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【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第一部 4章 ホールディングアブセンス
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In Circles_3

「あれは、記憶を改竄した。

 自分の罪の重さに耐え切れなくなって、自分を捨てた。罪から逃げた。

 自分は弟で、兄であるアスは事故で死んだと、そう思い込むようになった。

 先ほど、ナツは大事に至らなかったといったな、実際怪我はとうの昔に治っておる。

 だがなぜかいつまでたっても意識が戻らん、医者に見せても解らんと言う。

 そのくせ口に食べ物を運ぶとしっかり食べよる。

 …儂は思う、ナツが眠りから覚めぬのは、アスの帰りを待っているからだと。」

 

 チトさんはそこまで話すと、大きくため息をついてそっと目を伏せた。

その間、俺とファラはほとんど黙ったまま、呼吸すらも押し殺して動けずにいた。


 失念していたのだ――弟の中に兄が宿ったのは転生した時からではない。

まして「入れ替わり」が発生したのはここ最近だという。

しかしリンネの業苦は、生まれつき科せられる呪いのようなもの。

あの黒印のもたらす業苦は「入れ替わり」などではなく、アス本人の無感情「モノクローム」だった。 

なぜそんな根本的なことに、俺は直ぐ気付けなかったのだろう――


「それじゃあ、今アスの中で起こっている『入れ替わり』とは一体何なんですか……?」 


「それな。」


 それな?

急にスチャラカポコタン。

しかしチトさんは決してふざけているわけではないらしく、その後も真面目な感じで話し続けた。


「きっとそこを正せばアスは正気に戻る。

 だがそれで本当にアスが幸せなのか、そしてなによりナツが目を覚ますかは解らん。

 アスは今苦しんでおる。あの子自身の生み出した罪と、その罪から逃げ続けている自分自身に。

 あの子の中に眠る罪の意識が、入れ替わりなどと言う狂気を引き起こしてしまっている。

 入れ替わりと言うのはつまり、あの子が自らを迷わせる為に造った迷宮のようなモノだろう。

 迷宮には必ず出口がある、あの子が作ったのだから、あの子には出口が解っている筈なんじゃ。

 しかし本人が迷宮から出ることを望んでいない。」

 

「あの、もし……。もしも、扉の向こうで眠る弟に会わせたら、どうなるんでしょう……。」


 効かずにはいられなかった。けれど、少しの沈黙――それが怖くなった。

この一件はあまりに業が深い、闇が深い、底が見えない。

俺たちの手に負えるモノではないのかもしれない。

既にそう思っていたからだ。

しかしチトさんは顔色一つ変えず、淡々と続ける。

 

「それは試したことがある。だがな、アスにはあれが弟だとは解らなかった。

 実はアスは自分の姿を知らない。アスには自身の姿が視界に映っていない。

 鏡を見せても、誰もいないと言う。水溜まりを覗かせてみても、空が映るだけだと言う。

 儂には鏡に映るアスが見えている、医者にも、村の者にも。

 そして眠るナツを見た次の日には、もうその事を忘れておる。

 アスは本当におかしくなってしまったのじゃ。

 逃げて、逃げて、逃げて、今もなお迷宮を大きくしておる。

 あの子を村の外れに住まわせたのはその為じゃ。

 解決の糸口がない以上、儂らにはどうする事も出来ん。

 距離を取り、そっとしておく事でしか、アスの狂気を食い止めておく術がない。」

 

