第61話 俺は大変な思いの男がいるとは知らずにいた
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話は数日前に戻る。
日本にあるパラジウムカードのコンシェルジュオフィスは大騒ぎになっていた。
「クルーザーを明日まで? 予算はカードの限度額!」
私は最近、顧客になった男の要望に頭を抱えていた。
とにかくお金をふんだんに使いたがる男で、その条件が無茶苦茶だ。
クルーザーを買うなら、どんなタイプがいいのかを相談の上、実際に試乗して、さらに書類を整える必要がある。
「コンシェルジュの辞書にできないという文字はないと聞いたが」
確かに言いました。
それを言ったのは私です。
でも……常識の範疇で、という但し書きを忘れていました。
「分かりました30分だけください」
「おー、さすがパラコンシェルジュだ」
そんな略し方をするのは、この顧客だけだ。
この顧客の担当は、トップコンシェルジュの私にしかできないであろう。
「あ、届ける場所は沖縄県の宮古島。もちろん、新品だ。明日の夕方、よろしくな」
「宮古島って!」
あ、切れた。クルーザーの手配なら、東京だと思うだろう。
沖縄の宮古島で明日の夕方だなんて、どうにかなるのか?
中古ならまだなんとかなるかもしれないが。
考えても仕方ない。
クルーザー関係のエージェントに連絡をいれるか。
エージェントのリスト20人、すべてに連絡をいれて、条件を提示する。
もちろん、私の依頼を無視できるエージェントなどいない。
しかし、即答できるエージェントもいなかった。
参った。
制限時間は30分だ。
だれか、新しいクルーザーを沖縄近辺で在庫していないか。
無理かもしれないな。
その場合は、どうするか。
時間をもらうとか?
「すごい物件の話があるんですよ」
ひとりのエージェントから連絡が入った。
「どんなクルーザーですか?」
「新品で価格は20億円」
「本当か、それが手に入りますか」
限度額までだから20億円なら問題はない。
それを手配できたら、私の1年分のノルマは達成だ。
「ただ、引き渡しは2週間後です」
「バカ。明日の夕方がリミットだ。ちゃんと条件の合うものをもってこい!」
いけない。
乱暴な言葉を使ってしまった。
コンシェルジュの私が使ってよい言葉ではない。
しかし、話をちゃんと理解していないエージェントは使えないな。
「ありました」
「どんなクルーザーですか」
「新品です。それもすぐに引き渡し可能です」
「どういう経緯がある物件ですか?」
「ちょうど、1週間のうちに引き渡す予定でした。しかし、顧客が入院していて引き渡しの目途が立っていなくて」
「それをこっちに渡してくれるというですね」
「そうです。ただし、値段は定価で一切の値引きはできません」
「問題ない。それでいくらのクルーザーなのですか?」
「12人乗りで3200万円です」
ほっとした。
だけど、同時にがっかりした。
3200万円か。
もちろん、安いものではない。
私がこの3カ月のうちに手配したもののうちで一番高価なものだ。
しかし20億円の話の後だから、安く感じてしまうな。
「分かった。詳細を教えて欲しい」
時間は27分経過したところだ。
1分で判断して、連絡を入れれば間に合う。
よかった、いけるな。
「もしもし、クルーザーが見つかりました」
「ほう。やっぱり、パラコンシェルジュは不可能という文字はないんだな」
「もちろんです。ご要望なら、なんなりとおっしゃってくださいね」
この一言が、後々後悔することになろうとは。
この時はまだ分かっていなかった。
パラジウムカードのコンシェルジュさん、大変そう。
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