第67話 俺は久しぶりの現金買いを楽しんだ
ブクマが9883件になりました。いつの間にかジャンル別四半期1位になっていました。
あなたの応援のおかげです。ありがとうございました。
「なんで、そんな服を着ているの?」
「いや。現金買いするのなら、こっちのほうが面白いと思ってな」
美咲さんにコーディネイトしてもらう前の俺が自分で買った服だ。
なんとなく、捨てずに残してあった。
ほとんどがGUとかシマムラ、今見るとダサい。
「あ。貧乏人ごっこする気ね」
「分かるか?」
「なんか、楽しそう」
「だけど、美波は後から来いよ。一緒だとアンバランスだ」
「そうね。その服に合う服は私もっていないしね」
よし。服装は完璧だ。
あとは、バックだ。
昔使っていたリュックで行こう。
1億円は10キロだから、リュックに入るな。
「どうだ?」
「いいわね。秋葉原のメイド喫茶にいそうね」
「まあな。昔は時々行っていたしな」
「そうなの?」
ちょっと目が痛いぞ、美波。
モテない男の心のオアシスなんだよ、メイド喫茶は。
今はそれも必要なくなったな。
『アイドルになろう』の最上位支援者のエンジェルをしていると、かわいい子からの面会希望メールがやたらと来る。
基本は会ったりはしないが。
「では、俺が車屋に入ってから10分経ったら来てくれ」
「わかったわ。楽しそう」
☆ ☆ ☆
「いらっしゃいませ。。。」
ピシッとしたスーツを着た店員。
地元麻布にある高級外車専門ショップだ。
ショップの中にはフェラーリを始め高級車がずらりと並ぶ。
店員が3人いるのに、お客はゼロだ。
おっと俺は客だから一人いたな。
「見学ですか?」
「そうとも限らないな」
あいまいに答えておこう。
しかし、残念ながらランボルギーニもポルシェもないな。
今日買って、乗って帰るはできそうもない。
「今ある車はこれしかないのか」
「あー。ここはな。スーパーカーの展示場じゃないんだぞ」
あ、完全に客じゃない認定をされてしまった。
やっぱり、人は身につけているもので判断されてしまうらしい。
「あんまりいい車がないんだな」
「ふざけるな。お前が買えるような車なんて、ここにはないんだよ」
「そうなのか。残念だな」
「貧乏人はとっとと帰れ」
うーん、そこまで言うのか。
礼儀がなっていないな。
ちょっととっちめてやろう。
「ところで。ここの店長なのか?」
「店長ではなく支配人は、あの方だ」
奥で何やら資料を見ているロマンスグレーな男。
それに対して失礼なこいつは、まだ若そうだな、
俺と同じくらいか。
「人を見なりで判断すると痛い目を見ると聞いたことはないか?」
「大丈夫だ。こういうところで働いていると金があるかどうか見抜けるんだよ」
「そうなのか。では俺は金を持っているように見えるか?」
「はははは。冗談だろ。この店はな、貧乏人には用がない所なんだ」
そろそろ来るな。
ちょうど10分経過したとこだ。
彼女は相変わらず時間には正確だな。
「あ、いらっしゃいませ」
「こんにちは」
美波が店に登場したな。
どうなるのか、少し見ていよう。
「何かお探しでしょうか」
「ええ。車が欲しくてね」
「どんな車がいいでしょうか」
「ランボルギーニとポルシェ。このお店では扱っているかしら」
「もちろんですとも。支配人~」
おっ、支配人が登場した。
美波は金持ちに見えるんだな。
ふたりで美波の対応をしているな。
お、コーヒーも出てきた。
やっぱり扱いが俺と全く違うな。
そろそろいいか。
美波達の所に歩いていく。
まず、気づいたのは若い男の方だ。
俺が美波に後ろから近づこうとすると、怒りの顔で睨んでくる。
もちろん、無視だ。
ぽんと美波の肩を叩く。
美波が振り返って言う。
「あ、ダーリン。もう来ていたのね」
「ああ。俺の方が先に着いたんだ」
おっ、面白いな。
若い男、がくがく震えているぞ。
想定外のことが起きるとパニクる性格だな。
「この車屋さん、いい感じね。ここで買いましょう」
「いや、ダメだ。この店にはな。俺が買える車はないそうだ」
「そんなぁ。どうして?」
「こちらが支配人さんだな」
ロマンスグレーの男に声をかける。
「はい。この店の支配人をしている藤堂と申します」
名刺を差し出してくるが、俺は受け取らない。
「いや、名刺はいらない。この男によると俺はこの店に来る資格がないらしいからな」
「ばっ。な、な、な」
