2.3 - 第十代教皇 【チカーム教国 : 聖良の初日】
前回の聖良話:セラかと思ったら聖良だったようです?
――チカーム教大聖堂・別棟:教栄の間――
その部屋には、大きなテーブルが一つ。
それは主に、高位神官達が、教団運営についてなどを話し合う場である。
そしてその部屋の最奥には、一段高くなった場所があり、豪華な椅子が一つある。
それが現在不在となっている教皇の座る席である。
重厚な雰囲気の造りで、頑強でもあるその部屋は、首脳陣の会議には相応しい造りだといえるだろう。
先刻から、その教栄の間では、緊急会議が行なわれていた。
教皇の席は、相変わらず空席となっているが、会議テーブルはみっちりと埋まっている。
テーブルに着けず、立ったままの者の姿もあり、普段の会議より人口密度が随分と高い様だ。
その日行なわれていたセラの聖杯の儀で、波乱が起こってしまった。
どうやら神官達はその事について話し合っているようだが……
「一体誰の手の者であったのか! 誠にもって忌忌しき事態であると! 拙官は感じておるのです! ……アナスタシア神官長、貴女はどの様にお考えですかな?」
ローグラッハは、大仰なまでの身振り手振りで、大層な抑揚を付けて、声色高々といった様子だ。
「……それはどのような意味合いでございましょうね? ローグラッハ神官長。私共の仕業とでも仰りたいのでしょうか?」
アナスタシアは、眼光鋭くローグラッハを射抜く。
元聖女候補だからなのか、平時は温和そうな顔立ちをしているアナスタシアだが、そんな人物の気迫の籠った表情は、言い知れぬ迫力があった。
「……いえいえ! 滅相も無い。まさかまさか、貴女の様な品行方正なお方があの様な凶行に関与しておるなどと……! そのような事、考えも及びません。言葉の通り、貴女のご意見をお伺いしておるのです……!」
ローグラッハのその声も動きも、そして話の内容すら、アナスタシアには癇に障るようである。
小さく一つ息を吐いた。
「誰の手の者かなど、私の知るところにはございません。……ですが、聖女候補を狙うなど……あまつさえ、聖杯の儀の最中にとは……許し難き暴挙。神をも畏れぬ所業と申す他はございません……!」
アナスタシアは、事件の真相など知る由もなかった。
メリダを筆頭に、儀式に参列していた自分の派閥の者は、全員この会議に同席しているが、皆一様に青くなり俯いている。
その態度も、恐ろしい出来事を前に抱く恐怖感であると見えるものだった。
度重なるローグラッハからの駆け引きに、いい加減嫌気の差してきたアナスタシアは、神官長として常識的な"感想"をそれらしく述べた。
その言葉を受けたローグラッハは、糸目を三日月の様に歪めた。
「正に正に……! 貴女の仰る通りです……!! 此度の事は、神への暴挙……反逆でございましょうぞ!! ……メッシ神官長……。先程から随分大人しい様ですが……如何されましたかな……? まさかまさか、何か……お心当たりなど……?」
ローグラッハ劇場は、絶好調のようだ。
――――
――
一方その頃、聖女セラの部屋。
「あービックリした。」
聖良は、ベッドに横たわっていた。
(さっきまで電車で寝てたような気がするんだけど……。)
聖杯の間で血だらけの姿になってしまったセラは、騎士の護衛の下、居室へと送り届けられ、世話人により手当て、入浴、着替えをされた。
そして今、一人となりベッドにダイブしたところだった。
(まったく……。ワッケわっかんない事になったわねー。何だってーのよ、聖女ってさ。
チカーム教国?知らねーっての。今頃だぁくんとイチャイチャしてたハズなのに……!!! あーもう腹立つ!!!
あ〜でもさっき、結構イケメンもいたな〜。騎士? 神官?)
バッといきなり起き上がるセラ。
そして、そのまま姿見の前に立つ。
(……さっきも見たけど、この姿……かなり若いし、可愛いじゃない。ちょっと私に似てるし。スタイルも、スレンダーって感じで整ってはいるし。……ウエストほっそ! これすごくない?? もしかして……案外悪くない……?)
鏡に映る姿を見ながら、ニヤつく聖良。
ふと何かを思い付いたのか、真顔になる。
(てか、宗教か。そういえば……なんか……だぁくんが言ってたな。教祖になりたいとか、ヤバいニュース観ながら。何か、やたら儲けてたんだっけ? 信者は儲けだなんとか言って笑ってたな。)
顎に手を当てながら、ウロウロしながら考え込んでいた聖良だったが、ピタリと止まった。
(よし! 今度こそ上手くやって幸せになってやる!)
そして聖良は、部屋の外に呼びかけた。
「誰か居るー?」
――ガチャ
「はっ!」
扉の前にでも待機していたのか、騎士がすぐさま入ってきた。
「あのさぁ……頼みがあるんだけど……?」
聖良は妖しい笑を浮かべながら、騎士の肩に手を置いた。
――――
――
疑いを向けられたメッシは、憤慨していた。
「――これまでも我輩は神へ! 教団へ! 奉公してきたと自負しておる! それは偏に我輩の信心でしかないのだ! 貴官らの如き薄汚い派閥争いだなんだも興味など無いわ!!! 我輩を! 我輩の信心を! 侮辱しおるかぁあぁあぁぁあ!!!」
その白髪までもが赤く染まるのでは無いかという程の顔色と怒声。
それは、普段大人しい人が、一度怒れば手が付けられないという俗説を、見事に体現していた。
誠にもって盛大なキレ散らかしっぷりである。
叫びながら椅子から立ち上がり、ダンダンと足を踏み鳴らしているのだ。
癇癪を起こした子供か、威嚇する兎のようである。
ローグラッハの標的にされてからのメッシは、休火山の再活動といった様子で大噴火し続けていた。
「いえいえ……拙官はそのような……」
と、ローグラッハが何かを言おうとしても、
「煩い! 売僧めが! 汚い口を開くでないわ!!!」
と、鬼の形相のメッシなのだ。
喧喧囂囂、ローグラッハ派閥の者達も、メッシに反論しようとし、メッシやメッシ派の者からの反撃に遭い……
と、会議は、罵詈雑言誹謗中傷大会にと変更されていた。
――ギィィ……
そこに、重たい扉が開く音がした。
「皆様、ごきげんよう。」
ノックも無く、唐突に開け放たれた、重たい両開き扉から現われたのは、左右に美形の騎士を従えた、聖良だった。
ニコニコと、非常に機嫌が良さそうな表情をしている。
教栄の間に居た者達の表情とは、対象的過ぎた。
盛大に見下しながら煽っている様な印象すら覚える。
そんな聖良の登場に、その場は水を打ったように静まり返り、中に居た全員が扉の方を向いた。
急に訪れた無言の世界の中を、聖良はつかつか歩き出した。
その両脇には美形の騎士。
少し遅れてたくさんの騎士達が、ガチャガチャと音を立て部屋に入る。
騎士達は、順次壁際に並んでいく。
部屋の最奥まで進む聖良。
豪華な椅子の前に立つ。左右には、美形の騎士。
くるりと会議テーブルの方に向き直った聖良は、豪華な椅子に腰を下ろした。
そして一言。
「私が次の教皇やるんで〜。皆よろしくね〜」
こうして、第十代教皇が誕生する事となるのだった。




