番外編第6話 俺は別にキャバクラバトルをする気はない
「こちら、悠斗くんです」
「悠斗です。よろしくね」
えっと、こんな感じの挨拶で良かったかな。
いつもは、挨拶される側だから、どんな挨拶されていたのがうろ覚えだ。
「こちらへどうぞ」
みゆちゃんは、自分の右隣の席を勧める。
あ、そうか。
指名だから、隣席だよな。
「はい」
「なかなか、繁盛しているみたいねー」
「まあな。またヤホーニュースに載ってしまったらしいからな」
悠斗ニュースは人気があるらしく、つまらないネタでもアクセストップになったりする。
今回のキャバクラ話も間違いなくトップだろう。
「みたいね。あいかわらず、話題の人なのね」
「まあな」
ん? あれは、ミキちゃんか。
黒服店長さんがミキちゃんを連れて、こっちの席に来る。
「ミキちゃんです」
「みゆちゃん、お久しぶりー」
「ミキちゃん、会いたかったぁ~」
ミキちゃんはみゆちゃんの前の席に座っている。
そこは定位置だな。
俺とみゆちゃんは位置が逆になっているけどな。
「ほら、悠斗くん、駄目じゃない~」
「えっ、なんだ?」
「ちゃんとお酒、作らないと」
「そうよ。キャバクラ従業員の基本よね」
「こちらの悠斗くんは、この業界初めてでして。今日が初日で初めてのお客さんなんですよ」
「あらっ。初めてっ。きゃっ」
そんなの知ってるだろ。
まぁ、新人ごっこをしなさいってことなのか?
「ウイスキーの水割りでよろしかったでしょうか」
「うん。薄めでお願いっ」
「えっと、このくらいでいいのか?」
「よろしいですか、でしょ悠斗くん」
「そうそう」
ミキちゃんも楽しそうだな。
2年前の逆バージョンってことだな。
「どうぞ」
「ありがとうねー」
ん? なんで飲まないのか?
ん? ミキちゃん、なんか合図しているな。なんだ?
「悠斗くん、あれでしょ」
「そうそう。あれ、よね」
なんだっけ? このシチュエーション。
そうか。あれか。
「俺も何かいただいて、よろしいですか?」
「うん、いいわ」
「それそれ」
「何がいいかな」
「そうだ。悠斗くんの初日だから、お祝いしないとね」
「お祝い、いいわね~」
お祝い?
お祝いと言うと、あれか?
「ドンペリいきましょう」
「ドンペリ! ありがとうだな」
「新人ぽくないわねっ。ここは、ドンペリ~、嬉しい~がいいかな」
なに、ふたりでキラキラした瞳で俺を見ているんだ。
わかったよ、やるよ。
「ドンペリ~!! 嬉しい~~っ」
「うんうん、そんな感じっ」
なんか楽しそうだな。
キャバクラはやっぱり楽しくなきゃな。
俺は手を挙げて黒服店長を呼ぶ。
「ドンペリお願いします」
「ドンペリ、入りました~」
「きゃあ。ドンペリコールぅ~」
やっぱりみゆちゃん楽しそうだ。
もっと、楽しませて、キャバクラ禁止を緩めてもらわないとな。
「ほら、悠斗さんの席、ドンペリ入ったわよ」
「でも奥さんだろ、あれ」
「なんか楽しそうだから、いいじゃないの~」
「そうだな」
そんな、こそこそと話しているのが聞こえてくる。
黒服店長がドンペリとグラスを3つ、持ってきて注いでくれる。
「それじゃ乾杯しましょうね」
「「「カンパーイ」」」
俺たちがドンペリで乾杯していると。
「こちらもドンペリ入りました! それも2本!」
おっ、誰の席だ?
なんと、アリサのとこじゃないか。
青年実業家って言う感じのカッコいい30代の男が3人。
きっと六本木のお店のお客さんだろう。
アリサの他にもヘルプで3人の女の子がついている。
アリサの表情を確認すると、ニヤリと笑った。
あいつ、負けず嫌いは相変わらずの様だな。
「生意気ね。こっちも負けてられないわね」
みゆちゃん、どうしたの?
そういうキャラじゃないでしょう。
「こちらは、ピンドン入りました!」
今度はピンドンか。
どの席だ?
おっと、翔のとこじゃないか。
お客は、翔がアイなろで投資して売り出した声優アイドルじゃないか。
今、ノリに乗っているから、ピンドンくらい余裕そうだ。
「みんな、やるわね」
それからあちこちでドンペリだ、ピンドンだと、コールが入りまくった。
まぁ、今日はキャバクラ『エデン』の開店日だし、みんな俺に対してお祝いのつもりでドンペリを入れてくれているようだ。
「ドンペリ、おかわり。じゃなくて、ピンドンお願いね」
おいおい、みゆちゃん、対抗しなくていいって。ほら、またアリサんとこ、黒服さんとなんか相談しているし。
「こちら、ドンペリタワー入りました」
なんじゃ、そりゃ。
できるのか、そんなことが。
「わー、ドンペリタワーだって。面白そう」
「みゆちゃんは対抗しなくていいぞ」
「えー、そうなの? 私もやってみたい」
よしなさいって。
だいたい、みゆちゃんもキャバクラ、お客さんとしては初めてでしょう?
