第40話 俺は未知の世界に飛び込む決断をした
やっと、ですね。
「どうか私達も連れて行ってください」
「わかった」
どうみても巨乳だな。
間違いなく巨乳属性の女。
もちろん、新ヒロイン登場だろう。
俺は巨大ディスプレイの前で、ひとりでアニメ鑑賞をしていた。
しかしまぁ。
「なろうアニメ」はいいな。
本当にストレスなくストーリーがサクサク進む。
危機に陥って3分で解決。
光の超人もびっくりなテンポだ。
俺が座っているのは、絵梨さんチョイスの一人用ソファー。
これがまたいい感じなのだ。
なろうアニメの世界にどっぷりと浸れるな。
そんなことをしていると、スマホが鳴った。
「ん。誰だ?」
電話番号登録をしていない人だな。誰だろう。
「もしもし」
「もしもし。私、少し前、借金を肩代わりしてもらった久美子と申します」
「あ、…すき焼きの」
一瞬、間があったのは、巨乳のって言いそうになったから。
さすがにそれはまずいと、別の言葉に変えてみたのだ。
「実は折り入って相談がありまして」
「なんだ?」
「できればお会いしてお話できたらと」
「今か? 今ならちょうどいいぞ」
「本当ですか。どこにいるのですか?」
「麻布の自宅だ」
「お邪魔してもいいですか?」
「ここにか?」
「まずいですか?」
「別にいいぞ」
仕事やパーティ以外で初めて訪ねてくるのが、あの巨乳(確定)の久美子さん(新情報)か。
なんだか、なろうアニメ以上にご都合主義な気がするぞ。
もしかして、「私の純潔、捧げます」なんて展開になるのか?
まぁ、子供3人いるから純潔はないか。
でも、相談とはなんだろう。
金の問題ならいいのだが。
それならば、簡単に人助けできるからな。
まだ、家具は全部そろっていない。
でも、問題なさそうだな。
あと30分くらいで来るって言ってたから、なろうアニメプレミアムBOXのもう1話見ていようか。
☆ ☆ ☆
ピンポーン♪
オッ来たな。
「はーい。今、開けるぞ」
玄関の自動ドアを開けた。
そのままエレベータに乗ってもらう。
47階まで来るのにちょっとかかるんだよな。
高速エレベータだけど、さすがに高いからね。
なんか、ドキドキするな。
巨乳の久美子さんが俺を訪ねてくる。
どうしても、期待をもってしまうなー。
ピンポーン♪
来た来た。
「いらっしゃい」
ドアを開けて本当にびっくりしたぞ。
なんかグラビアアイドルみたいな女性がいた。
前に会ったときは身体の線がでない、部屋着だったからなぁ。
今日はちゃんとお出かけ着だ。
それも胸の谷間を強調する感じの。
「私の純潔…」
なんて本当に言いそうだな。まさかね。
「入ってくれ」
「す、すごいところですね」
「そうだろ? 見晴らしもいいんだぞ」
絵梨さんチョイスの応接用のソファーに案内する。
このリビング、椅子だけでもあちこちにあるから、どこに案内するのか、迷うな。
「素敵」
だいたい女性はパノラマ窓から見るとこの一言を言うな。
「いいだろ。夜景もいいぞ」
「きっと素敵でしょうね」
しばらく窓の外を見ていてから、俺の方に向き合う形になる。
うっ、やっぱりバストが気になるな。
これも、いい眺めだ。
「実は今日は相談があってきました」
「なんだ?」
「先日のことなんですが」
「すき焼きの日、だな」
「はい」
