17.陛下の長い夜
泣き疲れて眠ってしまったシャルロッテを抱えたまま、リーアムは寝室へと歩みを進めた。華奢なシャルロッテはとても軽く、少し心配になる。彼女を寝台に降ろそうとしたが、服を掴まれたままだったので、その手を外すことなく自分も一緒に寝台に横たわることにした。長い睫毛に残った雫を優しく指で拭き取り、頬に貼りついた髪を丁寧に剥がす。
美しく完成されているようで、未だあどけなさを残した寝顔を眺めながら思う。この華奢な身体に、一体今までどれだけのものを抱えてきたのだろうかと。
彼女が嫁いできてから、自分なりに彼女をよく見て、向き合ってきたつもりだった。だから、彼女の危うさやアンバランスさに気づけたのだと思っている。
16歳にしては物分りの良すぎるシャルロッテ。『ルインズの至宝』と呼ばれる、家族から愛され甘やかされて育った末の姫――そんな評判と実際に接した彼女の印象はかけ離れていた。
物を欲しがったり、我儘を言ったりしないことも、彼女を役割を演じる人形のように感じたことも、生い立ちを聞いた後なら全て合点がいった。
物分りがよく、賢く完璧な振る舞いの王女という仮面は、彼女の心を守るための鎧だったのだ。一連の事件について、全部一人で解決しようとしたことも、人を頼らないのではなく、頼れなかったのだ。彼女は彼女のために、一人で立たなければならなかったから。
シャルロッテがそうあることができたのは、偏に彼女の優秀さ故であるし、たった一人でそうしてきた彼女はとても強い人だと、心から尊敬した。
けれど、同時に哀れだとも思った。心を許せる人間もおらず、ずっと心に鎧を纏ったまま生きていくのは、どれだけ孤独だろうかと。
それに、言葉は何より手強い武器だ。幾ら鎧を纏い気にしないようにしても、防げない。特に悪意という毒を孕んだ言葉は、ふとした瞬間に内部に侵入してきては心を蝕んでいく。長く政治に携わってきたリーアムは、それをよく知っていた。
この国には学校があり、誰であっても教育を受けることができる。そこで優秀な成績を残せば、領主や役人の養子になれたり、要職に就いたりもできる。親を失い亡命してきたリーアムも、学校で全てを学んだ。優秀だったために前王の側近として選ばれ、やがて、子のいなかった前王の後継者として指名された。
人間ほど厳しい身分制度はないにしろ、身元のしっかりしない者が王になることへの反発は多く、当初は敵が多かった。いろいろと邪魔もされた。それでもやってこれたのは、信頼できる部下がいたからだ。
だから、今度は自分が、シャルロッテにとっての、そんな存在になりたいと思ったのだった。
無防備に眠るシャルロッテの頬を撫でる。そこにはまだ涙の跡が残っていて。泣き方すら忘れたと言った彼女が、自分の腕の中で泣いてくれたことを嬉しく思う。同時に、二度と彼女が泣かなくてもいいように、どんな悪意からも自分が守ろうと決意を固める。
シャルロッテに対して、だんだんと政略結婚の相手に思う以上の感情を抱き始めていることを、リーアムも自覚していた。そして、彼女が少しずつ、けれど確実に心を開いてくれていることも。
「シャルロッテ」
彼女の名を呼ぶ声に、熱が篭もる。
離れないで、とでも言うように自分の服を掴んでいる姿も、愛おしいと思う。
「貴女は絶対に、もう誰にも傷つけさせない」
そう宣言して静かに額に口付けた。
僅かに身じろいだシャルロッテを、そのまま抱きしめる。
……今は、ここまで。その先に進む時、彼女はどんな可愛らしい表情を見せてくれるだろうか。その瞬間が、楽しみだと思った。だから、そのときが来るまで、とっておこうと思う。それに、彼女のことは、硝子細工を扱うように、大事に、大切にしたかった。
蝋燭を消し、彼女が身体を冷やさないよう、毛布をかける。瞼を伏せれば、人肌の暖かさに眠気がすぐに襲ってきて、リーアムは微睡みに落ちていった。




