打上花火_1
別に読んでも読まなくてもいい話だよ。
「し~君、朝ごはん冷めちゃったよ? お~い、いつまで寝てる気? もう11時だぞー。おーい!」
「ん~……。あと5分……。」
あれから2週間ほど――ようやくこの家での生活にも慣れてきた。
いや、もはや怠けてきたという方が正しい。
そう、アスとナツの一件を解決した俺たちは、思いがけない報酬を得ることになったのがそもそもの始まりなのだ。
「シーヴさん、アンタ達には本当に世話になった。
どれだけ礼を尽くしても返すことができないでの。
そこでもしよければだが、アスの住んでいたあの家を使ってはもらえないか?
家は誰かが住まう為にある、ヒトがいなければ痛み朽ちるのも早くなる。
あげることは出来なんだが、自由に使っていただければ、それだけで良い。」
チトさんはアスの住んでいたあの家を自由に使って良いという。
それは身に余る程の報酬――言うなれば棚から空き家。
アスとナツの家は少しケズバロンからは遠いけれど、家具などもほとんど揃っているし、宿代を考えればダバを借りて生活を送る方がよっぽど経済的だった。
家を貸してもらえたことで、宿代を気にする必要もボーラさんに迷惑をかけることもない。
ベッドももう一つ用意した。
そう、これで俺はようやくファラと同じベッドで寝ずに済む。
そう思うとなんだかさみしい――いや、俺はせいせいした。うん。せいせいした。
そんなこんなで今日も今日とて叩き起こされ、ファラママの作った朝食をおいしく頂く。
「おい! これ冷めてるぞ! いつ作ったんだ?」
「はぁ? アンタが昼まで寝てるからでしょーが!」
「んあ? そう、ですね……。」
あれ……。
なんか俺、夏休みを自堕落に過ごす学生みたいになってる?
もしかしてやばい?
そして今日も今日とて変わらず、外ではクソモグリブタザルが尻を叩いている。
「アホーっ!! シーヴ!! アホッアホッ!! ヘッ! パンッ! アホッ! シーヴ! ヘッ!!」
俺も気紛れで一度餌を与えてみたらすぐに懐いてしまったのだが、慣れてくると案外かわいいことに気付いた。
それからは毎朝、欠かさず餌を与えているという訳だ。
名前も付けた、その名も――パトラッシュ。
へへっ、愛くるしくも凛々しいあの子には、ぴったりの名前だろ?
最近は俺の名前も覚えたようで、こちらに気付くと名前を呼んで嬉しそうに近づいてくる。
それがかわいくて、ついつい毎朝カーテンから顔を覗かせてしまうんだっ。へへっ。
「シーヴ! アホッ!! へッ!! パンッ!! シーヴ!!」
自堕落なニートのように冷めた朝食を食べ終え、蝉の鳴き声とともに昼前の気持ちい~い日差しを全身に浴びながら郵便受けを覗くと、一枚のチラシが入っていた。
やたら凝った艶やかなチラシ、凄い目立つ。
一体なんだろうか?
俺は早速その内容を読んでみることにした。
***
~ ケズバロン大花火大会のお知らせ ~
皆さんお待ちかね、今年もやってきました!
ケズバロン大花火大会!!
およそひと月にわたって夜空を彩る満開の花火、初日はなんと8万発の大盤振る舞い!!!!
出店の屋台も年々モリモリパワーアップッ!!!
是非ご家族でっ! カップルでっ! お友達とっ! こぞってお越しくださいっ!!
開催期間 4/10~5/5
打ち上げ開始時間 17:00
フィナーレ 21:40~22:00
~ ケズバロンイベント運営団体 ~
***
それは丁度今日――4月10日の夜から始まるという毎年恒例のお祭りらしい。
花火大会か、初日の8万発ってどのくらい凄いんだろうか? 見てみたい。
初日はきっとすごいヒトが来るんだろうな。
お祭りの雰囲気――いいねぇ~。
思い出すだけでワクワクする。
花火、なんだかとても懐かしい気がするし。
ずっとずっと、昔のことのようだ。
久しぶりのイベントに浮かれながら、俺は早速ファラに声をかけようと思いウキウキと玄関を潜ると、ファラはソファに仰向けに寝っ転がってカップアイスを黙々と食べていた。
最近はコイツも大概こんな感じだ。
「なあ、今夜暇ならケズバロンの花火大会いかないか?」
「え? 花火? それって美味しいもの?」
ガクッ。
「いや食いもんじゃなくて……。もっといいモノだよ。てか知らないのか花火。ほらこれ、チラシ。」
そういってチラシを渡したが、真顔で数秒サラッと見た程度ですぐ突き返されてしまった。
これがまたいかにも興味無さそうに右から左へ流れる感じでちょっと癇に障る。
「なんだ~食べられないなら興味ないかな~。なんかすっごいヒト来そうだし。」
「あ、そうか……。そうだな……。」
あいやぁ、失敗した――嘘でも食い物って事にしとけばよかったのか?
もういっそ一人で行くか――いや、ないな。絶対寂しい思いするもん。
今から誘えるようなヒト、近くにいないことはないが……。
アスとナツは多分、一緒に行ったら疲れそうだ。乳ウシ的に……。
こういう時、スマホがあればな、メノさんとか誘えたんだろうな。
そしてやっぱりもうファラしかいないのだ。
トホホの助……。そろそろ友達欲しいのら、俺……。
というかコイツそんなにヒトゴミ嫌いだったっけか?
