番外編2話 私、渋川がパラコンシェルジュになったのは……
「すみません。パラジウムカードの解約をお願いしたいんですが」
「ええっ。どうしてですか! 渋川社長!!」
長年愛用してきたパラジウムカード。
主に会社用として使ってきたが、それももう不要だ。
「実は会社の社長をすべて辞めるつもりなんです」
「ええーー」
パラジウムカードの便利なところは、何か困ったことがあったら相談できるコンシェルジュがいること。
それも、他のカードのコンシェルジュと比べられないほど優秀だ。
数多くの会社の経営者をしてきたから、優秀なコンシェルジュほど便利なことはない。
特に海外の富豪が日本に来るときのセッティングはすごく役立つ。
普通では予約が取れないお店等でも、パラジウムカードのコンシェルジュを通せば、魔法のようにオーケーが出る。
何度も助けてもらったものだ。
「もう、海外の富豪と関わりを持つこともなそさうですし。私個人では必要がなくなりまして」
「ちょっと待ってください。ちょっとだけ」
「なんでしょう?」
「ジブカワシャチョー、ナンデカイヤクスルンデスカー」
あ、パラジウムカードの発行元の日本支社長だな。
日本語がペラペラだけど、いまだに発音は外人的だ。
「もう、社長じゃなくなるんですよ」
「ウソデショー」
そう。
私はもう社長を退くことにした。
元々のきっかけは占いだったな。
時々、お参りしている湯島天神。
いつものように奉納をしてお祓いをしてもらった後。
地下鉄ですぐに帰る予定が、たまたま神託カフェ『エデン』と書いた立て看板が気になった。
2階に上がってみたら、ごく普通のカフェだった。
ただ、あちこちのテーブルで占いのカードを広げて楽しそうに話している。
お客さんなのか、店員さんなのか、よくわからない人もいるな。
「神託って、何なんですか?」
「はい。タロットで神託をお伝えしています」
「それ、お願いできますか?」
別に占いに興味があった訳ではない。
ただ、あちこちの会社の経営者を兼任して忙しく生きるのがいいことなのか、分からなくなっていた。
「何を占いましょう? 恋愛関係とか、仕事関係とか」
「仕事ですね。今の仕事を続けていくのがいいのかどうか」
「どんな仕事をしているんですか?」
「それ言わないと占えないんですか?」
ちょっと説明するのが大変だから、簡単に占ってもらおうと思った。
「大丈夫ですよ。それでは今の仕事の運気を占いますね」
「それでお願いします」
どんな占い方をするのか興味を持っていたら、1枚だけカードを引いて表にした。
「あー。ちょっと良くない運気ですね。このカードは執着のカードでして。執着が仕事の運気を下げています」
「そうですか。執着ですか」
確かにあるな。なんだかんだ言って、頼まれて経営を手伝っている会社が多数ある。
本当にやりたかった創業した会社はもう会長になって直接経営していないし。
「どうです? 思い当たることありますか?」
「ありますね。しかし、多かれ少なかれ、長く生きていれば執着はありますよね」
「そうですね。ただ、それが運気にまで影響しているとなると別です」
なんとなく、それは自分でも感じていた。
あと2年で還暦になる。
サラリーマンと違って経営者には定年はない。
ずっとこのまま、経営者を続けていくということか。
「何か、他の道ってあるんでしょうか?」
「別の仕事をするというの?」
あー。
それは考えていなかったな。
もし、経営者をすっぱりと辞めたら何が起きるんだろう。
「では、もし、別の仕事をしたら、どうなるんでしようか?」
また1枚のカードを引いた。
「えっと。運命が回りだしますね」
「運命ですか?」
「ええ。このカードはラッキーカードとも呼んでいて、運気が一気にあがることを示唆しているんです」
「ほう」
本当かな。まぁ、占いだから、当たるも八卦、外れるも八卦の世界だからな。
「ほかに何か知りたいことはありますか?」
「そうですね。もし、別の仕事をするとしたら。どんな仕事がいいんでしょう」
また1枚カードを引いた。
「何も考えるな。って出ていますね」
「ええっ」
「もし、仕事を辞めたら、最初に誘われた仕事をするのが運命を変える鍵です」
結局、占いはそこまでにした。
何も決めずに経営者をやめる。
最初は冗談じゃない、と思っていた。
しかし、だんだんとそれもいいかと思い始めていた。
もっと、具体的なことを聞こうと思って神託カフェ『エデン』に行ったらやっていなかった。
翌日も行ってもやっていない。
「もしかしたら、辞めてしまったのか?」
お客さんがずいぶんいたから、潰れるとは思えないが。
気になりつつも、占いに頼るなってことかな、と思い直していた。
「たしかにしがらみだらけの今の仕事。執着だらけでもあるな」
還暦まであと2年。
もっと、自分がやりたいことがあるのかもしれない。
そのためには、今の経営者の仕事を全部、整理しないといけないな。
ひとつづつ後継者を決めて、引継ぎをしていたら半年があっという間に過ぎていった。
「とにかく。もう、経営者はやらないつもりです。だから、パラジウムカードは不要になるんです」
「ザンネンデスー。サビシイデス」
もうずいぶんと長い期間、パラジウムカードにはお世話になったからな。
支社長とも、ずいぶんと仲良くなっているから、たしかにつながりがなくなるのは寂しい気がするのは私も一緒だな。
だけど、経営者の仕事もすべて終わらせたんだから、パラジウムカードも解約しないとな。
「すみません。やっぱり解約してください」
「ジャー、コウシマショウ。パラジウムカードノコンシェルジュニナリマセンカ?」
「えっ」
いままで利用させてもらってきた、パラジウムカードのコンシェルジュ。
それを私がするなんてことは、ありえないだろう。
「シブカワシャチョーナラサイコウノコンシェルジュニナリマスー」
本気で誘っているのか?
冗談じゃないのか?
……最初に誘われた仕事……
えっ。
なんで今、その言葉を思い出すんだ?
経営者をやめるきっかけになった占いの言葉だな。
その後の言葉はなんだったかな。
……運命を変える鍵です……
そう、運命。
私の運命。
まだ、新しい運命が用意されているのか?
「分かりました。よろしくお願いします」
「オー、シブカワシャチョウ、ホントウデスカ」
こうして、新しいパラジウムカードのコンシェルジュが誕生することになった。
私が58歳の時だった。
それから1年半後の令和になった頃。
運命の輪が大きく動き出す男との出会いが起きた。
結局、あの時の占いは当たっていたということだな。
元、創業社長にして、パラコンシェルジュ、そして悠斗カンパニー社長。
不思議な経歴持ち渋川社長。
こんな理由があったらしい。




