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14.対峙

「……こんなこと、もう、やめませんか」

「どうして!? 前はあなたも同じように言っていたじゃない。人間なんて信用できないって」

「でも、あの方は横暴なことなんて一度もなされなかった」

「それでも裏で何を考えているかなんてわかりっこないわ」

「楽しそうなお話をしているのね。私も混ぜてくれないかしら」


 城の中庭で言い合いをする、二人の女性。話の内容からも、私が探していた二人に間違いはなかった。


 にっこりと王女……王妃スマイルを湛えながら突然会話に割り込んできた人物、つまり私を視認すると、二人は明らかに狼狽えた。


「まずは……素敵なお手紙をどうもありがとう、エミリア様」


 お茶会で話をしたご令嬢たちも、皆私に好意的だった。でも、そんなに簡単にいかないことくらい、わかっていた。表面上では友好的でも、本当のところは私にはわからない。


 だって彼女は、笑顔で私に恋愛小説をおすすめしてくれた、あの子だ。


 じっと彼女を見据えると、彼女はきっと睨み返してきた。


「なんのことでしょうか」

「こちらのお手紙、差出人は貴女ではなくて?」

「覚えがございません。証拠はあるのですか? いくら王妃陛下とはいえ、証拠もなく罰することはできませんでしょう」

「証拠ならあるわ。……クリスタ」

「はい」


 クリスタに命じて手渡されたのは、あの花柄の便箋と、お茶会の招待状。


「文字というのは、書く者によって癖があります」


 私が送った招待状は、ご招待ありがとうございます、出席させていただきます、と書かれて戻ってきていた。勿論、彼女の直筆で。


「筆跡を見れば、同一人物が書いたものだというのははっきりしてしまうのですよ。これを筆跡鑑定に出せば、明確な証拠となりますわ」


 私に送られてきた手紙と、招待状の返信。誰が見ても明らかなくらい、筆跡は似通っていた。だから、脅迫のお手紙は直筆で書いちゃいけないのだ。


 彼女までたどり着くのは、そう難しくはなかった。というか、言ってしまえばすごく簡単だった。


 まず、手紙には封蝋がない。外部から郵便を介して届いたものであれば必ず封蝋がしてある。つまり、これは誰かの手で直接私の部屋に置かれたものだ。


 そして、手紙が置かれるのは決まって私が昼食で部屋を開けるとき。私の昼食の間に女官が私の部屋の清掃を行うことになっているから、清掃担当の女官のシフトを調べた。


 手紙が置かれる日のシフトはいつも同じ。リーナという女官だった。それが、今エミリア嬢の横にいる彼女だ。


 だけど、手紙の筆跡は彼女の筆跡とは違った。手紙を置いたのは彼女でほぼ間違いないけど、差出人は別にいる。


 私はアンナを信用している。私に敵意のある人物を私の部屋の清掃担当にしたりはしないはずだ。だから、リーナは誰かの指示でやっているだろうことはわかった。彼女が逆らえない相手……つまり、身分の高い人とか、弱味を握られているとか。


 加えて、お茶会をした次の日に、お茶会のことが話題に出てきたりとか、私の生活に合わせたリアルタイムなお手紙だ。城によく出入りする人間がまず候補に挙がる。


 その中から、一番条件に合致したのが、エミリア嬢で、お茶会の招待状の返信の筆跡を見てみたら正解だったというだけの話だった。


 エミリア嬢は宰相閣下の養女だ。幼い頃に人間の迫害から逃れ、この国に亡命してきた。エミリア嬢の父親が宰相閣下の知り合いだったことから養女となったらしい。人間である私を憎む動機としては十分。


 あとはリーナとの関係だ。どうやらリーナの妹が宰相閣下のお家でメイドとして働いているらしい。彼女は妹の立場を考えて、逆らえなかったのだろう。


「リーナ、これを私の部屋に置いたのは貴女ですね?」

「はい」

「ドレスを破いたのも?」

「……はい。本当に、申し訳ありませんでした。罰ならなんでもお受け致します」


 素直に認めたリーナとは対照的に、エミリア嬢は、相変わらず私を睨みつけている。もしかしたら、彼女は本当は隠す気すらなかったのかもしれない。私がこれで彼女を罰すれば、私に反感を持つ層はより一層反発する。それこそが狙いだったのかもしれないと、今更ながら思う。


「安心してください。私はあなたたちを罰するつもりも、これを公開する気もないわ。こちらにも事情というものがあるので、王妃をやめることはできませんが」

「それじゃ意味が無いのよ!!」


 私を睨みつけながらも、冷静な態度を崩さなかった彼女が、初めて声を荒らげた。はて、と首を傾げる。彼女の目的がよくわからない。


「人間の妃なんて、しかも政略結婚だなんて、陛下が幸せになれるわけがない」


 ……ああ、なるほど。これは最初の勘が当たってしまったやつだな、と思った。


「陛下が幸せになれるなら、妃になるのが私じゃなくてもよかった、でも、よりによって、どうして貴女なの」


 やっぱりいるじゃん、と思った。リーアム様に恋い焦がれる女性。しかもこんなに近くに。あの人ちょっと鈍感なんじゃないかしら。エミリア嬢が少し可哀想になる。


「ルインズの王女である私なら、陛下のお役に立てるわ。この国を発展させるための手助けができる。それでは不十分だと?」

「よくもぬけぬけとそんなことが……!」


 なんだかよくわからないけれど、説得のための言葉が彼女の逆鱗に触れてしまったようだった。冷静さを失った彼女の平手が、飛んでくる。


 と、思ったのだけど。


「やめろ、エミリア嬢」


 それを止めたのは、他でもない国王陛下、リーアム様だった。





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