2.2 - 聖杯の儀 【ミッドガルズ・チカーム教国 : 呼び出された悪女】
聖良回
神の物語を表した巨大なステンドグラス。
その大窓から射し込む色とりどりの光が、祭壇を照らす。
チカーム教の総本山、大聖堂。
聖杯の祭壇。
一般信者は立ち入れないその場所に、聖杯が祀られている。
祭壇の真上にも天窓があり、光が交差して聖杯を彩っている。
「ついに貴官の時代ですなぁ」
儀式を見守るその人の列。
先頭辺りに位置していたローグラッハに、にちゃりと嫌な笑みを浮かべながら話しかける、小太りの中年男性。
「ソック神官……。まだ気がお早いですぞ。」
ローグラッハは、小声で制した。
が、口の端が少しだけ持ち上がってしまっている。
「ほほほ。メッシ派の小娘……あー……ラファでしたかな?前回、物の見事に失敗しておりましたなぁ。ほほほ。」
ソック神官は、余程愉快なのか、ニチャニチャとしている。
「それだけ神託を受け取るのは、難しいということです。」
ローグラッハは、諭す様に語るが、それが本心でないことは、ソックも理解している。
「ほほほ。チカーム教二百年の歴史において、限られた乙女だけが成し得たという偉業ですからな。
ですが近年の聖女候補のうち、最も優秀だと言われたセラ殿ならば、必ずや成し得ましょうや。」
現在のチカーム教は、三大派閥と呼ばれる勢力が、それぞれ牽制しあい、鎬を削っていた。
三大派閥の内、メッシ派は昨年の儀式失敗により勢いを無くしている。
他二派はローグラッハ派と、アナスタシア派である。
アナスタシアは、元聖女候補という立場を最大限活かして台頭した人物だ。
元聖女候補は、教団中枢で優遇されることはあまりないため、かなり珍しい例だった。
その遍歴からか、候補者を抱える数としては、他派閥よりも多いが、今回は間に合わなかった。
聖杯の祭壇を遠目に、複雑そうな表情をしているアナスタシア。
「アナスタシア様……」
アナスタシアの背後に控えていた中年女性が話しかける。
「アナスタシア様は、他派閥の御二方に比べ、お若くいらっしゃいます。あまり気に病まれなくとも……」
振り返るアナスタシア。
そこまで聞いたところで、軽く手で制する。
「メリダ。そうではないの。何か……言い知れぬ不安のようなものが……先程から拭えないのです。」
儀式に挑戦することが出来るのは、15歳以下の乙女だけと決められている。
また、どれだけ実力があろうとも、聖女が存在する場合は儀式に挑戦することは出来ない。
アナスタシアは、折り悪く儀式を受けられなかったが、かなり優秀な部類だった。
メリダは、そんなアナスタシアとずっと一緒に育ってきた後輩であり、同志だ。
その言葉に、顔色を変えた。
「えっ……何か起こるのですか?」
「……杞憂で終われば良いのですが。」
少し遠くを見るアナスタシア。
一人の神官が、祭壇の下へ歩み寄る。
「聖女候補セラ。祭壇前へ。」
儀式の進行係のようだ。
「はい。」
呼ばれたセラは、進行係の前で一度止まると、一礼。
続いて、参列側へ向き直り一礼。
そして、階段前に向き直ると、両膝をつき、祭壇に向けて深く礼をした。
その一挙手一投足は神々しいまでに美しく、どこか浮世離れしている。
参列者は、その様子を見て、感嘆の溜息を漏らす者さえいた。
ニチャニチャとしていたソックすら、目を剥いている。
ゆっくりと、しずしずと、階段を登るセラ。
ステンドグラスから漏れる色とりどりの光の中を、一歩一歩を楚々として進む。
そして、聖杯前に立つ。
「唯一神ソラーネ様。神の子であり、純然たる僕に、その御意志を思し召しください……」
セラはそう言いながら、両手を高く広げ、そして聖杯を手にした。
聖杯を胸に抱くようにして、両膝をつき、頭を垂れる。
光を受けたからか、セラの力なのか。
セラの胸の前で、聖杯は輝き出した。
――その時だった。
「死ねぇぇい!!」
柱の陰から、一人の男が走り寄った。
その手には、鈍い輝きを称える物が握られている。
次の瞬間――その輝きは、セラの背中に吸い込まれた。
「……っぐ!」
鮮血を吐くセラ。
聖杯を赤く染めた。
場は騒然となった。
「なんという事だ!」 「捕らえろ!」 「どこの手の者だ!」
参列者の面々は、口々に何かを喚く。
中にはその場にへたり込む者もいた。
だが、その場の誰もがセラに駆け寄ることはなかった。
侵入者が、セラに突き立てたその凶刃を引き抜き、またも振りかぶる。
その時、セラの手に握られたままだった聖杯が、激しく輝いた。
「「「うっ……」」」
その場に居合わせた誰もが、目を閉じる。
皆一様に盲目の世界へと誘われた中、ドスッという鈍い音だけが響く。
再び世界に色が付いた時。皆の目に映るその光景は……
階段下で動かなくなっていた侵入者と……
腰に手を当て、聖杯を呷るセラだった。
あまりの事に、動く者はおろか、声を発する者すら皆無。
時が止まったかのように静まり返ってしまった。
「……あーもー。何これ。血だらけじゃん。」
聖杯を飲み干したセラが口を開いた。
そのあまりの口振りに、ローグラッハが震えながら問う。
「……セラ……なのですか?」
ローグラッハの知るセラは、こんなに下品な口の利き方はしない。
それに、先ほど刺されていたのだ。
何故、何事もなかったかのように立っているのか。
何が起こっているのか、理解不能だ。
その問いに対して、疑問符が浮かんでいそうな顔をするセラ。
「え、そうだけど……。」
一瞬、何の事か分かっていない様子だったが
「あ……!大門聖良。セラ・ダイモン?かな?」
と、何か納得した様に答えた。
「セラ……ダイモン……?!
ご神託は成功したのですか……!!
まさか……奇跡が起こったというのですか……!!」
驚愕すら覚えるローグラッハ。
その時、誰かが叫んだ。
「奇跡だ!! 初代の再来だ!!」
その声を皮切りに……
「セラ様!」 「セラ・ダイモーン様!」
続々と歓声が湧き上がった。
そして熱狂の渦へと化していく。
壇上のセラは、突然のことに戸惑ったが、満更でもないという顔をしていた。
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