 あらゆる手は尽くした――と、つまりそういう事なのだろう。

その後、ため息と共に一旦話すのをやめ、チトさんは静かに席を立ち、億劫そうにキッチンへ向かった。

再びしばしの沈黙の後、チトさんは背を向けたまま、一層低いトーンで言葉を下ろした。


「なぁ、ハンターさん方、この件から手を引いてくれんか。

 これ以上関われば、アンタらまで気が振れてしまうでの。

 そして何より、あの子をこれ以上壊さないでくれ。これは、儂からのお願いじゃ。」


 そうポツポツと話しながら、チトさんは静かにお茶を入れ始める。

手を、引け――助力を求めてチトさんに会いに来たはずが、まさかこんな事態になるなど、誰が予想できただろうか……。

ファラは押し黙ったまま、何かを考える様に俯いている。

そして俺もまた同じように、何を言えばいいのか分からずに黙り込んでしまった。


「さぁ、そろそろあの子が帰ってくる頃での。お願いだから今の話は忘れてくれたもうにな。」


 忘れてくれ――なんて……。

アスは自ら、ギルドに依頼書を出した。

それはきっと自身の膨れ上がった狂気に疑問を抱き、心の奥底でそれを正したいと思ったからだ。

自分の力ではどうにも出来ないと知り、誰かに助け出してほしかったからだ。


 それならアスは、きっとまだ諦めていない。

けれど逃げることから、今も逃げられずにいる。

だから誰かに見つけ出してほしいのだ。

そして誰かに引きずり出してほしいのだ。

自分の罪から、過ちから、嘘から、作り上げた迷宮から。

アスはずっと助けを求め悲鳴を上げていたのだろう。


 チトさん、アスは今もアナタを待っています。

アナタが心を開いてくれれば、今なら、きっとアスを救い出せる。

そう思うから――


「あの――」


 鼓動が早くなる。

俺は席を立ちチトさんの背中に言葉を投げかけた。

解ってもらえるだろうか――いや、きっと大丈夫だ、このヒトと俺達の想いは一緒なんだ。

必ず、話せば解ってもらえる。 

そう自分に言い聞かせて、一層声を張って言葉を繋げた。


「俺、やります。怖いけど――きっと力になれます。

 だってアスはきっと待っている。真っ直ぐな正しさで、自分を殺してくれる誰かを。

 引きずり出してズタズタに引き裂いてくれる、優しい誰かを。

 ですからチトさん、どうか俺達に――」


 お茶を入れていたチトさんの動きが止まる。

その背中で、触れてはいけない何かが大きく膨らむのを感じた。

そして向こうを向いたまま――


「あのなぁ。ハンター。失敗すれば、もうあの子は、二度と。元には戻れないだろう。」


低い声で唸るように――


「次など、永遠にない。永遠にな。」


喉を震わせ、呻き呪うように――


「ハンター。キミのその選択はね、キミが思うよりずっと、ずっと、ずっと、遥かに重い。」


突き刺すように――


「いまは解らなくてもいい。けれどお願いだから、儂の想いを受け止めて欲しい。そう言っている。」


突き落とすように――


「だが、もし――もし貴様が、ものの道理も解らない小僧なら――」


チトさんは重々しく、俺の言葉を遮った。


「何も言わずに今すぐ出ていけ。」


「……。」


鼓動が、早くなる――


あぁ……。泣きそうだ――


また、負けそうだ――


「えっと……。俺は――」


 だって、このヒトは、俺なんかよりもずっとずっと、双子と長い時間を過ごしてきた。

俺が思うよりも遥かに双子の事を知っていて、遥かに大事に想っている。

チトさんはきっと、とても大きな願いを諦めて、今の生活をどうにか守っている。

それは他でもない、双子の為だ。


 それを俺が――よそ者の俺が、変えようとしている。

壊そうとしている――

殺そうとしている――

グチャグチャに――


 俺は……俺は……俺は――

負けたくない、負けたくない、だって俺は――ライラを救えた。

俺はあの母親の願いを救えた。

ここで諦めたら、俺を支えてくれたみんな――助けてくれた皆の想いに背を向けることになる……。

そんなの、俺は嫌だ――

だけど……だけど――




 ー それを知ってどうなる。あの娘の為になるのか。 ー




ふと、メノさんのあの言葉を、思い出してしまった。




 ー …お前が他人だったからだ。 ー




 なんで、そんなこと……。いまさら――

焦燥と動揺で足がすくむ。

立っていられず、膝から崩れ落ちそうになった。


「あの!――」


庇う様に、声を上げて立ち上がり、俺の前に出たのはファラだった。


「ファラ……?」


 声が震える。

そしてファラの表情は普段の勝気なモノとは違っていた。

それは恐れる様な、怯える様な、震える様な――そして振り絞るように、言葉を放っていた。


「アタシ……。ものの道理とか、難しいことはよく解りませんけど。

 でも、あなたが臆病者の恥知らずだという事はよく解りました。」 


 一瞬の沈黙を破って、ずっと背を向けていたチトさんが向き直る。

静かに心の奥底を、その真を覗くように、目を見開いてファラの瞳をじっと見据えている。

暗く底の見えない、怨念を宿した真っ黒な瞳。


「よい、続けたまえ。無礼を承知で聞いてやる。だが言葉を間違えれば、解っているな。」


 言葉に、殺される。

先ほどからこのヒトの発する言葉の圧力、その重みが尋常ではない。

なにがどうしたら、これほどの怨念になるのだろうか。

俺達にはとうてい理解できないほどの、深い苦しみを背負っている。


「えっと……。えっと……。」


 ファラ……無理だよ――このヒトには、俺達のちっぽけな想いなんて、届かない――

なのに、ファラはどうして立っていられる……。

どうして平気な顔をしていられる……。


「あ、あなたは! あなたはっ! あの子たちを、壊してしまうのが怖いんでしょ!

