In Circles_6
「おっかわりぃ~!! あれ――ねぇ、もうなくなっちゃった!
アタシ、もっと飲みたかったのに……。だれ! こんなに飲んだの!!」
お前だウシ。あと飲むって言うな。
相も変わらずこいつは……、遠慮と言うものを知らないのか。
俺たちは時間を忘れ、談笑しながら楽しく食べていた。
ガン爺のこと。
タケ=ダシンゲンのこと。
そしてまたガン爺のこと……。
そしてまたタケ=ダシンゲンさんのこと……。
そして気付いた頃にはファラにテーブルの上の鍋のカレーを飲み尽くされていた。
「すごいの。まるで手品みたいじゃ。」
「はい。あれがファラさんの唯一の特技です。」
祝、第三者から大食いを唯一の特技と断言された記念日。
かくしてウマモンのスペシャルマジックショーは幕を閉じた。
「さて、ナツ。儂は少しやることがある、皿を洗ってくれんかの。」
そう言いながら食器を片付け始めたチトさんと目が合った。
俺の皿にはまだ少し甘口のカレーが残っていたが、チトさんはその皿にも手を掛ける。
「もう、よいかな。」
「はい。」
食べかけの俺の皿を自分の皿に重ねる。
心の準備はいいか――そう聞かれた気がした。
緊張で胸の奥がざわつく。
鼓動の度に、大丈夫、大丈夫、大丈夫――
何度も言い聞かせる。
「あ、アタシも手伝うわ。ナツ君、一緒に洗い物片付けようね。」
そしてファラはこういう時サポートに回るのがやけに上手い、改めて感心する。
尤も、あまり手放しで褒めたくはないのだが――
その後2人が談笑しながら一緒に洗い物を片付けている間に、チトさんは奥の部屋で扉の錠を一つずつ丁寧に解いていく。
俺はそれを後ろで静かに見ていた。
それは、この小さな老人にしか外すことのできない、錠前――
「お前さんに何ができるのかは知らんが、信じてもよいのだな。」
「はい。必ず上手くいきます。
それはギルドにあの依頼書が届いた時点で、既に決まっていたことですので。
ただその為には、今も眠り続けるあの子の力が必要不可欠なんです。」
そしてチトさん、アナタの力も――
チトさんは静かに話を聞きながら、無数の鍵の束で淡々と錠を解き終えた。
そして扉のノブに、そっと手を掛ける。
「……。」
しかしどれだけ待っても、扉は開かれなかった。
時間が止まった様に静かになったチトさんがゆっくりとノブから手を放すと、俺に背を向けたまま、扉に浮かび上がる自分の小さな影に向かって、静かに語り始めた。
「あのファラと言う少女。あの娘は強いの。本当に強い。
儂はずっと、自分の行いの正しさを信じてきた。
アスがおかしくなってしまったあの日、言い訳をせずにそれを背負うことを受け入れた。
決して儂は言い訳をしない、だから儂は正しいのだと。そう信じてきたのだ。
それは紛れもなく、儂の言い訳だったんじゃな。
儂はこんなに老いてなお、自分の弱さを知らなかった。
あんな若い娘にそれを突き付けられるとは、正直思わなんだ。」
そうして、少しの間があった。
考えるように、思いついたように、チトさんの背中は、うな垂れたままポツポツと喋り続ける。
「のぉ、ハンター。あの娘の強さは、一体どこから来ているのだろうな。
あの娘の勇気は、一体なにと闘っているのだろうな。
あの娘の業苦は、一体どれだけの想いを抱えているのだろうな。
あの娘は強い。本当に強い。しかしその強さが、儂には危うく見える。
ハンター、最後にひとつ、答えてほしい。
あの娘との旅の果てに待つものが、もしそれが暗く閉ざされた運命だとして――」
背を向けて微動だにしないままに、俺はあの老人の、あの目に睨まれた気がした。
そして再び「何か」が大きく膨れ上がるのを感じた。
「キミにはそれを受け入れる覚悟があるのか?」
来た――
この重さ――
この暗さだ――
チトさんは背を向けたまま、再び黒く深く大きな怨念を纏い始める。
けれど俺は、負けない――ここで引いたら、きっとこの扉は開かれない……。
永遠に、永久に、生涯開かれることはなくなるかもしれない。
覚悟……。覚悟って……。覚悟とは何だろうか――
ファラ――
ふと思い出す。
ー 俺に任せろ。 ー
そう言ったあの時、優しく微笑んだファラを。
ファラは俺を信じてくれた。
頼ってくれた。預けてくれた。委ねてくれた。
その想いを、その願いを、その強さを、その勇気を。
俺に、託してくれた――
「一人前の、覚悟だろ……。」
ライラの一件を思い出しながら、俺はふいに呟いていた。
俺も早く、追いつきたいんだ――
ー 無理、しないでね。 ー
あぁ、わかってる。
無理なことは一つもない、大丈夫。
無理なことなんて、何一つないんだ。
「――はい。覚悟とかそんなものは正直よく解りませんが、俺はファラの全てを受け入れられる。
だってもう、ファラが俺を信じてくれてる。だから俺はファラを全面的に信頼できる。
ファラが信じてくれるなら、俺はファラの想いを受け止められる。
そしてそれがきっと俺なりの覚悟です。こんなお粗末な答えで、納得していただけますか。」
少しの沈黙、けれど今はもう怖くなかった。
そしてチトさんの小さな背中は、そっと静かに頷く。
それは今にして思えば、なにか老人の遠い昔を思い出すような、そんなもどかしい沈黙だった。
俺の言葉にチトさんは何も語らず、再び扉のノブにしっかりと手を掛ける。
幾重もの厳重な錠前によって固く閉ざされた封印の扉。
それは小さな老人の手によって、ようやく開かれる。
この迷宮の終わりに向けて、新しい世界の入り口へ向けて――
もうここには何もない
もう戻ることなど二度と出来ない
もう迷うことなど永遠に出来ない
ただ真実と、現実と、その運命に向き合う為に、老人は一歩前に、その足を踏み入れた。




