ラーメン屋の水餃子
雪樹もこっちの世界に馴染みつつあり、目的のために何かと見ている。
そんな中家賃の代わりに水餃子のタレを仕込むように言われている。
ラーメン屋なのに名物は水餃子、それは店主が元中国人という事もある。
つまり本場の味を出しているというわけなのだが。
「タレの仕込みは終わったぞ」
「どうもねー、それじゃまかないでお昼食べたら好きにしていいよ」
「分かった、適当に作ってくれ」
二郎の店の水餃子はちょっとした名物だ。
ラーメン関係の雑誌にも取り上げられ、水餃子が美味しいと遠くから来る人もいる。
「にしてもよ、なんで水餃子なんだよ?」
「元中国人にそれを聞くのはナンセンスだよ、樹希君」
「なぜだ?」
「中国では餃子と言ったら水餃子、焼き餃子は余り物なんだよね」
「それは知ってるっての、アタシが聞きたいのはなんであえて水餃子なのかだ」
二郎曰く日本に帰化して日本食大好き!でも餃子だけは譲れないという。
それにラーメン屋で美味しい水餃子を出せば珍しがられると思ったらしい。
なので大好きな日本文化の家系ラーメンをやって水餃子も出そうと思ったらしい。
「うちとしては餃子だけは譲れないのよね、だから水餃子なのさ」
「祖国の思い出か?」
「思い出なんてもんはないよ、30年前にこの国は自分には無理って思ったから」
「おっさん、何歳なんだよ、年齢だけは言わないよな」
「それよりほら、まかないの塩とんこつラーメンネギマシマシね」
ここのラーメンは家系では珍しい方の塩とんこつである。
二郎の経歴は分からないが、料理は得意というのは分かる。
本人曰く謎の元中国人とか面白いでしょ、という事らしいが。
「二郎は故郷を捨てたという事でいいのか?」
「そんなとこね、あの国にいても自分は駄目になると思ったし」
「おっさん、辛い過去でもあるのか?」
「あるっちゃあるわよ、でもそれは思い出さないようにしてる」
「こっちの世界も海を越えれば壮絶な世界が待っているのだな」
日本の平和が分かる二郎の言葉。
樹希もネットなどはやるので、その言葉の意味はなんとなく理解した様子。
雪樹はこの世界は広いのだなという事を感じ取った。
「故郷を捨てるほどの決意をさせる国というのは凄いのだな」
「今でも30年前の事は忘れられないわね、夢が物理的に破壊されたあの日が」
「それってもしかしてだけどよ」
「おっと、それ以上は言わないの、今のおじさんは愉快な謎の元中国人なんだから」
「それだけ悲しい事があった、という事か」
樹希も二郎のその言葉から何があったのかを察したようではあった。
こちらの世界の歴史などを知らない雪樹でもサングラスの奥にある目を見て分かった。
辛い過去を今でも忘れまいとする確固たるその目を。
「んで話を戻すけど、中国では水餃子が一般的、焼き餃子は余り物を焼いたものなのよ」
「でもこっちだと焼き餃子が一般的だろ?あえて出したのは分かったけどよ」
「やっぱり元中国人としては水餃子を出したいじゃない、美味しいし」
「美味しいのは確かだな、だがあえて挑戦したというのも面白い」
「それに水餃子とはいえ日本向けにしっかりアレンジしてんのよ」
中国では水餃子はおかずではなく主食である。
二郎も最初の頃は餃子で白米を食べる日本に驚いたらしい。
だがそれを見て日本向けにアレンジした、なのでラーメン屋のライスにもよく合うのだ。
「まあ確かに美味いよな、おっさんの水餃子、米が進むわ」
「でしょー、うちとしては変にえび餃子とかやらずにシンプルに水餃子!なのよ」
「皮がもちもちしているのもいいな、中の具もシンプルなのに美味しい」
「そりゃ本場を経験してる人の水餃子よ、なめてもらっちゃ困るわね」
「テイクアウトもやってるんだろ?商魂逞しいよな」
そんな二郎の水餃子は雑誌でも取り上げられ、ネットでも評判の味だ。
テイクアウトもやっているので、家庭でも食べられる。
二郎曰く水餃子もっと流行れ!と思っているらしい。
「ごちそうさま、美味かったぞ」
「はいよ、そんじゃまたこっちの世界のお勉強ね」
「辛い過去があるのに明るいよなぁ、このおっさんは」
二郎の過去をなんとなく見た雪樹。
樹希もそれにはあまり触れない方がいいのだと思った。
とはいえラーメン屋というのも雪樹にとっては勉強だ。
その設備などもしっかりと見ておく事にしているのだから。




