第10話 俺は美女と楽しい時間を過ごした
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「ここなの。いいかしら?」
「いい感じの店だな」
高級で和風を感じさせる玄関。
藍色の大きな暖簾が看板替わりになっているな。
ドアは自動ドアではなく大きな木の扉だ。
「どうした。入らないのか?」
「こういうときはね。男性が扉を開けて女性を先に入れるのよ。レディーファーストね」
なるほど。
言われないとわからないが、その通りだろう。
「どうぞ」
「ありがとう」
美咲さんがにこっと笑ってくれた。
うわ、なんか嬉しいぞ。
店には個室もあるらしいが、今回はカウンター席だ。
ちっ、個室で攻略ルートはブロックされたな。
だから、恋愛ゲームじゃないって。
カウンターに隣り合って座るとき、和服の店員さんが椅子を引いてくれる。
それも自然にだ。
こういうとこに人手を使えるのが贅沢なんだな。
俺たちが座った席の前は、大きなまな板がある。
板前さんが包丁を使っている。
「あれ? 美咲さん。今日は年下の彼氏さんと一緒ですか?」
「ふふ。残念ながら違うわ。コーディネートのクライアントなの」
美咲さんは良くこの店を利用するらしい。
板長さんとも知り合いのようだ。
「いつものように、お任せで良いですか?」
「悠斗さん、どうします?」
「お任せでお願いします」
俺は、こんな店は初めてきた。
和風で落ち着いた雰囲気。楽しく語らい、楽しく食事する。
そのために、気配りがされている。
タイミング良く提供される料理。
冷たい物は冷たいまま。温かい物は温かいまま。
食べ終わると次の料理がスムーズに提供される。
「お酒はどうしますか? お勧めは白ワインです」
「それを頼む」
お勧めの銘柄の白ワインをボトルで頼んだ。
和食だから日本酒かなと思っていたが、白ワインがあうと言う。
かすかな酸味を感じさせる白ワインで、繊細な味の加賀料理に合っている。
美咲さんは、お造りのヒラメの刺身をひと切れ食べて白ワインを飲む。
あ、にんまりしたぞ。
蕩けるような顔って奴だな。
「おいしいわ」
「どれ。俺も試してみるか」
同じようにヒラメと白ワインを口に含む。
「おお~」
ワインと料理のマリアージュという言葉は知っていた。
しかし、それはグルメ漫画の中にだけあった。
味覚として感じたのはこの時が初めてだ。
おいしい料理は女性を喜ばせる。
それが表情を豊かにして、美しく輝かせる。
美咲さんの隣にいて、それを実感していた。
横にいる俺は美咲さんコーデの服一式を着ている。
「どうだ。俺はこの場で浮いたりしていないか?」
「素敵だわ。悠斗さんは高級な場に似合うわ」
本当だろうか。
もちろん、服や髪形はプロのチョイスだから心配はない。
しかし、中身の俺はその限りではない。
まぁ、考えても仕方ないから、美女とふたりで高級な場にいることを楽しむとするか。
料理は進んでいき、肉料理になった。
加賀のブランド牛である能登牛の希少部位、シャトーブリアンを使ったステーキ。
焼き方はちょっと炙ったくらいの感じのレアだ。
ひとくち、口に含むと甘い脂が口いっぱいに広がる。
「うまいな、これは」
「本当ね、とろけるぅ~」
この料理はお勧めが赤ワインだという。
グラスで出てきた、『オーパスワン』というワイン。
香りが豊かで、肉の強い味を包み込む感じ。
「たしかに、この肉にはこのワインだな」
驚きだ。
俺でもこの組み合わせは最高だと分かる。
ワインのことなど分からないと思っていたんだがな。
「悠斗さん。味の違いが分かる人なのね」
「そうかな」
美女に言われると、素直に信じてしまうな。
しかし、残念ながらこのステーキは3口くらいでなくなってしまった。
俺は、どどーんと、でかいステーキにして喰いたいと思う。
「いろんなおいしい物をちょっとづつ食べるのって、贅沢よね」
「こういうのもいいが、本音を言えばこの肉のでかいステーキだけも喰いたいな」
「うふふ。そういうのもいいわね」
今度、一緒にどうですか。って誘えば……できるはずがない。
仕事を離れて、うまいものを食べにいく誘い。
まだまだ俺には高すぎるハードルだ。
「ごちそうさま」
「ああ。ごちそうさま、だな」
デザート後のほうじ茶を飲み終わったら、食事は終わりだ。
あとは会計を残すのみ。
現金主義の俺だから、バックから100万円の札束を出す。
一万円札で20枚支払うと、お釣りが5400円。
「ごちそう様でした」
「ああ。俺の練習に付き合ってくれてありがとうな」
「とても楽しかったわ」
ニコニコとしている。
うん。ちょっと勇気を出してさそってみるか。
仕事かそうではないか。
あいまいに誘えばいいだろう。
「もし良かったら、なんだが。次もお願いできるかな」
「お食事よね。それなら、他の女性にした方がいいわ。必要なら手配しますわ」
あちゃ、断られてしまった。
下心が透けて見えたか。
「何事にもね、専門家はいるの。私はコーディネータでそれが必要になったら、また呼んでくださいね」
そうだった。
今夜の俺は、ただ贅沢を試しに来ただけなんだった。
付き合ってくれた美女との時間が、楽しかったからといってこだわることは必要ない。
きっと、たくさん贅沢があり、たくさん楽しい時間がある。
そして明日は、今、考えうる限りの最大の贅沢。
豪邸を現金買いすること。
それにチャレンジするぞ。
チート財布で恋人いない歴29年は解消するのか?




