番外『マグロス』編15話 俺は終わりを宣告した
「もう終わりなんですか?」
「ああ、9月末までに終わらせるように」
「だけど、悠人オーナー様。もう一度、チャンスをください」
すべての第一期年収1千万円社員に終わりを告げることは時間的に無理だ。
しかし、俺の独断で選んだ社員に対してだけは、終わりを告げたいと渋川社長に了解をもらった。
そのうちのひとりが彼女、ネット通販番組の立ち上げを目指した舞さんだ。
「あなたの選ぶ道はふたつある。ひとつは第2期に応募すること」
「そんなの無理よ。ずっと赤字のプロジェクトの上、アクセスは減る一方。第2期に受かるはずはないわ」
「そうだな。もうひとつも聞くか?」
「教えてください。もうひとつの道を」
「悠人カンパニーの力を借りずにあなたの力で立ち上げること。悠人カンパニーは終わりになったプロジェクトのすべての権利は責任者に渡すことになる」
「だけど、自分の力でなんて……」
やっぱり、無理か。
もう3人目だが、ふたつの道を提示しても、誰もどちらの道も選ぶ人は現れない。
結局は正式な『終わり』を選択する。
もちろん、やりたいと思って始めたことでも、無理だと分かることはある。
だが、それでもやり続けたいと思う人がいてもいいんじゃないか。
俺は思っていたが、実際には再チャレンジも、自力チャレンジも選ぶことはない。
あきらめて終了を受け入れるだけだ。
「もちろん、給料は出ないし、悠人カンパニーの指示で手伝う人も協力会社もなくなる。でもそれがなんだ?」
「なんだって、言ったって。何もなくなるってことでしょう?」
「そんなことはない。一年間掛けて試行錯誤した経験は残る。作り上げた環境も残る。そして、なによりも。あなた自身が残る」
そう、重要なのは「やりたい」という気持ちだ。
その気持ちがなくなっているなら、「終了」するのが一番だ。
しかし、それでも「やりたい」という気持ちが残っているなら。
やりたいという気持ちを持ったひとりが残る。
「どうだ? やってみる気きないか?」
「だって、アクセスを集めるのもお金が掛かるよ。そんなお金、私にはないわ」
「ネットというのは、金を掛けないでもできる媒体だろう。お金の代わりに自分の時間を掛けてみたらどうだ?」
「そんなの無理よ。生活できなくなっちゃうわ」
もちろん、収入など無くなるのは当然だ。
俺だって、もうチート財布などない。
だから、ある意味、「終わり」を宣告した彼女と同じ立場だ。
「生活なんて、月10万円もあればできるぞ。俺は2万5千円の家賃で食費は1万5千円でやっていた。いろいろ入れても10万円はかかっていなかった」
あー、そこにはキャバクラ代が入っていたというのは内緒だけどな。
「本気でやりたいなら、最低限の生活費でやり続けることもできるぞ」
「そんな」
「もちろん、そこまでやりたいという気持ちがなけれぱそこまでだがな」
おっ、珍しいな。ここまで追い込んだのに目が死んでいないな。
もしかしたら、やる気があるのかも知れないな。
「できるかって聞かれたら、できるとは言えません」
「そうだろうな」
「だけど、本気でやりたいかって聞きましたよね」
「ああ、聞いたな」
「答えはイエスです。本気でやりたいです」
「やりたいという気持ちだけでは無理だって分かっての発言か?」
まだ、迷っている部分があるのだろう。
答えを出すのに時間が掛かっている。
いいだろう……待つとしよう。
「やります。本気で。実はひとつ、やってみたい方法を見つけているんです」
「おや、そんなものがあったのか?」
「今まではなんとか軌道に載せないと、という気持ちが強くて試せませんでした」
「ほう。それはどんな方法なのか?」
「今まで、売る商品を提供してもらってやっていました」
「そうだな」
「今度はそれを自分で選びます」
「……それでうまくいくとおもうのか?」
「分かりません。だけど本気でやりたいんです」
うん、分かった。
本気でやりたいというのは伝わってきた。
「それなら、悠人カンパニーの支援は終わりだ。後は自分の力でやってみろ」
「やります!」
うん、いい顔だな。まぁ、話の流れで言っちまったよ、というのもあるだろう。
だけど、本気でやりたいと言う気持ちだって、半分以上はあるだろう。
「ここから先は、悠人カンパニーと関係ない話になるが」
「えっと、なんでしょう?」
「俺、個人の興味だ。どんな商品を売りたいんだ?」
あー、良く分からない商品の話を始めたぞ。
まぁ、化粧品のことだということだけ分かる。
その商品がいかにいいのか、内容は分からないがその商品に対する熱だけは感じたぞ。
たしかに彼女がやったネット通販番組に欠けていたのは、そんな熱だったのかも知れないな。
「まぁ、セレクトショップのアマゾノ対応も始まるからそれを利用することもできるな」
「そんなの使いません! 自分の力でメーカーを口説いてみせます」
そうくるか。たしかにそれだけの熱量があれば、メーカーを動かすこともできるかもしれないな。
だけど、ちょっと気になることがある。
「ひとりでやるつもりか?」
「もちろんです。悠人さんの力は借りませんよ」
「あー、俺は無理だ。物欲がほとんどない人間でな。化粧品じゃなくても、それだけ商品を熱く語ることはできないな」
「それは知ってます。ネット通販番組を見てもらったとき、全然見てくれなかったじゃないですか」
「あ、バレてたか」
まぁ、全然分からないってことだけ、分かったけどな。
だが、1日中テレビショッピングばかりやっているケーブルテレビがあるっていうからな。
ネット通販番組でも、見たい人がいるんじゃないかと思っていたが。
「まぁ、俺は無理だがひとり、似たような熱を持った商品を語る奴を知っていてな」
「えっ、どういう人でしょうか?」
「今月の1日に出た、俺のことを書いた小説は読んだか?」
「もちろんです。えっと、でも、あれはフィクションですよね」
「まー、それはおいておいて。あの中に愛花さんってキャラが出てきたんだが」
「あっ、知ってます。あのお買い物で借金しまくりの女性ですよね」
「そうだ。彼女のモデルが実在していてな。彼女が借金を片付けてから買った商品の話をしている時も同じ熱を感じてな」
「モデルがいるんですね。会ってみたいです」
どうも、この彼女は愛花さんと同じ、物欲を持っていそうだと感じている。
ふたりが会ったら面白いと、つい思ってしまった。
「あの小説の通り、彼女は今、板橋のキャバクラで働いている。どうだ、行ってみるか?」
「会いたいっ。1億円を目の間にして、どうしてそれを使わなかったのか、真相しりたい」
あ、そこなのね。
と、なると、キャバクラに行かなきゃいけないな。
今から行くとなると、ちょうどオープン時間に入れるぞ。
愛花さんはいつもオープンからラストまでいるって言ってたしな。
あー、本当は結婚したんだから、キャバクラはいくの辞めようと思っていたんだけどな。
「どうしても、会いたいのか?」
「はい。絶対、会いたいです。会って話がしたいです」
まー、そういうことなら仕方ないな。
「あー、お久しぶりの悠人だ。愛花ちゃん、今日、出勤するかな。わかった、開店時間に行くぞ」
久しぶりのキャバクラ。やばい、ドキドキしてきた。
どうも、キャバクラの話を書くのが好きらしい。
勝手にそんな話の流れになってしまった。
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