第186話 わたし、七夕の奇跡を信じることにしたの
「あのね。悠斗さん。昨日、白山比め神社に参拝してきたの」
みゆちゃん?
「そう。金沢にある神社ね。菊理媛さまのとこ」
みゆちゃんがいる。
「知ってたかしら。菊理媛さまって、黄泉の国に行ったイザナミの女神さまとイザナギの男神さまの夫婦ケンカを止めた神様なの」
そうなのか。
「だから、黄泉と現世を括る神様だと言われているみたい。だから、菊理媛と書いてくくりひめって読むの」
なかなか神社に詳しくなったな、みゆちゃん。
「そのうえびっくりしたことがあって、ほら。徳島、佐那河内の嵯峨天一神社の神様。大白星神って書いてあったでしょう」
そうだな。
「あれは、太白星神が正しいんだって。占いの館で中国占星術の人に教えてもらったの。天一というのも中国の言葉なんだって」
そうなのか。
「で、太白星というのが、金星なんだって」
おおー、金星神さん。そこで会っていたのか。
「もうひとつ、面白い意見もあって。菊理媛さまも金星神じゃないかって」
そ、そうなのか。
「黄泉と現世をくくる神様。夜が空ける天空に輝く明けの明星。それが金星だから菊理媛だという人がいるの」
そうなのか。
「だから、みゆはね。昨日、金沢の白山比め神社にお願いしたの。明日の七夕に悠斗さんと会わせてくださいって」
ん? 七夕?
「だって、七夕は彦星と織姫が年に一度会える日でしょう。黄泉と現世を括っている菊理媛さまなら、悠斗さんを呼び戻してくれるかなって。それも七夕の日なら」
呼び戻すって。ここにいるだろう。
「悠斗さん。みゆ、寂しいの。悠斗さんのいない世界なんて」
だから、ここにいるだろう。
「ちゃんと言わなかったのが悪かったのかなってね」
なにをだ?
「悠斗さんとずっと一緒にいたいって。どこまでもついていくって」
それって、もしかして。
「みゆ、ちゃんと悠斗さんに言いたいの。自分の気持ちを」
分かってきたぞ。
きっと、金星神さんの計らいだな、これは。
俺がひとつだけ、やり残してきたこと。
みゆちゃんに俺の気持ちを伝えること。
たったひとつの残った、「やりたいこと」。
それをさせてくれるために、みゆちゃんと会わせてくれたのか。
「悠斗さんもちゃんと答えてね」
「そうだな」
「えっ」
「ちゃんと言葉にするぞ」
「ええーーーーーー」
大騒ぎになってしまった。
みゆちゃんがボタンを押したら、看護婦やら医師やらがわらわらと湧いてきた。
どこにそんなにいたんだ?
せっかくの、みゆちゃんとのふたりきりの時間を台無しにされてしまった。
それから俺はいろんな検査を受けた。
その間に状況把握した。
俺は令和元年の12月13日の未明にトラックに轢かれて重体意識不明になり、ずっと意識が戻らないままだった。
白い部屋の時間の流れは現世とは違うらしい。
今日は令和2年の7月7日の七夕。
半年以上も寝ていたということか。
検査が一通り終わって。
細かい結果はすぐには分からないが、まぁ、大丈夫らしいという結果になった。
「悠斗さん。約束だから、言わせてください」
「駄目だ」
「えっ、なんで?」
「こういうことは男が言うと決まっているんだ」
「えっ」
「みゆちゃん。俺と結婚してくれ」
「はい」
俺がやり残したこと。
それはクリアした。
みゆちゃんに本心を伝える。
しかし、その結果。
やりたいことが増えてしまった。
みゆちゃんと幸せな家庭を築きたい。
みゆちゃんとふたりの子供が欲しい。
ふたりで一緒に歳を重ねていきたい。
やり残しをクリアしたら、やりたいが増えた。
これが「やりたいを取り戻す」ってことなのかな。
おおーっ。生き戻ったぞー。
今日は七夕ですね。
お星さまに願い事をしてみませんか。
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