駄作にも触れる
最近は遠出にも慣れてきた雪樹。
そんな遠出をした先で娯楽などにも触れたりしている様子。
本を買ったり映画を見たりなどをしているようではある。
とはいえ当たり外れはあるようで。
「なあ、映画や本の駄作のラインってどの辺りなんだ」
「また面白い事を聞いてくるわね」
「あくまでも個人の感性でしかないとは思うが、少し気になってな」
そんな雪樹も映画や本を読む事も気に入った様子。
そこで気になったのが世間的な評価のようで。
「駄作と言われている映画を見て面白いと思ってしまう事もあるんだが」
「それは別に変じゃないと思うわよ、あくまでもそこは個人の感性だもの」
「そもそも駄作の基準が分からん、何を以て駄作や名作と呼ぶんだ」
「うーん、それは難しいけど駄作にも触れておいた方がいいとは思うわよ」
「それはどういう理由でなんだ」
夏花が言う駄作にも触れた方がいいという言葉。
それは世間的な評価が高い作品にだけ触れても感性は培われないということ。
つまりはオタクは雑食みたいな意味である。
「駄作と言われていても面白いと思ったらそれは駄作ではないのではないか」
「それはその人にとってはね、何が面白いかなんて人によって違うんだから」
「だから駄作にも触れておけという事になるのか」
「結局は映画でも本でもそれを作っている人がいるという事なんだから」
「そうした人達の苦労もその作品の背後に見ておけという事でいいのか」
夏花曰く作っている人達の事も考えてみるといいとの事らしい。
どんな駄作にもその作品を面白くしようと努力する人がいる。
だからそんな努力をした上で世間的には駄作に認定されただけであるという事だ。
「まあ努力を否定するわけにもいかんからな」
「そういう事よ、どんな駄作でもそれを面白くしようと努力する人がいるの」
「ただ駄作には駄作の面白さがあると僕は思うがな」
「あら、言うじゃない、ならサメ映画をおすすめするわよ」
「サメ映画?なんでまた」
夏花が勧めるサメ映画。
割となんでもありだからこその面白さがあると本人は言う。
夏花は実はサメ映画が好きなのかと思ってしまう。
「なんにせよ言いたい事は分かった」
「そうそう、駄作って言われてるから駄作だとは限らないもの」
「その人にとっては面白いかもしれないという事でいいんだな」
「そうね、作品っていうのは評価された上で名作にも駄作にもなるのよ」
「評価はあとからついてくる、だな」
夏花の言う事も尤もである。
駄作にも名作にもなるのはその評価次第。
名作と言われる作品でもその人には合わないかもしれないからである。
「そういえばサメ映画とはどんな映画なんだ?」
「うーん、言うならば何をしても許されるみたいな映画ね」
「意味が分からん、サメは海の生き物だろう」
「サメ映画ってそういうものだもの」
「ますます意味が分からん」
夏花曰くサメ映画はなんでもありなのだという。
実はサメ映画が大好きなのだろうか、とも思ってしまう雪樹。
有名な映画よりマイナーな映画を好むのかもしれない。
「まあなんにせよ世間の評価を気にしすぎるなという事でいいな」
「そういう事ね、本でも映画でも世間の評価なんて当てにならないものよ」
「夏花が言うのならそうなのだろうな」
「昔は映画とかも散々見ていたからね」
「筋肉を愛するばかりでもないのか、そこはいい家の生まれだな」
なんにせよ夏花のそういう感性は育ちのよさを感じさせる。
それでもサメ映画についてはよく分からないままだった。
夏花の好みはよく分からないと雪樹は感じてしまっていた。
「とりあえずまた面白そうなものがあれば見てみるか」
「駄作と言われる作品にもその作品なりの魅力があるものだからね」
「夏花はひねくれているのか、世間的に評価されている作品は好まないのか」
「あら、作品の面白さは世間的な評価の通りとは限らないものよ」
「独特な感性と言うべきか、ひねくれていると言うべきか、人の好みは分からん」
マイナー映画を好むのもまた人の好みである。
レンタルビデオで聞いた事もないような作品をたくさん借りるタイプなのか。
なんにせよ夏花の趣味趣向はどこか少しズレているようである。
「また映画のリサーチだな」
「レンタルビデオなんかも探すと面白いわよ」
「夏花の趣向でそれを言われるとな、まあ探してみるが」
そんな夏花の経験が語る人の好み。
雪樹も異世界人だからなのか、趣味趣向は違う様子。
何を好きになるかは分からない。
仕事も忘れていない中娯楽についても勉強である。




