様になったのさ。
ちょうど、武芸の練習でもしようかとか考えだした頃だったしな。練習相手にも、悪さするにも、都合良かったんだ。」
ノート家の屋敷を拠点に教育を受けていたらしい、オーズの少年期とは随分違うようだ……と、ゼントは思った。
オーズには、少年期から今にかけて、友人と呼べる者は居ないのだ。
「スラムのガキ共ってのはよ、わりとすぐ死ぬんだ。俺は……食いっぱぐれる事はなかったけど、歳を重ねるとな、見知った顔がいつの間にか減ってくんだ。
そんで、俺は12歳を超えたくらいから、急にデカくなりだしたんだ。成長期ってヤツだろうな。」
オーズの記憶には下層の生活ぶりなど存在していないが、ゼントには"恵まれない子供たち"というものが、知識としては存在している。
「毎日武芸の練習もしてたしよ。悪さもしてて顔も広くなってた。だから、俺はガキどもをまとめる事にしたんだ。
最初はミトラと二人だけだったんだがな。段々人数も増えてな。鉄鋼団って、今は名乗ってんだ。んで、スラムやら外街の一部を縄張りにしてんだ。」
「鉄鋼団……」
「ああ。俺とミトラが無力者だったからな。」
「……鉄や鋼は、神力をあまり宿さないからか?」
「そうだ。でも、鋼とか、結構硬いだろ?仲間の一人がそんな事言い出してな。硬い絆が〜とかよ。そんでまぁ、何となく気に入ったからよ。」
シャルマは、先程までの雰囲気からは想像つかない程の、爽やかな笑顔を見せた。
だが、その笑顔を一瞬で鬼の形相に変貌させ、シャルマは叫んだ。
「だからよ! 俺は許せねぇんだ! ミトラや、仲間を傷付けた奴等がな! あの腐れ野郎共を縄張りから叩き出してぇんだよ!!」
はぁはぁと、肩で息をするシャルマ。湯気でも出ていそうな程の熱気を感じさせる姿だ。
ゼントは、思った。
(何と言うか……シャルマ、物語の主人公みたいだな。)
と。