「とっとと帰れと言われたけど、待ち合わせだから、美波が来てから帰ろうと思っていてな」
「ええー。せっかく、ランボルギーニとポルシェのカタログみせてもらって、その気になったのに」
「ああ。この金も無駄になったな」
背中に背負ったデイバックをポンと叩いた。
「重そうね。だいたい5千万円くらい入っているの?」
「いや1億円だ。これだけあれば足りるかと思ったけど、足りないらしい」
「足りない訳ないわ。ランボルギーニだって五千万円って書いてあるわ」
「1億円しかない貧乏人には用がないって言われたからな、そうだろ、お前」
失礼な店員は目を白黒させている。
こいつ、反応は面白いな。
「お前、そんな失礼なこと言ったのか」
「あ、あ」
「とにかく謝れ」
「す、すみません」
失礼な店員は謝り方も下手だな。
最低90度くらいは頭を下げないと。
キャバクラの黒服さんだって、そのくらいはしてくれたぞ。
「別に謝らなくていいよ。帰るから」
「えー」
「そうですよ。まずはコーヒーでもどうですか?」
「あー、この男の顔を見ているとコーヒーまずくなりそうだな」
「分かりました。おい、あっちへ行っておれ」
さて。それじゃ真面目にお買い物しましょうか。
「まずは予算が1憶円」
リュックサックから無造作に1千万円の束を10個取り出してみた。
「おおっ。これだけあれば、うちが取り扱っている車はどれでも買えます」
「ランボルギーニ・アヴェンタドール・SVJロードスターとポルシェ911ターボカレラの2台でも買えるかな」
「あ、アヴェンタドール・SVJですか。金額的にはオッケーなんですが」
あ。支配人、言いづらそうにしている。
問題があるんだな、きっと。
「なんか問題があるのか?」
「あの車は特別バージョンでして。新車を買うにはすでにランボルギーニのユーザーである必要がありまして」
「困ったな。そういうときは、あれだ」
「なんでしょう」
「困ったときのパラコンシェルジュだ」
「はい?」
とりあえず、こういう問題は専門家に任せるに限る。
高級車の購入交渉はプロ中のプロだろう。
パラコンシェルジュに電話をかけて、状況を説明した。
3分ほどで折り返し電話が入る。
「ちょっと替わって欲しいらしいぞ」
「はい?」
あ、なんだか支配人さん、表情がくるくると変わっている。
なんだか良くわからないが、購入交渉中なのだろう。
「はい、わかりました。ありがとうございます。電話お戻しします」
「悠斗だ。そうか、分かった。ありがとう。では、パラジウムカードで買えばいいんだな」
何がどうなっているのかは分からないが、困ったときのパラコンシェルジュだ。
簡単にオッケーになったらしい。
まぁ、お金持ちの世界にはお金持ちの世界のルールがあるってことだな。
「すまんな。現金じゃなくて、このカードで購入だ」
「はい、分かりました」
仕方ないから、現金はデイバックに戻した。
支配人は見積もりを作ると言ってパソコンの方に移動した。
すみっこでいじけている失礼な店員。
見積りを作ってもらう間は暇だから、からかっておこう。
指でこっちへ来いとアクションした。
えっ?私ですか、ってアクションをする。
大きくうなづく。
「身なりで判断してはいけないって言ったよな」
「はい。すみませんでした」
「謝るときは、最低90度は頭を下げる」
「あ、はい」
なかなか素直じゃないか。
「まぁ、こんな格好で即金買いしにくる俺も悪いんだから気にするな」
「は、はい。ありがとうございます」
うん、いいお辞儀だ。
105度は頭が下がっているな。
「これからは、美波が車のことをいろいろと聞きに来るからよろしく頼む」
「もちろんですとも」
見積結果は8500万円ジャストになった。
「でも、残念。どっちの車も在庫はないのね」
「それなら、このあたりの車を代車にしてもらえないか」
「もちろんです。どれでもいいですよ」
「あら、じゃ、この赤いフェラーリがいいわ」
それじゃ、それに乗って帰りましょうか。
店を出たら、3人の店員が揃って105度のお辞儀をしてくれた。
なんか、気持ちがいいな。
「それじゃ、スピードを出しますわ」
「おい。あんまり無茶するんじゃない。うわっ~」
美波はスピード狂の気があるらしいと、このときはじめて知った。
やっと、プロローグの時にたどり着いた。ランボルギーニが届くとね。
現金買いは失敗したけど、失礼な店員さんは教育できたし、まぁいいか。




