Beyond Belief
「あのなぁ……、ハンターさん。
あのような奇跡が使えるのなら、最初からそう言ってくれれば良かったものを。
儂は何のためにあんな思いをしたんじゃろうて。」
ナツが目を覚まして一週間――チトさんの元を久しぶりに訪れた。
あの甘ったるいアイスを食べながら、俺はナツの横たわるベッドの脇の椅子に腰掛けてチトさんと話をしている。
「その事については、本当にすみません。
けれどきっと、大切なことだったんです。きっと、それが一番。」
「おまえさんにとってはな……。まったく、寿命が10年は縮まったわい……。」
「大丈夫ですよ、少なくともあと10年は伸びたでしょう? それで相殺されましたよきっと。」
「若僧が、軽口をたたきよって。」
柄にも無くチトさんとそんなやり取りをしながら双子を見ていた。
ベッドに横たわるナツ。その傍にはアスが。
2人は楽しそうに話をして笑っていた。
ファラがその傍で腐ットリとした表情をしているのが気にはなるが――
「見ての通り、ナツは少しずつ良くなっている。
まだ歩くことは暫くできなさそうだが、もうじきベッドから起き上がれるようにはなるだろう。
なにはともあれ、シーヴさん、本当にありがとうございました。」
そうして突然深々と頭を下げるチトさんに、俺は驚いた。
「いやいやそんな、俺のした事なんて大したことじゃないんです。
それに今回の件は、双子の想いがもしバラバラだったら、きっと上手くいきません。
想いが一つじゃなければアス君は戻れなかった。想いが一つじゃなければナツ君は戻れなかった。」
決して謙遜じゃない。
これは事実だ。確信が無ければ、俺には何も出来なかった。
「そうだの。あの子らの想いが一つだったから、きっと儂も戻ってこれたんじゃろうな。」
「はい。俺なんて全然、何にもできてないのと同じですよ。」
ふぅ――と、ため息をつくチトさん。
その顔は何か肩の荷が下りたような、そんな安らかな表情だった。
「シーヴさん、アンタの自己評価の低さがどこから来るものなのかは解りませんがな、もっと自信を持っていいと儂は思うでの。
アンタはどうやら、ヒトを頼ることも知っている。それにアンタが思うよりもアンタは勇敢だ。
ヒトを助けることに躊躇いがない。それがたとえ自分が傷つく結果になったとしても。
だから自信を持ちなされ。アンタにはそれに見合う強い心と信念がある。」
「……。」
もっと自信を持って良い――か……。
つまり、俺はオレ自身の行いを誇って良いってことなんだろう……。
そういえばメノさんにも以前同じことを言われた気がするな……。
そしてチトさんはそう言うけれど――けれど本当に、大したことはしてないんだ。
思い返してみても、今回の俺はチトさんに圧倒されて、一度は逃げ出しそうになった。
つまり結局、俺一人だけでは、今回の件はどうにも出来なかったのだ。
「……。」
「もし――それが難しいというのなら、そうだな――」
俺が冷静に自己評価を始めたところで、チトさんはふいに考え込むように視線を床に落とし、そうかと思うとファラの方を見ながら頷くのだった。
難しいというのなら――一体、なんだろうか……。
「あの娘に――あの娘に見合うパートナーとなれるように、努めることだ。
もしアンタが一人前なら――足手まといは嫌だろう?」
「え――」
驚いた。
そして、唖然とした。
足手まとい――か……。
俺はずっと勘違いをしていたのかもしれない。
これは、ファラの母親を探す旅だ。
だから俺はファラの保護者のような感覚でいた。
けれど確かに、守られていたのはいつも俺の方だ。
ファラはいつも俺を想い、そして助けてくれていた。
俺のパートナーとして――
「そう、ですね……。」
それなら俺は、ファラのパートナーとして強くありたい。
強くなりたい。そう思う。
俺にやれるのだろうか……。やれるのか――
やれるのか?
「はい。」
チトさんの目を真っ直ぐ見て俺が答えると、再びチトさんはゆっくりと笑顔で頷いた。
――そうそう、驚くことはまだある。
あの一件の後、アスの顔からは黒印が消えた。
そして――
「キャーーーーーー!! 2人揃うと格別に萌えるわーーーーーーー!!
弟ちゃんもすっごいかわいい~~~~~!! これは捗る!! 妄想が捗るわ~~~~~!!」
「あ! おい乳ウシ!! 弟者に抱き着くな!! その薄汚い巨乳を弟者の顔に擦り付けるな!!」
「いやいいよ兄者。僕は、これで、いい。ムフフ……。むしろ、これが、いい。ムフフ…ムフフ……。」
弟者、本当にムッツリだ……。
アスの業苦は消えた。
それによりアスは感情を取り戻した。
そしてナツは眠りから覚めた。
けれど長年眠り続けたため、体力は落ち、まだ立ち上がる事も出来ない。
さらに、感情を表現する力が僅かに衰えていた。
いまはアスとチトさんが懸命にリハビリに努めているという。
そしてナツの奇跡は、アスの業苦が消えると同時に失われた。
そう、左目の下の痣が消えたのだ。
これでいよいよ、あの双子を見分ける術はなくなってしまったというわけだ。
ナツの奇跡はきっと、この時の為に有ったのだろう。
2人がお互いを信じあい、手を取り合えるように。
半人前の2人が、一人前でいられるように。
アスの業苦はもう無い。
きっと業苦には、打ち勝つことができる。
それは決して簡単な道のりではないのだろう。
逃げ出すことよりも、死ぬことよりも、ずっとずっと過酷で険しい道のり。
決して一人では抜け出すことのできない巨大な迷宮。
業苦とは何なのだろうか――
ファラの顔の黒印も、いつかは消える日が来るのだろうか。
俺の奇跡は一体なんの為に、誰のためにあるのだろうか。
この旅の終わりに待つもの、それは一体なんだろうか。
その時ファラは笑っているだろうか。
俺は、笑っているのだろうか――
「……。」
そんなの、考えるまでもない。
俺たちは笑っているよ。
なぁファラ、そうだよな。
「キャーーーーー!2人揃うと抱き心地が違うわ!!
これはアレよ!! そう! ヒトをダメにする! ヒトをダメにする双子なのよ!!
売れる! これは絶対に売れるわ! 脳内変換腐ィルターーーー!! ムッハーーーーー!!」
「ほっほっほっ、それなっ? それなっ?」
「コラやめろ乳ウシ! 巻き込むな! 僕を巻き込むな!!」
「ムフフ。ムフフ。ムフフ。ムフフ。ムフフ。ムフフ。」
「た! たすけて!! シーヴさん!!」
ふとアスと目が合った。
…思わず目を逸らす。
すまん、俺にしてやれることは何もない。
チトさんは笑った。
会った時は少し怖い顔をしていたチトさん。
張りつめて、張りつめて、張りつめて。
でも本当は、きっとこんな素敵な笑顔のヒトだったんだろう。
もう大丈夫だ。
この双子も、チトさんも。
きっともう大丈夫だろう。
このやかましく、陽気で騒々しい光景を見て、俺はそう思った。
太陽が、高く、高く、昇る。
ファラの話では、どうやらこれからもっと暑くなるらしい。
その熱を待ちわびるように、この家は温度を上げていく。
さて、そろそろ俺たちも行こうか。
まだ見ぬ明日を、あの夏を迎えに――
そしてここまでがチュートリアルという絶望。




