1.6 - 呼び出しのシャルマ 【帝国学園 : ゼント、新しい世界へ】
善人、前回の話 : 先生に言われて授業に出ただけなのに、何だか輩に呼び出しされたんだが?!
「……で、何の用だ。」
放課後。
シャルマに呼び出されたオーズ(ゼント)は、指定された校舎裏に来ていた。
学園の校舎裏といえば、リンチかイジメか告白だろう。
幸いこの学園の校舎裏は、緑豊かな庭園もあり、様々な花が彩る美しい風景だ。告白するにはうってつけというもの。
しかし、そんな甘い雰囲気は一切無いようだ。
「来たか……。」
オーズ(ゼント)の呼びかけに振り向いたシャルマは、臨戦態勢と言わんばかりの目をしている。
リンチかイジメなのだろうか。
だが、オーズの記憶の中には、特別シャルマから恨みを買うような出来事は見付からなかった。
オーズには、シャルマとは幼い頃に面識があった記憶がある。
4歳から6歳頃まで、年に数度程の交流があったのだ。
特に仲が良かった訳では無いが、ヘルグリンド御三家の嫡男同士だったからである。
オーズはノート家
シャルマはダグ家
それぞれが嫡男だったのだ。
しかし……
シャルマは、現在、ダグの名を名乗る事を許されていない。
学園にも、ただのシャルマとして通っているという事は、オーズの記憶にもある。
「聞いたぜ? お前、死にかけたんだってな。」
唐突に、嘲笑する様な表情をするシャルマ。
(死にかけたというか……。まぁオーズは死んだな……。)
と、つい頭の中で考えてしまうゼントだったが、
「……まぁそうだな。」
とだけ、返す事が出来た。
「……けっ。どうせなら死んじまえば良かったんだ。ミラだって喜ぶだろうよ。」
ミラ・デリング・ヘルグリンド。
ヘルグリンド御三家、デリング家長女。
シャルマやオーズの一歳年下ではあるが、次期王候補としては筆頭と目されている。
エウローン帝国の常識では、優秀であれば男女は関係なく扱われる。
それは、信仰されている十二柱の神々が、男女入り交じっている事に起因している。
ただし、ヘルグリンド王国の王政は、御三家による持ち回りとなっている。
そして現在のヘルグリンド王は、デリング家である。
通例であれば、次期王はノート家かダグ家になるのだが、シャルマは廃嫡されており、オーズは評判が悪い為、ミラを推す声が大きいのだった。
「……そうか。で、本題は何だ。」
悪態をつかれても、ゼントには響かなかった。
いくらオーズの記憶があるとはいえ、ゼントには他人事にしか思えないのかも知れない。
「ちっ……。」
舌打ちをして目を伏せるシャルマ。二の句を継ぎあぐねている。
「用が無いなら帰るが……。」
そんな様子を見たゼントは、そう言い放ち、踵を返そうとすると……
「……戦力が足りねぇんだ。」
シャルマは悔しそうに口を開いた。
「戦力?」
ゼントは、オーズの記憶を検索してみるが、該当する学園イベントは無さそうだった。何の事だか理解が及ばない。
「ああ……。」
ゼントの疑問に対して、ゆっくり語り出すシャルマ。
「お前も、何となくは知ってるんだろ? 俺の住処。」
シャルマの今の住処は、帝都の外街。スラムの近く。
母親と二人暮らしだと、オーズも把握していた。
「外街だったか?」
「そうだ。」
「それがどうかしたのか?」
シャルマは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「……近頃、流れ者の一団からシマ荒らしを受けててな……」
「シマ荒らし……」
それはオーズにしても、ゼントにしても、あまり馴染みの無い言葉だった。
「こんな事……お前なんかに頼みたくはないが……。俺の弟分までやられちまった……! 許せねぇ……!」
怒りを露わに拳を握り締めるシャルマ。その噛み締めた口の端からは血が滲んでいる。
「……やられた……? 死んだのか?」
どうやらあまり愉快な話では無いらしい、とゼントは思う。
「いや、生命は取り留めた。……だから俺は学園なんかに来てんだ。もしアイツが死んじまってたら……。」
シャルマの握り締められた拳の隙間から、赤いものが伝う。
「なぁ……お前、力を示したいんだろう? 強くなりたいんだろう? 学園で良い子にしてるだけじゃあ、実戦で役に立つかも怪しいぜ。……どうだ? その余ってる力、貸してくれねぇか?」
「…………」
シャルマの真剣な眼差しで射抜かれる。
その問いに対して、ゼントは即答出来なかった。
善人だった頃ならば、力になれるかはさて置き、否応無しに引き受けただろう。
オーズとしてならば、見下して断るかも知れない。
シャルマと仲が良かった訳でもなく、むしろ事ある毎に突っかかってくる印象すらあったからだ。
そこでゼントは、一つ提案をした。
「シャルマ。お前のこれまでを聞かせてくれ。」
ゼントは、善人を辞めると誓ったのだ。以前の様に、何でもほいほいとタダで他人の願いを聞く訳にはいかない。
とはいえ、通常の食事すら必要が無くなってしまった身体だ。金を取ったところで、今の所あまり意味は無い。
ならば、先ずは納得させてみろ、という事だ。
「これまで?」
「ああ。確か……最後の交流は6歳だったな。あの時から今までの事だ。」
何故そんな事を聞くのかと、シャルマは不思議に思った。
シャルマから見た学園生としてのオーズは、とても他人に興味を持つタイプに見えなかったからだ。
「まぁ……今更隠すような事でもねぇからな。話せってんなら話すさ……。」
しかし、頼み事をする手前、シャルマはその提案を呑んだ。
「ああ。……立ち話もなんだ。あのベンチを使おう。」
この提案もまた、オーズらしくはなかったようで、シャルマは目を見開いた。
青に近い紫の瞳が零れ落ちそうである。
すたすたとベンチに向かうオーズ(ゼント)の後ろ姿を凝視したまま、固まってしまうシャルマだった。