「ファラ。多分だけど、美味しい食べ物の屋台とか沢山あるからさ。一緒に行こうよ、どーせ暇だろ。」
「屋台の食べ物なんていっつも食べてるじゃない。ねぇ、しー君。そんなにアタシと行きたいの? なんで?」
「なんでって、こーゆーお祭りは一人で行くのは寂しいもんなんだよ。友達とか、恋人とか、家族とかと行くもんだからな。」
「なら行かなきゃいいのに。」
あんだとこの野郎? なんか今日のコイツすげえ嫌な奴で面倒くさいぞ。
「なんだよその言い方。じゃあもういいよ。腹立つなあ。」
そろそろアニーク樹海に放り込むか。もうそうするか。
あぁそうしよう。チーさんにはテキトーに「ダバに踏まれて死んだ」とか言っとけばいいや。
「うそうそ、行こ。アタシ花火大会って話にしか聞いたことないんだ。
浴衣とか着るんでしょ? アタシ村の子の御下がり持ってるよ。」
んだコイツー……。花火知ってんじゃねーかっ。
不満げだったファラは一転「よっこらせいっ」と陽気に立ち上がると、カップアイスのスプーンを咥えながら嬉しそうに喋り始めた。
だがもうお前とは行かねーよ。
「いいよもう。行きたいなら一人で行ってこいよ。」
「もー冗談だってば、そんな怒んないでよ。ほら、一口あげるから。」
そういってカップのヴァニラアイスを差し出されるが。
「いらねーよ。」
当然俺は顔をそむけた。
お前じゃねんだから、そんな安い手には乗らねぇよ。たくっ。
「もう、釣れないなぁ。今夜でしょ?
ここからケズバロンだと2時間ちょっとは掛かるから、出発するなら14時頃ね。
さっそく準備しよ~っと。し~くんとはなび~。し~くんとはなび~。」
準備って、まだ昼前――ってそうか、もう12時になるのか。
やべーな、いよいよ俺寝すぎだな。
そうして俺が怠惰な日々に絶望していると、ご機嫌な蝶になったファラは歌を歌いながら奥の部屋へ入って行った。
「なんだかなぁ……。」
まぁいいや。どのみち一人で行くにはハードルが高かったんだ。
それに誘ったのは俺の方だしな、さてと。
ダバの用意などやることはいくつかあるが、14時に出るとしても微妙に時間がある。
折角だからアスやナツにも声をかけてみるか。
「ちょっと出かけてくる~。」
俺が声を出すと扉が少し開き、ファラが右手で敬礼をしながら、ひょっこりと顔をのぞかせた。
「あ、村に行くなら食材の調達もおねがいしますよ、軍曹どのっ!」
「はいよー。テキトーに買ってくるであります~ファララ二等兵どの~。」
本当に他愛もないそんな会話の後、俺はパトラッシュのご飯を持って外へ出た。
パトラッシュはお尻を叩き疲れたようで、暖かな陽だまりの中、丸くなって気持ちよさそうに眠っている。
ふふっ。
「パトラッシュー、パトラーッシュ! シャッシャッ! おいでっ! パトラッシュ!」
「んん~……。くぅん~……。」
俺の声にピクッと反応すると、眠そうに毛むくじゃらな前足でまんまるなおめめをこすった。
そして薄っすらとその目を開いてこちらに気付いた瞬間、大喜びで尻をパシパシと叩き始めるのだった。
「ヘッ?! シーヴ!! シーヴシーヴ!!」
くぅ~! かわい~いっ!!
「アホ! アホアホ! パンパンパンパン!!!」
凄まじい叩きっぷりだ!!
「よ~しよしよし。いい子だぁ~。よ~しよしよし。そぉら! ご飯だぞっパトラッシュ!!」
「シーヴ! パンっ! アホシーヴアホ!! ヘッ! アホッ! ヘッ! パンパン!!」
寝起きだというのに、パトラッシュはそれはもう嬉しそうにお尻を叩きながら跳ね回る。
あははっ! かわいいなぁパトラッシュ! もうすっかり家族の一員だぁ! ははっ!
「ん……?」
ふと視線を感じて家の方に目をやると――窓越しに見えたのは、軽蔑するような目を向けるファラの顔だった。
俺と目が合った途端、シャッと勢いよくカーテンが引かれるのが見えた。
「なんなの? アイツ。感じ悪いっ。」
そうなんだ、ファラは何でかパトラッシュの事が嫌いらしい。
俺と遊んでいるところを見ると、いっつもあぁして嫌そうな顔をするんだ。
パトラッシュ、こんなにかわいいのになぁ。ちぇっ。
あ、ひょっとして……! ははぁ~ん? そういうことだったのかぁ?
俺がパトラッシュとばっかり遊んでいるからヤキモチ焼いてるんだなぁ?!
「パトラッシュ! お手!」
「アホッ!」
「パトラッシュ! おすわり!」
「アホッ!」
「パトラッシュ! ぶーぶー!!」
「ヘッ! ぷぅ~。」
「よし。だいぶ芸も覚えてきたぞぉ。よ~しよ~しよしよし~。いいこいいこ~。」
「ア――アホ~……。ぷぅ~……。」
「ふふふっ。寝ちゃっ――た……。」
そうしてワシワシと頭を撫でていたら気持ちがよかったのか、ウトウトと眠ってしまった。
こんなに無邪気で可愛いなんて最初は思わなかったけど、ペットって、いいもんだなっ!
さて、そろそろ行こっかな!




