第87話 俺は婆ちゃんと話してみた
「あ。なんだ?」
「みかん、食うか?」
なぜかみかんをひとつもらった。
誰だか分からない婆ちゃんにもらったみかん。
「甘いぞ」
「おう。ありがとな」
昼日下がりに公園のベンチは知らない婆ちゃんと並んでみかんを食べている。
どういうシチュエーションか、これは。
「甘いな」
「そう、だろう」
たぶん、婆ちゃんのおやつなのだろう。
2つのみかんのうち、ひとつをもらったらしい。
これはお礼をしないといけないな。
「婆ちゃん。何か欲しいものはないか?」
「欲しい物け? そんな物はないがな」
「しかし、うまい物とか、あるんじゃないか」
「ないない。この歳になるとな。欲しい物とか、なくなってしまうんやがな」
確かに穏やかな顔をしている。
話を聞いてみると、近くに住んでいて年金生活の一人住まいらしい。
「ひとりなんだな。寂しくはないか」
「もう慣れたわ。年金のおかけでこうして生きていられるだけでも感謝しないとな」
なんか達観したような婆さんだな。
どうせなら、この婆さんを喜ばしてみたいな。
「そうだ。明日の日曜日。一緒に遊園地いかないか?」
「なぜ、こんな婆さまをさそうんじゃい? もっと若いのがいいじゃろ」
「いや、俺は婆さんと一緒に遊園地に行きたいだけだ」
「そりゃ、暇だから付き合わないでもないがな」
「よし、決まりだな。他にも誘うがいいかな」
「もちろんじゃが。大勢の方が楽しかろう」
よし、了解ももらったから、一緒に遊園地で遊ぶか。
ここんとこ、いろんなことをしすぎていたのかもな。
「それじゃ明日。あそこの駅の改札で待ち合わせだ」
「それは楽しみじゃ」
☆ ☆ ☆
俺は翌日。
池袋からほど近い遊園地にいた。
俺とみかん婆さん、そして巨乳の久美子さんと娘3人。
「今日はいきなりで悪かったな」
「ううん。大丈夫。お仕事もお休みもらえたし」
今は遊園地の中のベンチで静かに久美子さんと話している。
「でも、娘達、お婆さんに頼んでよかったのかしら」
「大丈夫だ。こういうとこは、子供と一緒に楽しむのが一番だ」
3人の娘達に引っ張られてみかん婆さんもいろんなアトラクションにチャレンジしている。
「悠斗さんに100万円預けられたから、遊園地とかこれないことはないんだけど。今は我慢って娘達に言ってたの」
「気にすることはないぞ。娘達が喜ぶことに金を使ってもいいんだぞ」
「ううん。今は生活を立て直す方が大切なの。悠斗さんのおかげで生活に余裕ができたから、ちゃんと回るようにしているとこなの」
「そうか」
「でも、今日は楽しんじゃおうかな」
「それがいい」
向こうから、婆さんと一緒に3人娘がやってきた。
婆ちゃんはなかなか、イキイキとした顔をしているな。
俺の婆ちゃんを喜ばすアイデアは成功したらしい。
お金じゃ喜ばない婆ちゃんは、やっぱり子供が効くな。
☆ ☆ ☆
「おかあさん。お婆ちゃんにこれ買ってもらっちゃった」
「「私も~」」
娘達の手には、ステッキやカチューシャが握られている。
お土産売り場で売っていたんだろう。
「あ、すみません。おねだりしたんでしょ、ダメよ」
「いいんじゃよ。子供が喜ぶ顔を見るのがわしらの一番の楽しみだからなぁー」
やっぱりそうか。
婆さんを喜ばすには、子供が一番だな。
自分じゃ、もう欲しい物などなくても、小さい子供が喜ぶ物を買ってあげる。
きっと楽しいことだろう。
「お婆ちゃん、こんどはメリーゴーランド乗ろうよ」
「やだ。こんどはあのタワーみたいの~」
「どっちでもいい~」
娘達も楽しそうにやっているな。
婆ちゃんまかせで大丈夫そうだ。
「じゃあ行ってくるね」
「バイバイ、ママ。おじちゃん」
おじちゃんか。
ちょっと抵抗があるけど、しかたないな。
「一緒にいかなくていいのか?」
「うん。今日は悠斗さんといたいの」
俺の腕に巨乳を押し付けてくる。
やばい。反応してしまうだろう。
「私もあれ乗りたい」
「観覧車か。なつかしいな」
母親と最後に行った遊園地。
小学5年生だったな。
そういえば、帰る前に乗ったのが観覧車だったな。
それが俺の最後の遊園地だった。
俺たちは、ふたりで観覧車に乗った。
対面ではなく横並びで。
なんかドキドキした。
それは母の思い出なのか。
それとも、捨ててしまった恋心なのか。
「なんか、高校生のデートみたい」
「本当にそうだな」
久美子さんも同じことを感じていたらしい。
観覧車が一番高いとこに来た。
俺は久美子さんとみつめあった。
自然とキスをしていた。
ぎゅうとハグをした。
俺が体験しなかった高校生。
あまずっぱい青春の恋。
15年遅れでやってきたらしい。
「私、高校生卒業の前に子供を産んでいるの」
「ずいぶん早いな」
「うん。だから、他の高校生がうらやましかったんだ」
「そうか」
「遊園地行ったり、デートしたり。私は子育てだったから」
お互い、普通の青春はしてこなかったんだな。
「悠斗さんと知り合って、また青春しているみたい」
「俺もだ」
「嬉しい」
また、抱き合った。
観覧車はだんだんと下がってくる。
下には、3人の子供と婆ちゃんが待っている。
「おかぁさぁーーーん」
嬉しそうに手を振っている。
「お母さんに戻らなくちゃね」
「そうだな」
「楽しい時間だったわ」
「俺もだ」
ゴンドラは下について俺たちは降りた。
子供達が走ってくる。
うしろから、婆ちゃん。
「そろそろ、帰ろうね」
「「「ええーーー」」」
子供達はお母さんに任せて、俺は婆ちゃんと話す。
「どうだ? 遊園地は楽しいか?」
「こんな楽しいことがあるなんてな。まだ冥途に行くには早すぎると思ったよ」
「それはよかった」
楽しいというのは、自分だけで実現するのは難しい。
婆ちゃん見ていて感じていた。
俺もそうだな。
俺だけが楽しむ贅沢はあっと言う間に飽きた。
しかし、他の人の夢の手伝いや、困っている人の人助けは飽きたりしない。
それぞれの状況、それぞれの人生がある。
一緒に感じることで、楽しさは倍化するものだな、と。
なんだか、お金の使い方が少しずつ分かってきた気がしたのだった。
ひとりじゃ楽しくない。
やっとそこに考えが至ったみたいです。
主人公がどう変わるのか。
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おまけ。
みかん婆ちゃんは、実は登場したのが2度目。
僕のライターとしてのお仕事で書いた営業ノウハウ文章に初登場した。
「助け舟 アポ みかん」でgoogle検索すると出てくるはず。
関係ないからURLはいれないけど。笑