 壊してしまった先に待っているものが怖いんだ!

 それを目の当たりにした時に、自分を保てなくなるのが怖いんでしょ!?

 この! 弱虫!! 逃げているのはアナタよ! 塞ぎ込んでるのはアナタよ!

 迷宮を造ってそれを大きくしてるのもアナタ!!

 ずっとあの子たちの想いからアナタは逃げてる!

 自分の事ばっかりで、ホントにあの子たちの事を想っているなら、1パーセントの望みでも信じてよ!!

 気付きなさいよ! 闘いなさいよ! 言い訳するな! 立ち向かえ! 怖がってないで向き合って!」


 そして、なにがそこまでファラを駆り立てたのか――俺には解らなかった。

けれどファラがこれ程取り乱して想いをぶちまける姿を見るのは、後にも先にも、これが初めてだった。

その想いは止む事無く、チトさんの真っ黒な瞳に突き刺すように、ひたすら放たれ続ける――


「しー君は怖くても、壊れそうになっても、震えて声が出なくなっても、アナタの前にこうして立ってる!

 アナタはただあの子たちの事を多く知ってるってだけで、そんなくだらない事だけで、大きな希望を殺そうとしてる。

 アタシの事を知ってる? し-君の事を知ってる? 何も知らないでしょ?!

 どんな日々を送って来たか! 何を背負って生きてきたか!! 何も知らないでしょ!?

 アタシたちはアナタの事を知らない! あの子たちの事も全然知らない!!

 それでも、アナタよりもずっと、あの子たちを救いたいと思ってる!!

 だからこうして、泣きそうなの我慢して、逃げだしそうなの我慢して、弱くてもここに立っているの!!

 アタシは――しー君とアタシは! アナタよりずっとずっと勇敢なんだ!!」


 家中に反響する、その張り上げた声に、痛い程の沈黙が訪れる。

ハッとした。ファラの後姿――肩が震えている。

泣いている――怖いのだ。

負けそうで、逃げ出しそうで、今にも崩れそうになっている。

それなのに、我慢して、どうにか必死で立っている。

懸命に闘っている。

自分と、この怨念と、双子の想いと……。

そしてなにより、俺の為に――

 

「……。」


 チトさんが言いくるめようと思えば、きっといくらでもそう出来ただろう。

つたなくて、儚く脆い、所詮はツギハギの感情論だった。

けれどそれは、チトさんの方も一緒だったのだろう。

チトさんは静かにファラから目を逸らすと、少しの沈黙の後、再びお茶を入れ始めた。


 お茶が湯呑に注がれる音、ただそれだけが聞こえた。

何も言わなかった。

何も言えなかったのだ。

けれどきっと、その顔は涙に濡れていた。

大望、諦め、悔しさと、惨めさと、後ろめたい秘密を――その小さな背中に負ったまま。

  

「ファラ、ありがとう。ごめん、俺またなにも――」

 

 緊張がほぐれ、膝から崩れ落ちるファラの肩を支えた時、震えているのを感じた。

椅子に座らせた時、ファラは顔を上げ小さく呟いた。


「だから――無理しないでって言ってるじゃん……。」


 少し安心したのか、涙を浮かべながら僅かに微笑んだ。

そんな気がした。


チリリン……。


「ただいま。」


四角い小さな部屋、封印された扉、一つの想いを囲んだ3人、その中に狂気が一つ、紛れ込む。


「おかえり。」


チトさんはそういうと、涙に濡れた顔も隠さず、真っ直ぐアスの瞳を見つめていた。


 ……。

あれ、気のせいだろうか。

なんだか双子が獰猛な肉食動物の群れに襲われたかのようにズタボロのような……。


でゲス!!!

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