9.建国祭
迎えた建国祭の日の城は、朝からあちこち慌ただしかった。
リーアム様と今日の日程を最終確認している横で、夕刻からのパーティに備えて料理を出すテーブルが配置されたり、楽団が構えるスペースができていたり、どんどん様変わりしていく大ホールに目を丸くした。
そしてそのあとすぐに部屋に戻され、じっとしながら服を着替えさせられ化粧を施され、髪を結われている。
非常に暇である。
主催という立場になるためきちんとした格好をしなければいけないので仕方ないのだけど、みんなが忙しなく働いているのにじっとしているだけなのはなんとなく申し訳なくなる。
そしてお腹もすいた。だってコルセットを締めなければならないので、昼食はほとんど食べられなかったんだもの。
パーティの食事も当然食べる時間などないので、私は明日の朝までお腹をすかせたままとなる。正直とてもつらい。
そしてこの格好だと、髪型を崩したり、ドレスに皺をつけたりしないように、ずっと同じ姿勢を保ったままで待っていなければならないので、それもまた苦行なのだ。慣れているとはいえ、つらいものはつらかった。
「そろそろ時間だが、準備はできているか」
そう言ってリーアム様がようやく私室を訪れた時は歓喜した。ようやく動ける。
「もちろんです、すぐに参ります」
リーアム様に手を引かれて到着した会場、大ホールは既にセッティングし終わっていて、招待客も何人か来ているようだった。私たちは裏へと回り、刻限を待つことになった。
ふと、リーアム様がこちらをじっと見ていることに気づく。
「えっと……何かおかしなところでもありますか?」
「あ、いや……そういうわけでは、なく」
「本当ですか?」
なにか汚れがついているとか、化粧が崩れているとかであったら大変だ。どこかに鏡でもないだろうかときょろきょろと周りを見回す。
するとリーアム様は咳払いをしてから、少し私から目線を逸らして言った。
「……その、見蕩れていた。貴女があまりにも綺麗だから」
「……え」
「普段の貴女も可愛らしいが、着飾ると随分見違える」
予想外の、言葉だった。
綺麗だとか、可愛らしいとか。あの父親の美貌を受け継ぎそれを誉めそやされてきた私が、言われ慣れていないはずがなかった。
いつもみたいに笑ってありがとう、って、受け流して終わってしまえばそれでいいのに、言葉が出ない。端的に言えば、私は動揺していた。
私を見つめるリーアム様の瞳が、あまりにも真剣だったから。
……容姿を褒められて、素直に嬉しいと思えたのは、すごく久しぶりだった。
私を褒める男の人の多くは、王家と関わりを持ちたいとか、国一番の美姫(自分で言うのも変だけど)を手に入れることで男としてのステータスを得たいとか、そういう下心が見え透いていた。
でも、彼は違う。既に夫婦という関係になっている私をわざわざ口説くメリットは多分ない。だから多分、裏表のない本音なのだと思う。
褒め言葉って、こんなに心地よかったんだな。
美しくたって面倒くさいだけだと思っていた。政略結婚の便利な道具になるだけだと。着飾ることに興味も持てなかった。でも、リーアム様が褒めてくれるなら、可愛くしてもらった甲斐があったかも、なんて。少し思ってしまった。
「……結婚式のときも、ご覧になったでしょう」
「あの時も綺麗だと思った。だが今日は違った印象だな」
「色が違うと印象も変わるのでしょうか」
「そうだな、今度別のものを贈ろうか。また違う貴女も見てみたい」
まさかの追撃がきた。生真面目そうな彼から飛び出した言葉とは思えない。そして次は何色がいいかなとか、考えてしまっている私がいる。
斜め上に視線をやると、相変わらず仏頂面を崩さない彼が見えて、なんとなく少し悔しかった。ので、仕返しをすることにした。
「ふふ、嬉しいですけど、口説く時くらい、もう少し笑ってくださるともっと嬉しいです」
「くどっ……いや、そういうつもりでは」
無自覚なんですか。そして今更自分の発言の内容に気づいて赤面しないでください。可愛いと思ってしまったじゃないですか。
「リーアム様、私も初めてお会いしたときから素敵な方だと思っておりました」
「……冗談はよせ」
「本気で言ってますのに……今日の服装、私のドレスと色を合わせてくださってるんですね」
ドレスの色に合わせるということはつまり私の瞳の色にも合わせているということで。嬉しいです、と微笑めば、リーアム様は照れくさそうに頬をかいていた。
「……時間だ。行こうか」
その一言で、彼は一瞬で国王の顔になる。それを見て、私の気も自然と引き締まった。差し出された手に、自分の右手を載せ、開けられた扉からホール内へと足を進めた。