お金が足りなくなったのか、と思ったが違うみたいだ。
あの日の俺は、何か問題行動があったのか。
「あの日。借金から助けてくださいまして、ありがとうございました」
「おう」
「そのうえ、お金まで。おかげ様で一息つけました」
「それは良かった」
「3カ月ぶりに美容室にもいけました」
「おう。前に会ったときとは全然違うな」
「本当ですか!?」
あれ、喰いついたぞ。
それは違うだろう、あの時と今では。
「あの日の夜。いろいろと考えたんですよ」
「ん? 何をだ」
「何のために、お金を用意してくれたのかって」
「人助けのためだ。言ったはずだ」
「ええ。聞いています。だけど」
「だけど?」
「それだけってはずないじゃないですか」
「そうなのか?」
人助けをしようと思って闇金に行った。
闇金の人なら困っている人知っているだろうと。
で、久美子さんに会った。
困っていたから助けた。
単に人助けなだけだけどな。
「普通、なんかメリットがなければ人助けなんてしないじゃないですか」
「まぁ、そうだな」
普通の人は使っても無くならない財布持っていないしな。
「もしかして、何か求めているのかってずいぶん考えました」
「ないけどな」
「はい。どう考えてもないんです」
「だろう」
「そこから悩みました」
「え? なんで悩むんだ?」
「女の魅力がなかったから、何も求めてこなかったのかなって」
「なんで、そうなる?」
「だって、何も求めないって変じゃないですか」
また、そこに戻るのか。
チート財布がなかったら、そうなのだろう。
「それで悩みってなんだ?」
「私って女の魅力ないのか、って悩みです」
「えっと。そんなことないぞ。巨乳は男の夢だ」
「そうなんですか。うれしいです。私、胸は自信あるんです」
「そうだろ」
まじまじとみてしまった。
完璧に巨乳だな。
それもきっとすごく形もいい。
3人も子供がいるとは思えないな。
「今日は抱いてもらおうと思って気合を入れてきました」
「えっ」
「だって。女の魅力ないと思いたくないじゃないですか」
「無理だ」
「どうして? さっき、巨乳は男の夢だって言ってくれたじゃないですか」
「えっと、それは一般論であって」
「巨乳は嫌いですか」
「好きだ。大好きだ」
いかん。どうも、巨乳には即反応してしまうな。
「だったら、いいじゃないですか」
「だが。俺は結婚する気がない男だぞ」
「えっ。それ、どういう意味ですか?」
「俺は独身主義者だってことだ」
「ちょっと待ってください。もしかして、抱いたら結婚させられるとか思っていません?」
「あー。どうなんだろう」
しぱらく見つめあいが起きた。
で。
いきなり、彼女が笑い出した。
「まさか。そんなことを考えていたとは。驚きです」
「なんでだ?」
「だって、私、結婚しているんです。夫は失踪してしまっていますが」
「あー、確かにな」
「結婚を求めることができるはずないじゃないですか」
「それはそうだな」
そういう話ではないんだが。
結婚もする気ないのに、女を抱くなんて。
風俗なら別だろうが、一般の女性をだな。
「女性は好きなんですよね」
「ああ」
「巨乳の女性は好きなんですよね」
「ああ、もちろんだ」
「なら、抱いてください」
どうも話が合わない。
なんで、そんなに抱いて欲しいってなるのだ?
