第169話 俺はみゆちゃんと作詞をしてみた
「わーい。悠斗さんとデート」
みゆちゃんが喜んでくれる。
たしかに、みゆちゃんとはいろんなところに行っているけど、カフェに入るのは初めてか。
こじんまりとしたカフェで、40歳くらいの女性が店主さんらしい。
「何にしようかな」
「パフェじゃないの?」
「うん。だけど、パフェも8種類もあるの。どれもおいしそうで迷っちゃう」
「俺はチーズケーキとコーヒーのセットで」
「あー、悠斗さん、選ぶの速すぎ」
そんなことを言いながらも、みゆちゃん楽しそうだ。
うん、これはデートかもしれない。
アイドル活動のこと、最近の俺のビジネスのこと。
気楽に話していると、ふたりが注文した物が運ばれてきた。
みゆちゃんは南国パフェ。
マンゴーやパパイヤとかの南国フルーツがたくさん盛ってある。
「うわー、すごいっ。インスタ映えしそう」
「インスタやってるの?」
「ううん。ブログだけ。ブログ用に写真撮らないと」
ハンドバックからスマホを取り出していて、撮影している。
「ん?」
俺の足元に紙が落ちているな。
さっきまでなかったと思うから、今、みゆちゃんが落としたのかな?
拾ってみると、かわいい丸文字で文章が書いてある。
タイトルが「逆上がり」になっている。
あ、これは歌の歌詞だな。
きっと。
小学生が逆上がりができなくて、苦労してできた話が書いてある。
「うーん。ちょっとインパクトに欠けるか」
「えっ、あっ、悠斗さん、見ちゃ駄目!」
みゆちゃんに紙を取り上げられてしまった。
「もしかして、読んじゃった?」
「ああ。全部読んだ」
「ええー。ひどーい」
「それ、歌詞だろ。みゆちゃんが書いたのか」
「そうよ。だけど下手なの。全然駄目」
「そうでもないぞ。できなくて辛い気持ちは伝わってきたぞ」
「本当?」
怒っていたみゆちゃんが恥ずかしそうだけど、嬉しそうな顔になった。
くるくると表情が変わるのも、みゆちゃんのかわいいところだな。
「だけど、ちょっとインパクトが弱いかな」
「そうなの。ありがちな話なの」
「それってみゆちゃんの体験かな」
「うん。私って子供のころからとろいの」
「そこがかわいいんだけどな」
「ええっ。そうなの?」
「だから人気が出ているじゃないか。なんでもできるアイドルもいれば、とろいアイドルもいる」
「うーん、とろいアイドルっていうのはちょっと嫌かも」
みゆちゃんと一緒に歌詞を考えてみた。
俺だって文章がうまい訳じゃない。
底辺作家の黒歴史は伊達じゃないからな。
「逆上がりで、がんばるってことを覚えた」
「うん。そうだな。しかし、本当にがんばることで幸せになったのか?」
俺は逆だな。
がんばらない生き方を選択した。
やりたくないことはできるだけしない。
限定的な幸せであってもいい。
がんばるじゃない生き方を選択していた。
「そうなのよね。がんばると苦しくなって。がんばって何かできるようになると、もっとがんばらなくちゃいけなくなって」
「そうなんだ。その歌詞を読んでいても、それを感じてしまってな」
あ、みゆちゃん黙ってしまった。
なんか言ってはいけないとことを言ってしまったのか。
「無理だと思うことも、がんばって、と言われてしまうとついがんばってしまって」
「そうだな」
「いつまでもがんばるばかりで楽しくなくなってきちゃう」
「それで、どうしたら楽しくなったんだ?」
「えっ、それは悠斗さん。悠斗さんが助けてくれるの」
「俺?」
そうかもしれないな。
みゆちゃんががんばって苦しくなると俺がやることを変えさせてきたのか。
「不思議なの。悠斗さんと一緒にやることはがんばらなくても楽しくなるの」
そうか。
俺が変えさせているのかもな。
俺のやりたくないことはしないって主義で。
「がんばるよりも大切なことがあるからな」
「やりたいを取り戻せ、か」
「ん? なんだ、それは?」
「あ、三輪山に登った後に私がつぶやいたみたいなの。やりたいを取り戻せって」
やりたいを取り戻せ、か。
今の俺は、たしかにそれで動いている気がするな。
がんばることよりも大切なことがある。
やりたいを取り戻せ!
その言葉がきっかけになって、新しい歌詞が完成した。
俺とみゆちゃんの共同創作で。