「ドンペリタワー準備できました。これから注ぎます」
グラスが5段に積まれている。
ぜんぶで35個か。
並べているドンペリは5本だな。
あれを注ぐんだな。
「わー、すごい。きれいだわ」
みゆちゃんも普通に喜んでいる。
さすがに板橋のお店じゃ、俺もあれはやらなかったしな。
「さぁ、みんな、ドンペリ、飲みましょう」
アリサのお客のひとりが宣言して、黒服さんが他のお客やキャバ嬢に配っている。
おおー、そんな技があったのか。
あれをするのも、カッコいいな。
「それではカンパーイ」
「「「「「「「「「「「「「カンパーイ」」」」」」」」」」」」
それからはドンペリやピンドンが跳びまわっていた。
知らないお客さん同士も、ドンペリ酌み交わすなんて、とんでもない状態。
「あら。今、入ってきたの。タケジ監督じゃない?」
あ、本当だ。
タケジ軍団の連中も連れているし。
「そういえば、あっちには、凡打自動車の社長さんじゃない?」
おいおい、有名人がやたらと来ていないか。
もちろん、そういう方々も、お店の雰囲気に合わせてドンペリを入れてくれている。
もっとも、お酒がガンガン入ると有名人だろうがすごい経営者だろうが、関係なく、ただの酔っ払いだ。
あっちじゃ、地下アイドルのうちのキャバ嬢がお偉いさんと楽しそうに飲んでいる。
何気に売り込んでいるみたいけど、お客さんも楽しそうに応えているからいいか。
「うわぁ。なんか、すごく楽しいーーーー」
あ、みゆちゃん。
そんなに強くないんだから……大丈夫か?
隣のアイドルオタクみたいなお客さんと楽しげにアイドル論を議論しているし。
しかし、まぁ。
こういうの、いいな。
徹夜組はさすがにドンペリ入れたりはできない普通の男も多いけどさ。
あちこちから、あちこちでドンペリ注いでもらって、嬉しそうに飲んでいる。
お金がある人、そうでもない人。
関係なく、楽しく、飲んでいる。
アリサだけは、他の席に負けないように一番、ドンペリ入れているな。
だいたい、何人のお客さんを呼んでいるんだよ。
入れ替わり、立ち替わり、お客さんが来ている。
ほとんど、ドンペリ入れるお客さんばっかりだし。
2年前と違うんだってとこ、見せたいんだろうな。
うんうん、そういう変わらないとこ、俺は好きだぞ。
「なぁ、みゆちゃん」
「なぁに?、悠斗くん」
「キャバクラ、楽しくないか」
「楽しいーーーー」
「じゃあ、俺もキャバクラ解禁してくれよ」
「ええー、やだぁー」
「なんでだよ。みゆちゃんだけ楽しむのって、ずるくないか」
「だって。悠斗さん。キャバクラ行くと、居ついちゃうんじゃないかなーって思って」
「居つく?」
「タワマン買っても、寝に帰っているくらいだったじゃない。あのキャバクラばっかり行って」
「あー、そうだったな」
「また、キャバクラに居ついて、おうちに帰ってきてくれなくなると寂しいもん」
「バカだな。あの頃はタワマンに誰もいなかったからな。今はうちにはみゆちゃんがいてくれるだろう」
「じゃあ。キャバクラに行っても、ちゃんと早目に切りあげて帰ってきてくれる」
「もちろんだ。そもそも、あのキャバクラに行きまくっていたのは、みゆちゃんがいたからじゃないか」
「そうなの?」
「みゆちゃんがアイドルになってキャバクラにいなくなったら、行くのがガクンと減ったんだぞ」
「そうだったの? 本当、ミキちゃん?」
「そうね。ずいぶん減ったわね」
「だよな。俺が居つくのはみゆちゃんがいるとこだけだ」
「うれしい」
よし!
これで大丈夫だ。
キャバクラ解禁、決定だな。
ミキちゃん、アシストありがとうっ。
「今度、一緒にキャバクラ行こうな」
「うん!」
よし、解禁決定だ。
みゆちゃんがコンサートツアーのときは、どうせ帰っても誰もいないから、キャバクララストまでオッケーだ。
「悠斗さん。よかったわね」
「おう。またミキちゃんのとこにも行くよ。みゆちゃんと一緒にな」
「ありがとう」
そんなノリでキャバクラ『エデン』はラストまで大騒ぎだった。
☆ ☆ ☆
「今日の売り上げを発表します」
黒服店長がプリントアウトした紙を見ている。
「悠斗さん。私もがんぱったから、すごい数字になっているんじゃないかしら」
「それはそうだろうな。ドンペリコールが飛び交ってたからな」
「1000万円、超えるかしら?」
「それは、ちょっと難しくないか」
「きっといくわよ」
いよいよ、黒服店長が発表するらしい。
「今日の売上は、1千834万2700円です」
「「「「「「うわーーーー」」」」」
ずごいな。1千万どころか1千800万か。
「皆さん、お疲れ様でした~」
こうして、キャバクラ『エデン』は、順調な滑り出しをしたのだった。
悠斗のキャバクラ解禁、決定らしい。
よかった、よかった。
あ、キャバクラ番外編は、これでおしまい。
まあ、また、キャバクラ関連出てくると思うけどね。