「だから、俺は独身主義で結婚する気もないから女は抱かないのだ」
「じゃあ、風俗嬢だけで満足なんですか?」
それは…。
風俗嬢はダメだ。
妙に潔癖症なとこがあって。
他の男といっぱいしている女。
抱きたいと思えない。
「風俗は嫌いだ」
「えっ。それじゃ、昔、ひどい失恋をして…とかのパターンでしょう?」
「そんな経験ないな」
「ちょっと、待ってください。もしかして、未経験とか?」
「・・・・」
ううっ、バレたか。
そう、俺は未経験だ、
専門用語で、童貞というやつだな。
「あ、ごめんなさい。まさか。そんな」
「いいんだ。とにかく、結婚とか恋人とか。俺には無理なんだ」
何が、いいんだ、なのか。
わけわからないな。
俺はずっと、逃げてきた。
人間関係から。
深い友達もいない。
恋人なんていない。
仕事も最低のお金が稼げればいい。
父親は元々いなくて、シングルマザーの母親に育てられた。
その母親も小5の時に過労で突然死。
天涯孤独。
どこで野垂れ死んでも誰も悲しまない。
そんな生き方をしてきた。
それが、俺の人生。
そう自分に言い聞かせてきた。
最低水準の生活をして、それを維持するだけに働く。
夢なんてもたない。
人に期待はしない。
そういうものは身を亡ぼすだけだから、最初から持ってはいけない。
それが今まで俺が生きてきた指針だった。
一番最初にあきらめたのは、結婚そして恋人。
それをキープできる仕事ができると思えない。
性欲は人並みにある。
いや、もしかしたら人並み以上かもしれない。
巨乳を見たら、触りたいと思う。
だけど、触るということは、俺の人生にリスクが生じる。
他の人の人生に影響を与える。
その影響は自分に戻ってくる。
だから、極力そういうことはしないように生きてきた。
「それでわかったわ。初めての女性ってことなのね。それじゃ、私では無理ってことね」
「ん?」
「私に魅力がなかった訳じゃなくて、求めている女性が違うってことなら仕方ないわね」
「え?」
「残念だったわ。抱かれたいなんて思ったのは無謀なことだったのね」
「あの~」
「なにかしら?」
混乱してきたぞ。
どういうことだ?
俺に抱かれたいって言っているのか。
それも、結婚とか恋人とか、そういうややこしいことは無理だと言っているのに。
「もしかして。俺に抱かれてもいいと思っているのか?」
「すみません。それは無謀なことでした。忘れてください」
「あー、そうではなくて。単にどういう気持ちなのかを聞いている」
「えっと。本当はすごく抱かれたいって思っていて」
「なぜだ?」
意味が分からないぞ。
結婚できずに恋人にもなれない。
それなのになぜ抱かれたいって思う?
「初めて会ったあの日ね。私は絶望していたの。旦那が借金残して失踪して闇金に追い詰められて」
「そうか」
「子供達だけは守らなきゃいけない。でも、それをする方法がみつからない。どうしようもない」
「そうか」
「そんなときに、助けてくれる人が現れたよ」
「そうか」
「最初はグルだと思ったわよ。あいつらのね」
「そうか」
あー、本当はグルともいえるし、そうでないともいえるな。
「きっと後から風俗にでも連れていかれるんだ。そう思ったわ」
「そうか」
「でも違った。その上、当座のお金までおいていってくれた」
「そうだな」
「守ってもらった。そう思ったの」
「そうなのか」
「私は守ってもらいたかったんだって。その時、やっとわかったの」
「そうか」
「子供達は笑顔で寝ているし。私は守られたんだって感じたの」
「そうか」
「だけど、同時に女としては見てもらえなかった」
「うーむ」
「だけど、あの恰好だったから。きっとそうだ。そう自分に言い聞かせたの」
「そうか」
「だから、男性が喜ぶ格好をしたら抱いてくれると思ったの。そのくらいの魅力はまだあると思いたかったの」
「そうか」
「初めての女性だなんて。思ってもみてなくて、ごめんなさい」
「そうだな」
「だから、抱かれるのはあきらめたの」
「なぜだ?」
「えっ」
「なぜ、あきらめてしまうのか?」
「だって。初めての女性なんでしょう?」
「そうだ」
「だから、別の女性が」
「いいぞ」
「えっ」
「俺は巨乳が好きだ」
「えっ」
「おまえこそ、いいのか?」
「何が?」
「結婚も恋人になることも考えていない男だぞ」
「そんなの当たり前よ」
「それでも、いいなら」
「えっ、いいの?」
「いいぞ」
なんだか、ずいぶんと長く話をしていた気がする。
こんなことになったのも縁だろう。
俺は巨乳の久美子さんとベッドルームに向かった。
やっちゃいました。
主人公の長かったヘタレ人生は終わりを告げた。




